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シルシエが、アイリの手を引く。
「アイリさん、次はどっちですか?」
「えっとね、右に曲がって、次の角を左に。そのまま真っすぐ行くと行き止まりだけど、壁下にスイッチがあって押せば左の壁が開く……そしてそこへ飛び込む!」
シルシエとアイリは地下四階にて、背後から迫ってくる巨大な岩から逃げ走っていた。
迷路になっている道はスタートからゴールへ向け傾斜があり、歩き始めてしばらくすると巨大な岩が落ちてきて、転がり人を押しつぶすのである。
先人たちの努力によって、切り開かれた道を記憶したアイリの知識を頼りに進む二人は、突き当りの壁まで走ると、急いで下にあるスイッチを押す。
迫ってくる岩から早く逃げたいのに、思いのほか壁がゆっくりと動くのを、気が焦っている二人は足踏みしなが待つ。巨大岩が視界に入ったところで、壁の向こうに出現した穴に滑りこむ。
その瞬間、突き当りの壁に岩がぶつかり、派手な音と共に壁が破壊され、道ができる。
「あ、危なかったぁ〜」
「け、結構ギリギリだったね。それにしてもこの穴意外に狭くない?」
「推奨人数三人以下って言ってましたけど、綺麗に飛び込んで入らないとはみ出ますよね」
「だよねぇ~。せーの並んでぴょんと入らないと無理でしょ。これ書いた人やったのかな?」
飛び込んだ穴に倒れて重なる二人は笑い合う。
***
下には薄い水が張り、巨大な柱が何本も並ぶ空間でシルシエたちは飛んでくる槍から逃げるため、柱の間を影にしながらジグザグに走る。
「アイリさん!」
シルシエが走るアイリを引っ張って、柱の影に飛び込む。ゴロゴロと転がり水の上に倒れる二人。さっきまでアイリが走っていた場所に槍が水しぶきを上げて突き刺さる。
目を丸くして槍を見るアイリに先に立ち上がったシルシエが手を差し伸べる。
「行きますよ。早くしないとリザードマンたちに追いつかれてしまいます」
シルシエの手をじっと見たアイリだが、すぐに力強く手を握ると素早く立ちあがる。
「うん、行こう!」
満面の笑みを見せ再び走り始める二人。
剣山の上にかけられたつり橋の上で襲いかかってくるスケルトンの剣を短剣で受け流して下へ落としたシルシエは、先に行って必死に手招きをするアイリを見てふと笑うと、残りのスケルトンの攻撃を素早くすり抜けて橋を渡り切る。
そのまま全力で走った二人は下へと伸びる階段の前に立つ。
「はぁ~つかれたぁ~って、死んでるから疲れないんだけど」
「必死なら死んでても疲れますよ。たぶん」
座り込んで言葉を交わした二人は向き合って笑う。
「どうしますか? もう一階降ります?」
シルシエの問いにアイリはふと笑みを浮かべると黙って首を横に振る。
「ううん、私のお願いは地下四階の制覇だからここでいいよ」
笑顔で言うアイリだが、潤んだ目からポロポロと涙をこぼし始める。
「楽しかった……もっと早くシルシエくんと会っていたら……ううん、変えられないものを後悔しても仕方ないね。なによりもせっかくお願いを叶えてくれたシルシエくんに失礼だもの」
「アイリさんは決して才能がないわけじゃないですよ。覚えた知識を的確に使えることができるダンジョン攻略には必要な才能を持った人です。僕が保証します」
シルシエの言葉にアイリは目から溢れる涙が止まらないのか、必死に目を擦って必死に笑おうとして顔をぐちゃぐちゃにする。
「そんなこと言われたら決意が鈍るじゃん。本当に優しいんだから」
「本音ですよ」
目を擦って涙を拭うアイリが、シルシエを必死に瞳に映そうと目を向ける。
「シルシエくん本当は強いでしょ。さっき橋の上でスケルトンの攻撃をかわしたときも、リザードマンの槍の軌道も読んでたし。私なんて死んでて、槍とか刺さっても関係ないのに庇ってさ……もう……」
言葉に詰まって目を乱暴に擦るアイリが、必死に作った笑顔をシルシエに向ける。
「あぁ~もう。もう思い残すことはない、ないから……うん、いくね。ずっとここにいたら皆を怖がらせちゃうから。今日でマーレの亡霊は廃業です!」
アイリの笑顔にシルシエも笑顔で応えるとそっと手を伸ばす。その手を両手で握ったアイリが涙の残る顔で精一杯の笑顔を作る。
「それじゃあ、行ってきます。シルシエくんも探し物が見つかるといいね!」
「はい、頑張って見つけてみせます。僕も死んだあとどうなるかまでは分からないので、僕がそっちに行ったとき教えてくださいね」
「任せておいて、バッチリ勉強してシルシエくんが来たら教えてあげる。でも、私覚えるの遅いから、すぐに来ちゃダメだよ」
「気をつけます」
笑い合う二人。そしてアイリは体が光に包まれると光のシルエットとなり、そのまま弾けて消える。
弾けた光の粒のうち一つが、シルシエの掌の上に落ちて消える。
━━ありがとう
微かに聞こえた声に目をつぶったシルシエが、握った手を胸に当てる。
「僕こそありがとうございます。アイリさんのおかげで、この世界にまだ存在できます」
シルシエの呟く声が誰もいなくなった空間に響く。
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