第5話 第一回京子さんの隠しごと調査経過報告会議

「第一回京子さんの隠しごと調査経過報告会議~~♪ いぇーい、ぱちぱちぱちー」

「うん、保科ほしなさん。まず、探偵ごっこ中の君と違って、俺にとっては深刻な問題だということを忘れないようにな」


 バイト終わり。

 クソ狭いバックヤードで、店長の椅子に腰掛ける保科さん。

 そんなハイテンションギャルを、俺は胡乱げな気持ちで見上げていた。なぜ見上げる角度になっているのかというと、椅子が一つしかないからだ。俺は、『何か焼酎とかが入ってるあのプラスチックケース』を逆さまにして座っている。


「それにしても、丈太さんの部屋での会議が禁止されたのは何故なのかと思ってたんですが、そーゆー魂胆だったんですね。そーやってわたしのスカートの中を覗くのが目的だったんでしょう」


 きゃーっ、とか言いながらブレザーのスカートの裾を押さえる保科さん。うぜぇ……。


「見えねーし見たくもねーし。万が一にもそんなもんに反応するようなら、俺の両目と性器を京子に潰してもらうよ」

「キモいな、さすがに……そこまで重いと京子さんも引くと思いますよ」

「ねーよ。京子だって俺と同じくらい俺に一途なんだから」

「はあ、そっすか。ま、そこらへんを調査するのもわたしの仕事ってことで! じゃ、さっそく報告と行きましょうか!」


 いや、そこらへんの調査ってなんだよ、京子の俺に対する気持ちには何の疑いも持ってねーから、そんな調査は必要ねーよ!

 という俺の反論をガン無視して、保科さんは手帳を広げる。どうやらそこに調査経過を書き留めているようだ。


「10月22日、つまり今日ですが、さっそくターゲットとの接触に成功しました。丈太さんのお部屋で調査計画を立ててからわずか2日後です。お手柄でしょう?」

「家に家庭教師が来たってだけの話じゃねーか。仕事が早いのは京子だろ、それ」


 京子からもラインで、『無事、正式契約出来ました。頑張る=^-ω-^=』とメッセージはもらっていた。


 ちょっと変な顔文字使いがちという、普段とのギャップが相変わらず愛らし過ぎて叫びたくなる。


「捉え方は人それぞれですね。とにかく、家庭教師としての契約は無事成立しました。何も疑われずに、生徒としてターゲットの懐に潜り込んだわけです。今日はこれからの授業方針についての面談がメインでしたが……」

「ん? どうした」


 ずっとハイテンションで喋り続けていたのに、何かを思い出しかのように急に真顔になる保科さん。どこか虚しさを感じさせる声音で、


「てか、あれですよね、マジもんの美人さんなんですね、丈太さんの彼女……ちょっとレベチな人が来ちゃったんで、わたしも母も妹も軽くドン引きしちゃったんですけど」

「ああ、そうだろう。うん、いや大丈夫だ。うちの家族に紹介したときも似たようなリアクションだったから」


 母さんなんて割と最近まで詐欺か宗教の勧誘なんじゃないかと疑ってたくらいだしな。まったく、京子が俺を騙すなんてあり得るわけねーのに。


「でも、あれじゃ、浮気が心配になるのもわかります」

「だから浮気の心配は1ミリもしてねーって言ってんだろ。その可能性は最初から排除して進めてくれて構わんからな」


 俺の要請に、保科さんは呆れたような表情を浮かべ、しかし、ため息を一つついて、話もテンションも切り替える。


「ま、でもちゃんと怯むことなく距離は詰めておきましたよ。初日からだいぶ仲良くなっちゃいました」

「ほー、京子と保科さんがねぇ……」


 だいぶタイプは異なる二人だが……って、そんなこと言ったら俺と京子だってそうか。


「最初は授業と関係のない雑談をすることに抵抗を持っているようでしたが、わたしからも母からも、むしろ勉学以外の大学生活のことなんかもガンガン教えてもらいたいって伝えたら、徐々にフレンドリーになってくれて、最終的には完全に打ち解けちゃいました。もはや幼なじみのお姉さんって感じの距離感ですね!」


 ドヤ顔で胸を張る保科さんだが、あれだな、うん。絶対盛ってるな。自分の業績を大きく言うタイプだもんな、こいつ。


「別に、ちゃんと京子から情報を引き出せるってんなら、その距離感が幼なじみだろうが友人だろうが教師と生徒だろうが、何だっていいんだけどよ。さすがに初日から有用な情報は手に入らなかったか?」


 あまり催促するのも良くないだろうが、京子が何か深刻な問題を抱えている可能性があると思うと、どうしても焦燥を感じてしまう。


「まぁまぁ、そう焦らずに。ちゃんとした成果もありますよ。ってか、たぶん、時間かからないと思いますよ、これ。すぐに真相までたどり着けちゃう手ごたえがありました」

「本当か!?」

「はい。距離を詰めてからは、まず京子さんの基本情報から集めてみました。趣味嗜好だとか、生活パターンだとか、生い立ちですとか。もちろん今日だけではまだまだごく一部になりますけど」

「何か回りくどいな。ホントに期待していいのかよ」

「スパイ活動ってのはこーゆーもんですよ。基本は、地味に地道に、です。あ、そだ。これは本来、まず最初に確認しておくべきだったんですけど」

「何だよ」

「その、今わたしたちが調査している、京子さんの悩み――そうですね、これをXとしましょう。でも、このXとはまた別の乙女の秘密くらい、京子さんだって持っているわけじゃないですか。それを京子さんとの女子トークの中で、わたしが知ったとしたら、全部丈太さんに伝えた方がいいんですか?」

「ん……それは確かに言われてみれば……」


 俺はあくまでも京子のためになりたくて、こんなことをしているのだ。それ以外の秘密を暴こうとするのは、卑劣だし、それこそ京子に対する裏切り行為になってしまう。


「わたしと京子さんがキャッキャウフフしているうちに『もぉ、やだぁ、丈太には絶対言わないでよねっ』的な話も出てくると思うんですよ」

「京子はお前に対してそんな猫なで声は出さない。それはそうと、うーん……そりゃ、そんなことは俺が聞くべきじゃないのは当然だ。だが、それらの秘密が全く問題Xに関連していないのか、保科さんに判断できるのか?」

「はい、だから、微妙なところの情報は全部お伝えする方針で行こうと思ってます。確実に関係なさそうであれば、京子さんのプライバシーを優先します。それでも記録には残しておいて、後々に関連性が少しでも浮かんできたと見えたならば、すぐに伝えます。あはっ、こんな感じでどーですかー?」


 途中まで真剣に説明しておきながら、最後に思い出したかのように、おちゃらけた感じを付け足してきた。こいつ、意外と真面目なところもあるよな……。


「ああ、それで頼む。つっても具体例があまり思い浮かばんけどな。京子が俺に秘密にしたいことだとか、そうそうないだろうし」

「えー、そんなことないですよー。例えば、丈太さんのちんぽが包茎で小さすぎて困ってるだとか」

「小さくねぇし、そもそも京子には比較対象が存在しねーから、そんな悩みが生じる可能性がないな」

「確認ですけど、包茎なんですか」

「剥ける」

「確認ですけど、もしこの悩みを京子さんがわたしに話した場合って、問題Xに関連することとしてわたしは丈太さんに伝えた方がいいんですか? 黙ってるべきですか?」

「え? 確認なんだが、これってあくまでも仮性の、間違えた。仮定の話だよな? 一例として適当に挙げただけなんだよな?」

「……………………はい、ソウデスネ」


 おい、やめろ。意味深な間と片言やめろ。


「ま、これは冗談ですけど、例えば今回わたしが気づいた点として、向こうは向こうで、わたしが丈太さんに気があるんじゃないかと、探ってきてる感じはありましたね」

「マジか」


 いや、確かにこの前そんなこと言ってたけどな。でも、嫉妬心みたいなものを抱いてくれてるのには正直ちょっと嬉しくなってしまう。


「本来であれば、そんなこといちいち彼氏さんに報告すべきじゃないんですが、これは問題Xと関連しているかもしれない事象ですからね。少なくとも、京子さんが丈太さんに対し独占欲を発揮している、つまり丈太さんに恋愛感情を抱いていることの裏付けにはなりますし」

「当たり前だろ、そんなの」

「丈太さんが何と言おうが、わたしは調査員として、そこら辺の前提からきっちり検証していきたいんですー。あとは、そうですね、『丈太さんの浮気を疑っている』――これこそが、問題Xである可能性だって捨てきれないわけです」

「それもないな。京子と俺は信頼し合っているからな」


 それはつい先日だって改めて確認できた、京子の本心に違いない。


「いやまぁ、わたしだってその可能性は極めて低いと思いましたけどね、実際に京子さんと会ってみて。ただ、その彼女に女子高生スパイ送り込んでるような彼ピの『信頼』なんて言葉をわたしはあまり信頼できませんけど」


 うるせーよ。元はといえばお前の提案だろうが。

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