第46話 「メロドラマの主人公とヒロインみたいだ」

「つまり、元々は、ティアラを白石さんっていうことにするつもりなんて、なかったってことか」

「…………」


 華乃は黙って首肯する。その顔はまだ僕の方を向いていない。


 要約すると、こうだ。


 白石さんから自作小説について聞かされていた華乃は、そのぶっ飛んだ発想を面白いと思い、闇ノ宮美夜の「やべぇ女」というキャラクターに流用したいと考えてしまった。

 もちろんそんな泥棒めいたこと、決してやってはいけない。しかし中堅事務所に所属し、結果を求められていた華乃は、重圧に負けて、魔が差して、配信中に口を滑らせてしまった。白石さんのアイディアを自分のものとして使ってしまったのだ。


「まっかろんは白石さんの友達で、だから、まっかろんが呟いていた彼氏持ちの美人ももちろん白石さんのことで……」


 そしてもちろん、闇ノ宮美夜とは何の繋がりのない女子大生で。それなのに、華乃の気の迷いのせいで、無関係の二人が結び付けられてしまった。


「原因が盗作である以上、彼氏デマの弁解もしようがなかったってことか……」

「それも、あるけど……そんな、可愛いもんじゃない……わたしは明確に、意図的に、攻撃したの。京子さんと、美夜に」

「え?」


 攻撃? 白石さんに? ……は、まだ分かるけど、美夜に、とは?


「はぁ……」

 華乃は呆れたようにため息をつく。

「ほんっと鈍感。こんなことまで説明しなきゃなの? もうわたし……とっくに顔爆発しそうなんだけど?」


 抱き枕にうずめた顔。相変わらず表情は見せてくれないけど、その耳は真っ赤に染まっていた。


「仕方ないだろ、鈍感なのは。……ごめん、君にばかり恥ずかしい思いさせて」


 でも、全部聞いたら、今度はちゃんと僕が頑張るから。17年間逃げてきた分の恥を、この夜で全部かいたっていいから。


「……わたしが美夜になったのは、あんたに見てもらいたかったからなの! 今さら素直になんてなれないから、顔を隠すしかなかったの!」

「それはまぁ、そうなんだろうなって、思ったけど」

「わかってんなら言わすな!」


 裏拳が僕の背中に飛んだ。顔を背けたままでも的確な打撃だった。さすが華乃だ。


「いや、分かってるって言ってもそこまでで。美夜に攻撃って何だよ?」

「……もう、どうでもよくなっちゃったの。自業自得で炎上して、もういいやって思っちゃって、自分から美夜を捨てたんだ、わたし」

「それは、どういう……」

「あんな噂くらいじゃ、すぐに契約解除とかになんないよ。でもどうせもう上手くはやってけないし、だから事務所に嘘ついて、彼氏への機密情報漏えいって形でクビにしてもらったの」

「は? い、いや、いくらなんでもそれは」


 辛いのは当然だけど、別にじっくり話し合って辞めさせてもらうとか、もっと穏便な方法があったんじゃないか?


「だから、壊したかったんだって、美夜を。攻撃したの、わざと。わたしは、美夜に嫉妬してたから。美夜ばっか見て、結局わたしを見てくれない誰かさんを見てるのが耐えられなかったんだもん。だから、あんたに美夜を嫌いにさせたかった」

「――――」


 そうか、そういうことだったのか。

 僕を振り向かせるための仮面だったのに、想像以上に効き過ぎてしまったのだ。

 皮肉なことに、『ターゲット』はその仮面だけに夢中になってしまった。


「それなのに、誰かさんは美夜のこと信じるとか言い続けてさ、ずっとずっと嫌いになってくれないんだもん。この世界でたった一人だけ、ずっと信じてくれちゃうバカがいたんだもん」


 そんなの、それこそ仕方ないだろ……それに実際、彼氏なんていなかったんだから。やっぱり、信じた僕が正しかった。


「でもホントは、そうなるんだろうなって、初めから心のどっかでわかってた。だから美夜を捨てるって決めたときには、もう次の準備もしてて」

「それが、ティアラだったってことか」

「……今度こそ失敗しないって決めてた。美夜はさ、ちょっと私の理想の、憧れの姿に寄せすぎちゃったんだよ。わたしを見てもらうために始めたってゆーのに、背伸びしすぎたんだ」

「美夜が? どっちかというティアラの方がスタイル良い感じだけど。美夜はほら、チマっとしてて」

「それは見た目の話でしょ。アバターは事務所が用意したやつだもん、だって。ティアラの発注だって、胸とか髪色とか星のイメージとかを大まかに注文しただけだし」


 それもそうか。てかやっぱり星のイメージは敢えてだったんだな……。思えば、髪色も自分に被せてるし。


「声とかさ、あの和服が似合いそうな立ち居振る舞いなのに、抜けてるとこもあるギャップの可愛さとかさ、色気が凄いとことか……全部、京子さんの真似だもん。憧れてたんだもん、前から」

「そう、だったのか……それで声もあんなに……」

「ずっと練習してたからね。って言っても、ホントはそんなに似てもないよ? わたしがそーゆー状況を作り出したから、あんたも丈太さんもそっくりだと思い込んじゃっただけ」


 その言葉で、思い出す。


「そうだ、どうしてそんなことを。それが、白石さんに対する攻撃ってことだろ?」

「うん。元々わたしは、京子さんの模倣から卒業して、今度こそティアラを通してわたしを見てもらうつもりだった」

「もしかして、だから声も徐々に?」

「……気づいてたんだ、そんなとこまで。ほんっと、どんだけ好きなの、ティアラのこと……うん。でも、せっかく固めた配信スタイルをいきなりガラッと変えたりなんてできなくてさ。おかしいよね、こっちがホントのわたしの声でわたしの素なのに。もう、どの顔がホントの自分なのかも、わかんなくなっちゃってたのかな……」


 当たり前だ。そんな風に何もかも上手くやり通せるわけがない。華乃は経験豊富なライバーとは違うんだ。正真正銘、素人の、一般の女子高生でしかなくて。憧れの女性を演じられていただけでも充分すぎるほど凄い。


「もうさ、暴走だよね。そこまでやっても結局あんたが好きなのはティアラであって、わたしじゃない。わたしはずっと誰かに嫉妬し続けてる。だから、ああするしかなかったの」


 そうか、結局、丈太さん達の推理が正しかったんだ。


「『ティアラ=白石さん』という状況を作り出し、ティアラに丈太さんという彼氏がいることにしたかったんだな……僕の、ティアラへの想いを潰すために……」

「うぷぷ、ほんっと、バカだよねー、わたしも。……でもさ、だってさ。失恋さえさせちゃえば、あんたをどん底に落しちゃえば、隣にいられるのは、今度こそわたしだけじゃん。勝手に追い込まれてたわたしが、一気に大逆転じゃん」


 結果的に自作自演みたいになっちゃったけどさ、と華乃は自嘲する。


「そんなことのために、憧れの白石さんやあんなに優しい丈太さんまで巻き込んだのか」


 独り言だった。複雑すぎる経緯をまとめるための、自分に向けた呟きでしかなかった。

 しかし、


「そんなことって何!? わたしは! 全部捨てたってよかったの! それくらい大事なことだった! それしかなかった!」


 激昂した華乃が、叫ぶ。吠える。


「ご、ごめん、そういうつもりじゃ、」

「わたしだって! あそこまで追い込むつもりじゃなかった! わたしはちょっと丈太さんに、ティアラと京子さんの声が似てるかもって吹き込んだだけで……あんなに拒絶反応起こすなんて思いもしなかった! あんなに話がこじれちゃうはずじゃなくて、純さえ騙せれば、あとはあの二人にホントのこと話して、わたしが嫌われるだけで、元通りのはずだったんだもん!」

「華乃……」

「なのに……っ、京子さんが悪いんだ。丈太さんだって。この世界でこの人しかいないって、お互い本気で思いこんじゃってる。だからちょっとつついただけであんな風になっちゃうんだ。いっつもわたしに見せつけて、のろけ話してさ。永遠に片想いし続けてるわたしへの、嫌がらせじゃん、あんなの」


 そんな風に悪態をつく華乃の、その顔なんて見えなくたって、ホントの気持ちは分かる。

 こいつの天邪鬼さは僕が一番知っている。


「後悔してるなら、謝ろう、二人に。僕といっしょに」

「……もう、遅いに決まってんじゃん、何もかも」

「遅くないよ。二人の間での誤解はとっくに解けてるから。初めての困難二人で乗り越えてさ、むしろ前まで以上にラブラブだよ。本当にメロドラマの主人公とヒロインみたいだ。目も当てられない」


 そう言って僕は、華乃の柔らかい髪をそっと撫でる。

 一瞬、驚いたように息を漏らす華乃。しかし、すぐにその感触に身を任せるように、呼吸を落ち着かせていって。


 先ほどまでの激情が嘘だったかのように、ゆっくりとした時間が僕達の間を流れる。


 もしかしたら、僕もあのバカップルに当てられてしまったのかもしれない。

 でも、それでもいい。

 あんな、誰もが羨むような二人にはなれない。僕なんて、僕らなんて、どうしようもなく馬鹿な子ども二人だけど。


 それでも、もう言い訳はやめたんだ。


「華乃」

「……んー? いま眠いから話しかけないで」


 嘘つけ。


「顔見せて」

「……なんで」

「見たいから」

「やだ」

「好きだから。君の顔が」

「ばか」


 好きなのは本当だけど、こっちを向いてほしい理由は半分嘘だった。

 もう半分は、僕の顔も、目も、今はちゃんと見てほしかったから。

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