第16話 マツイ家、再び


 マサヒデが道場から村へ歩いて行くと、


「あれ、トミヤスの若様じゃねえですか」


 などと、すれ違った者達に声を掛けられる。

 そのたびに、


「お久しぶりです」


 と頭を下げて歩いて行く。

 まずは、マツイ家に行かなければ。村を回るのはその後だ。

 きっとトモヤを心配しているだろう。


「こんにちは」


「はーい」


 縁側から声を掛けると、トモヤの母が出て来た。


「あれ? 若様じゃありませんか?」


 一体どうした? という顔をしている。

 順調に歩いていれば、とっくにいくつも先の町まで離れているのだ。


「はは。いやあ、ちょっとオリネオで足止めを食ってましてね。

 今日は約束があって来れないのですが、トモヤがご心配だろうと思って」


「あらまあ、そうでしたか。まだオリネオに。

 じゃ、お茶でもお出ししますので」


「すみません」


 トモヤの母が奥に下がっていく。

 ここに来るのもすごく久しぶりな気がする。

 ヤマボウシが繋いであった木。

 ここで刀の刃を研いでいて、驚かせてしまった。


「さ、どうぞ」


「ありがとうございます」


 ずー、と茶を啜る。


「うん、それで、トモヤなんですけど、すごく元気です」


「若様とトモヤは、オリネオで何してるんです?」


「詳しく話すと長くなるんですが、トモヤはもう祭を下りました。

 しかし、私の旅には荷物番として付いてくる、と。

 争い事はしないので、その辺はご安心下さい」


 ただの荷物番と言っても、野盗の類に襲われる事もあろうし、まず馬車を狙おうと考える者も多いはず。危険な事に変わりないが、そこは言わなくても良いだろう。


「下りちゃったんですか。まったく、あのヘタレ息子は・・・」


 はあ、とため息をつくトモヤの母。


「まあ、その方が安全で良いですよ。

 ちゃんとした武術の心得もないんですから」


「で、今は何してるんです? 宿で荷物番でもしてるんですか?」


「オリネオの向こうの寺で、ご住職と将棋を打ってますよ」


「将棋!? あの馬鹿は一体何を考えてんだい!?」


「ははは、ちゃんと理由があるんですよ。

 今、ご住職が我々の泊地を貸して下さってるんです。

 その貸し賃がわりに、トモヤがご住職の将棋の相手をするというわけですよ」


「なんですか、それ?」


「ふふふ。実はトモヤがえらい事をしてくれましてね。

 なんと、魔族の組を将棋の勝負で追っ払ったんですよ」


「ええ!?」


「その勝負の様子が町中に知れ渡ってしまって、今はオリネオで『将棋の兄さん』だなんて呼ばれて、すごい有名人ですよ」


「将棋の兄さん!? トモヤが!?」


「ははは! 試合の日なんか、もう町中の人に囲まれてしまってましたよ。

 照れてしまって、人をかき分けて逃げてしまう始末」


「信じられないねえ・・・あのトモヤがそんな有名になっちまうなんて」


「で、それが将棋好きのご住職の耳に入りましてね。今に至るというわけです」


「なるほどねえ・・・」


 一緒に出されたまんじゅうを取って、一口齧って茶を流し込む。


「それで、若様は何をしてらっしゃるんです?」


「ああ、色々と旅の準備をしている所です。

 トモヤが抜けてしまって、1人になりましたからね。

 何とか仲間を集めて、今は荷を揃えたりとか」


「へえ。若様のお眼鏡に叶う方がおられたんですか?」


「ええ。そりゃもう、頼りになる方々ですよ。

 そうそう、道場に鬼の娘が来てるって、聞いた事ありませんか?」


「ああ、聞きましたよ。カゲミツ様がのしちゃったとかで、弟子入りしたとか」


「はは、弟子入りはしてませんけどね。

 あの鬼の娘も、私の仲間の1人なんですよ。

 手持ち無沙汰の時は、道場で父上に叩きのめしてもらいなさい、と」


「ええ!? 若様のお仲間だったんですか?」


「そうなんですよ」


「じゃあ、もしかして、のしちゃったのって、カゲミツ様じゃなくて若様だったんですか?」


「ふふ、私ものしちゃいました。父上にも道場で毎回のされてますけどね」


「なんてこった・・・若様、鬼までのしちゃうんですか」


「まあ、真剣勝負じゃなくて、ただの木刀での立ち会いでしたから」


「木刀でのしちゃったんですか!?」


「相手も木の棒だったんですよ。真剣だったら、鉄の棒だったんですから」


「鉄の棒? はあー、鬼って本当に金棒使うんですねえ」


「あんなにごつごつしたのじゃないですよ。

 普通の六尺棒みたいな形で、それが鉄ってだけです」


「鉄ってだけって・・・若様にも呆れたもんですよ。

 他にも鬼がいるんですか? まさか竜とか?」


「ははは! 竜なんていませんよ。

 私も知らなかったんですけど、竜人族って、500人もいないそうですよ。

 会うこともないでしょう」


「へえ、竜人ってそんなに数が少ないんだねえ。

 じゃあじゃあ、どんなお方がお仲間に?」


「忍と、魔術師と、治癒師です」


「忍! 忍者かい? かっこいいねえ! やっぱり強いんですか?」


「ええ、そりゃもう。一度、試合で立ち会いましたが、もう少しで顎を割られる所でしたよ。鼻が砕かれて、私は鼻血まみれ」


「若様をそこまで追い詰めたんですか? やっぱり忍者ってすごいんですねえ」


「ところが忍って、どこの村や町にも必ず1人はいるそうなんですよ」


「え!? てことは、ここにも!?」


「ええ。誰が忍かなんて、分かりませんけどね。

 分かっちゃったら、忍の仕事になりませんし」


「そんな物騒な! カゲミツ様に叩きのめしてもらいましょうよ!」


「ははは! 本物の忍って、物騒な者じゃないんですよ。

 役人がちゃんと働いてるか、村人の様子はどうか。皆が元気にしているか。

 そういうのを調べる為に、国王陛下とか省庁が見張りに送ってるんですって」


「へえ・・・なんか、それはそれで、がっかりしちゃうねえ」


「ま、そういう事だから、忍を探そうとなんてしないことです。

 もし『あいつは忍だ!』なんて知っちゃったりしたら・・・」


「ばっさり・・・ですか?」


「ははは! もしバレたら、忍がクビになっちゃうんですよ!

 仕事なくしちゃったら、大変でしょう?

 父上はこの村の誰が忍かなんて、とっくに承知ですよ。

 でも、クビになったら可愛そうだから、言わないだけです」


「あはははは! そういう事ですか!」


「ふふふ、夢を壊しちゃいますけど、忍っていうのはそういう仕事です。

 戦争してた時は、物騒なのも沢山いたと思いますけどね」


「じゃあ、若様のお仲間の忍ってのは、なんでそんなに達者なんですか?」


「ただ武術が好きな忍ってだけです。忍の世界にも、武術がありますからね。

 今の平和な世界で、忍の武術もかなり廃れてきているそうなんです。

 それが失われないように、ずっと頑張ってる方なんですよ」


 実際は違うが、こう言っておけば良いだろう。


「苦労人なんですねえ・・・」


「ふふ、私の組に忍がいるなんて、秘密ですよ?

 忍だってバレたら、あの人クビになっちゃうんですから」


「ええ、ええ。勿論ですとも。そんな苦労人を無下にするような事はしません」


 残ったまんじゅうを口に放り込み、ぐいっと茶で流し込んだ。

 さて、そろそろ他にも顔を出しに行こうか。

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