第四章 ラブコメディ

第39話 保科華乃の異変

 京子がセレスティア・ティアラではないということが確認できたあの学園祭から一週間がたった。


「ねぇ、おばあさん。このカードってさー、知らない人からの指示とかで買いに来たりとかしてないですかー?」


 レジ打ちをしていた保科さんが、高額のPOSAカードを持ってきた高齢女性に声を掛けている。

 あ、マジか。

 対応を変わろうと、品出しの手を止め、立ち上がると、


「丈太さん、警察ー」


 保科さんから指示が飛ぶ。


「あ、おう。わかった、電話してくる」


 どうやら俺のサポートなどいらなかったようだ。初めは状況を理解しかねていたおばあさんを、保科さんはフランクかつ丁寧な説明で早々と納得させてしまった。


 この一週間で二度目だった。彼女が特殊詐欺被害を未然に防いだのは。

 一度目はATMで振り込み詐欺に遭いかけていたおじいさんに声を掛け、指示出ししていた詐欺師との電話を代わり、華麗に相手を論破までしていた。その後、犯人は自首したらしい。



「丈太さーん、冷凍庫からスパイシーチキン持ってきてくださーい。いちおー二袋」

「え。いや、いらんて。日曜だから仕事帰りの会社員とかそんな来ないぞ」

「そこの高校で今、野球部の練習試合やってんですよー。でもあの人気のパン屋あるじゃないですかー? あそこ今日臨時メンテナンスとか何かで休みなんでー、そろそろ脳筋棒振りゴリラ共が大量に押し寄せてくるはずなんですねー。今日肌寒いんで辛い方多めでいきましょ。あ、中華まんはとっくに仕込んどいたんで、だいじょぶですー」

「なるほど……」


 バックヤードの冷凍庫に走り、俺は一度嘆息して、そしてこの一週間ずっと溜め込んでいた気持ちを、ついに我慢しきれず吐き出す。


「いや、誰だあいつ!? 保科さんが……あの保科さんが……めちゃくちゃ真面目に働いてる……!? めちゃくちゃ有能さ発揮してる……!? こんなの俺が知ってる保科さんじゃない……! これが解釈違いってやつなのか……!」


 まぁ挨拶だけは未だに棒読み「あーしーたー」だけど。


 でも、これはやはり、俺たちの推理通りなのかもしれない。

 俺は今日の保科さんの様子をスマホにメモする。後で京子に報告するためだ。


 ――あれから一週間、俺と京子は保科さんのことを徹底的に調べていた。俺はバイト先の先輩として、京子は年上の友人として、さながら潜入捜査官のように。


 捜査結果をお互い報告していく中で、いくつかわかってきたこともあった。特に京子は付き合いの長さと同性ゆえの共感力で、彼女の情緒の部分にまで推理を広げてくれている。


 結果として、彼女が俺たちを騙してまでやりたかったことが何なのか――大まかだが仮説は立てることができた。

 もちろん細かい事情やプロセスまで推理できたわけではないが、結論については結構自信を持っている。少なくとも、保科さんの最終的な標的が誰だったのかに関しては、間違いがないはずだ。

 

 俺たちは明日の夜、その標的君を作戦会議に招くことになっている。

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