第13話 転生VTuber

「あ、お疲れさまです、バビさん! シフト調整ありがとうございました!」


 22時。5日ぶりとなるバイトも無事終わり、良い汗かいた俺は、交代で夜勤に入るバビさんに挨拶する。


「陰性でよかったデスネ、ジョータ。それにしても元気すぎデスガ」

「あははは、何を言ってるんですか、バビさん! 俺はいつだって元気いっぱいですよ!」


 何てったって、最高の彼女に一途に愛され続けている、超絶リア充大学生だからなぁ、俺は!!


「うーん、キモい。今日の丈太さん、さすがにキモすぎます。人の連絡、何日も無視し続けといて……」


 5時間同じシフトで働いていた後輩高校生の保科さん。今日は珍しく機嫌が悪そうだった。何か悩みでも抱えているのかな?


「いやぁ、保科さん! 今日もお疲れさま! 学校に家庭教師にアルバイトにと、充実した生活を送れているようだね! とても素晴らしいね! 青春だね! 青春っていうのはリアルな人と人との繋がりのことだからね! その中で人間関係に悩んでしまうことは誰しもが経験することなんだ! でもその経験が、君を一歩一歩大人に近づけていくのさ!」

「まずその吐き気を誘う爽やかスマイルをやめてください」


 二人でバックヤードに引き上げたところで、保科さんのビンタが俺の頬に直撃した。うーん、痛い。


「とりあえずお互い大事な話がありそうなんで座ってください、丈太さん。第3回会議です」


 と言いながらドカッとデスクチェアに腰掛ける保科さん。ここにある椅子はそれだけなので、座ってくださいと言われた俺は床に座るしかない。


「まずは丈太さんの方から報告してください。何があったんですか? 何があってそんなにキモいんですか?」

「あはははっ、相変わらず辛辣だなぁ、保科さんは! 何もないよ。そう、何もなかったんだ! 何もなかったからこそ、俺はこんなにキモいのさ!」

「……京子さんも、病み上がりの丈太さんの様子が異常でキモかった、何かの後遺症かもしれないって心配してましたけど」


 確かに昨日、つまり真実にたどり着いた翌日に、俺は京子と会った。

 あの3日間の空白を埋めるようにイチャイチャしまくったので、少し不思議に思われた節もあったのかもしれない。昨日は京子の家庭教師バイトもあったから、その際に保科さんに彼氏の愚痴風のろけ話として聞かせたのだろう。

 ちなみにカテキョバイトが終わった後もまた会って一晩中イチャイチャした。そう、久々のお泊りもあったのだ!


「一体どうしたってゆーんですか。京子さんがセレスティア・ティアラかもしれないって、この前はあんなに絶望顔してたくせに」

「あはははっ、バカだなぁ、保科さんは。京子がセレスティア・ティアラなわけがないだろう?」

「はぁ? いや確かに頑なに否定はしてましたけど、じゃあ何で仮病まで使って3日間も引きこもってたんです? 今日の今日までわたしの連絡無視してたんです? ぶっ殺しますよ?」


 保科さんは心底気に食わなそうな顔で俺の頬をつついてくる。もちろんローファーのつま先で。

 思春期だなぁ。不安定なんだろうなぁ。まったく、微笑ましいぜ!


 まぁ、いい。ここは大人として、しっかり教育してあげよう。優しく丁寧に、だけどきっぱりと論破してやろう。反論の余地もないほどに言い負かされる経験も、青少年の成長には必要なプロセスなのだ。


「あのな、保科さん。あの推理は全部、君の勘違いだったんだよ。早とちりだったんだ。京子はセレスティア・ティアラなんかじゃない。3日間の引きこもり生活の果てに、俺はその決定的な証拠を掴んでしまったのさ。君が状況証拠を何万個集めようと、決して覆らない、絶対的な数字をね」

「…………なんかものすごく嫌な予感がするんですが」


 保科さんは頭痛に苛まれたかのように、眉間を押さえている。

 あれ? 何か思ってた反応と違うぞ? まぁ、仕方ないか。思春期って自分の間違いをなかなか認められないもんだしな。


「あはははっ、うん、わかるよ。俺にも若いころはそういう時期があったものだからね。でも、これを見てしまえば、君も認めざるを得ないだろう。このセレスティア・ティアラのデビュー配信……これだ、この数字を見てくれ」

「…………やっぱり……はぁ……めんどくさいな、これ」


 保科さんが何やらぶつくさと呟いているが、構わず説明を続ける。

 実は早く披露したかったのだ、この事実を。俺が自分の手で手繰り寄せて、自分の足で辿り着いた真実。それを華麗に見せつける、世紀の推理ショーが、今始まるのだ!


「いいかい、保科さん。これはこの配信が行われた日時で、」

「セレスティア・ティアラのデビュー日が3か月前で、京子さんの様子がおかしくなったのが半年前だから、時期が合わないってことですよね?」

「え? あ、あ、え?」

「京子さんが丈太さんに隠していること、つまり問題Xには、半年前から発生しているという前提条件があるから、3か月前からの事象である『京子さん=セレスティア・ティアラ』説は否定されるって言いたいんですよね」

「何で全部言っちゃうんだ!! 今は俺の推理ショータイムだろ!!」


 俺が3日間かけてつかみ取った真実を、保科さんはグミをつまみながら、しれっと言い捨ててしまった。酷い。


「だって全然焦らすようなことじゃないですし。こんな初歩的なことを自信満々で解説なんてさせたら、あまりにも丈太さんが不憫だと思いまして。グミ食べます?」

「優しい目をするな! 余計にみじめになるだろ! って、え? つまり、保科さんはこの事実に、とっくに気付いてたってことなのか!?」

「いえ、恥ずかしながら、5日前の第2回会議、つまり丈太さんに初めてセレスティア・ティアラを見せたときには、わたしも気づいていませんでした。あまりに面白すぎるおもちゃを手に入れて昂っちゃってましたね。てへ」


 てへ、じゃねーよ、ぶっ殺すぞ。グミうまい。


「でも、あの後帰ってから冷静になって見返してみて、すぐ気づいたんですよ? その日付の矛盾には」

「はぁ!? あの日のうちにってことか!? だったら何ですぐ連絡しなかったんだよ!?」

「しましたけど」

「え」

「ラインしましたけど丈太さんがずっと未読スルーしてたんじゃないですか」

「そうだった」


 そうだった。もぐもぐ。


「証拠を残さないようにって方針に従って、内容は書きませんでしたが。ちゃんと『明日のシフトの相談したいです』って送りましたよ。緊急性の高い情報が入ったときにはそうするって決めてたじゃないですか」

「そうだった。もぐもぐ」

「食べすぎです。二粒までのつもりだったんですけど」

「まぁ、終わったことだしそれはいいわ。俺が無駄な恥かいたってだけの話だしな」


 あとシフトに穴開けてバビさんたちに無駄な迷惑かけた。

 それは後で穴埋めするとして。


 とにかく、最悪の事態だけは起こらなかった――つまり、京子はセレスティア・ティアラじゃなかった!――その事実だけは何も変わらない。


「うん、まぁ、保科さんにも無駄な迷惑かけちまったな。すまなかった」

「いえ、それはいいんですけどまだ話は終わってなくて」

「わかってる。俺もいつまでも浮かれてる場合じゃねぇよな。最悪は避けられたが、結局はまた振り出しに戻っただけだ。問題Xの答えはまだ何も明らかになってない。気を引き締めて、調査再開してかねぇと、」

「聞いてくださいって」


 保科さんのローファービンタが跳ぶ。痛い。


「わたしが報告したかった緊急情報ってのは、セレスティア・ティアラのデビュー時期が3か月前って点だけじゃありません。舐めないでください。さらに発展した情報もちゃんと入手してたんです」

「は……?」

「あの日帰ってすぐデビュー時期のズレに気づいたわたしは、一つの可能性に思い当たって、Vオタの幼なじみに連絡を取りました。まぁ、ビンゴでしたよ。わたしの思った通りの答えが返ってきました」


 俺を見下ろす保科さんの表情が、いつか見た、あの不敵で小生意気で、人の不幸を愉しむようなものに変化していく。


 こいつ、一体何を言って……?


「熱狂的で厄介なVオタの間では割と知られているらしいです。わたしも最初からそこまで調べておくべきでしたねー。ま、先に結論を言っときますと、やっぱり京子さんはセレスティア・ティアラです♪」

「は…………はぁ!? いや、だからそれはおかしいだろって! セレスティア・ティアラが生まれたのは3か月前なんだから、じゃあ、その前の3か月間は京子は何であんなに――」


 受け入れがたい言葉を必死に否定する俺に、保科さんはぐぅーっと愉快そうに口角を上げていき、


「別のVTuberをやっていたから、ですよ♪」


 そして、悪魔の宣告を下すのだった。


「……………………」


「セレスティア・ティアラとしてデビューする前の3か月間は、別のVTuberとして活動していたから、ですよ♪」


「………………………………グミたべたい」

「どうぞ♪ おいくつでも♪」

「もぐもぐ。グミっておいしいよね」

「グミも良いですが、もっとおもちろいものがあるんです♪ どうぞお納めください、こちらセレスティア・ティアラちゃんの前世になります♪」


 保科さんはとても活き活きウキウキしながらタブレット端末を差し出してきた。俺にこれを見せるためにわざわざ大きな画面を用意したのかと思うと涙が出てくる。


『こんなことも出来るみゃー。見て見てー。ベロ出しみゃー。れろれろれろー。アヘ顔ダブルピースみゃー。いぇーい、YouTube先輩見てるぅー? みゃーの体、こんなに立体的にされちゃったみゃー』


 ディスプレイの中で、猫耳を生やした幼い顔の女の子が、両手にピースサインを作って、白目を剥いている。口から出した舌のヌルヌルとした動きは、明らかに卑猥な行為をほのめかしていて。


「な……何なんだ、これは……っ」

闇ノ宮やみのみや美夜みやです」

「やみのみゃ……え!? なに!?」

「闇ノ宮美夜です。闇ノ宮美夜の3Dお披露目配信です」

「闇の野々宮……!!」

「闇ノ宮美夜です。夜の路地裏で孤独に生き抜いてきた化け猫です。見た目は美少女ですが、生類憐みの令が制定されるより前から生きている383歳です。一人称は『みゃー』で、語尾も『みゃー』です。中堅VTuber事務所に所属していた中堅VTuberです。闇ノ宮美夜です。はい、せーの、」

「闇ノ宮、美夜……!?」


 3Dというだけあって、全身を滑らかに動かしている闇ノ宮美夜。

 飛び跳ねる度に、紫のグラデーション掛かった暗いショートカットが揺れる。腕立て伏せをすれば、色鮮やかなロリータ風の振袖の下の、大きな胸が揺れる。スクワットをすれば、ミニ丈袴の裾が揺れ、中が見えそうになる。


「闇ノ宮美夜……!!」

「はい、闇ノ宮美夜です。どうですか、丈太さん♪ とっても素敵な声でしょう?」

「…………っ!」


 そう、設定の奇抜さや、言動の卑猥さに動揺してしまったが、知らんVTuberが何をしていようがどうでもいいのだ。

 問題なのは、闇ノ宮美夜のその声が、セレスティア・ティアラの活動初期動画の声にそっくりなこと。

 つまり――


『あっ、んっ……! はぁはぁはぁ……んっ……! もう、だめっ……無理っ、死んぢゃうっ……はぁんっ! はぁはぁはぁ、みゃーみゃーみゃー……っ。ち、違うみゃ、慌てて言い直してなんかいないみゃ。素が出てなんかないみゃ、私、じゃなかった、みゃーの呼吸は常に「みゃーみゃーみゃー」みゃ。はぁはぁはぁ……っ、だいたいこのヒップスラストって何なんみゃ! こんなのただの騎乗位みゃ! 猫は後背位しかしないはずみゃ!』


「闇ノ宮美夜ァあアあああああああああああっ!! あああああああああああああっ!! その喘ぎ声を出すなぁああああああああああああっ!!」


「ジョータ、いい加減にしてクダサイ。出禁にしますヨ」


 もはやバビさんの相手などしている余裕はない。崩れ落ちた俺は床に拳を叩きつけていた。店員が出禁って何だ。

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