第21話 私は食べる


「さて、肉も用意しましょうか」


 マサヒデとアルマダが落ちたリスを掴み、ぴっと腹を割いて「めり」と皮を剥ぐ。

 ぼたぼたと血が流れ落ち、地面に染みていく。


「む!」


 ぴし! と頭が切られ、とすん、と地に落ちて、ぼたっと血が落ちる。

 腹が割かれ、臓物が放り出される。

 カオルもアルマダも、動物の皮を剥ぎ、頭を落とし、血が流れていく・・・


「・・・」「・・・」「・・・」


 マツ、クレール、ラディは目を開いてその様子を眺める。

 なんでこの3人は平気でこんな事が出来るんだ・・・

 流れ落ちる血。固めて置かれた頭。積まれた臓物。

 ごく、と3人の喉が鳴る。


「クレールさん、この辺に水を出してもらえますか」


「え、あ、はい」


 ぽん、と出た水球に、マサヒデは肉となったリスを突っ込み、血を洗い流す。


「あ、ラディさん、こいつらの皮、使います? 血、洗いますよ」


「い、いえ・・・」


「では、私が頂きましょう」


 カオルが皮を拾い集め、裏側に付いた肉をがりがりと削り、ばしゃっと水球に突っ込み、ばさっと水を払い、ぐっと絞って袋に入れる。


「・・・」「・・・」「・・・」


 ぱらりと塩をまいて、さくさくと切って並べていくマサヒデ達。


「クレール様。こうやって焚き火で焼いて食べるのが、何より美味いのです」


 ぐっと枝に刺し込んで、焚き火に肉を並べるカオル。


「椎茸と、同じなんですね・・・」


「焚き火で焼いて食べれば、何でもすごく美味しくなるんですよ。

 クレール様でも、きっとご満足頂けます」


 ふっ、と笑って、切られた蛇の肉を枝に刺すアルマダ。


「へ、へーえ・・・」


「あ、クレールさんでも、さすがに蛇は初めてですよね」


 にこやかな笑みを向けるマサヒデ。


「へ、へへ、蛇!? は、はい! 初めて・・・です・・・」


「ふふ。意外に美味しいんですよ? きっと驚きますよ」


「わ、わあー。楽しみですー・・・」


 ちら。

 マツの笑顔が固い。

 ちら。

 ラディも笑顔だが、顔を青くしている。


「なあ、カオル、負けちゃったけど、食べていいよな? 椎茸やるから」


「ええ。構いませんよ」


「やったね! 美味そうだな! 早く焼けないかなー」


「あ、しまった。

 マツさん、そこにまとめた臓物と頭、土の魔術で深く埋めてもらえますか?

 この辺にはいないと思いますが、もし熊とか狼とか来たら面倒ですので」


「あ、あー! そうですね!」


 ぼす、と小さな穴が空く。

 小さく、ぴたん、と音が聞こえた。臓物が地の底に落ちた音。

 さー・・・と穴が閉じられる。


 ちりちりと椎茸の焼ける音。

 じわじわと肉の焼ける音。

 ぱち、と枝が跳ねる。

 マツもクレールもラディも、熊や狼より、この4人が恐ろしく見えた。



----------



「いやあ、美味い!」


「ご主人様、こちらも」


「うん、いい焼け具合だ」


「いいねえ! 酒も持ってくれば良かったねえ!」


 にこにこと蛇やネズミを食べるマサヒデ達。

 喉を鳴らし、枝の先に刺された肉を見つめるマツ。

 腹が減って喉が鳴ったのではない。


 ちら、と横を見ると、クレールも枝の先の肉をじっと見ている。

 ラディの手も震えている。


「さあ、皆さん! 遠慮せずに!」


「は、はい! いただきます!」


 大丈夫なのだろうか。

 ちら。クレールと目が合う。

 ちら。ラディもこちらを見つめている。

 いただきますと言ってしまった・・・


「う、う・・・」


 目を瞑って、ちょっとだけ!

 かぷ。

 焦げた肉の匂い。塩の味。


「う、うう」


 味が全然分からない。

 ぐにぐに。ごくん。

 飲み込んでしまった・・・


「どうです? 焚き火で食べる新鮮な肉。美味しいでしょう?」


 アルマダがにこやかな顔でマツに声を掛ける。


「はぁい! それはもう!」


 上手く笑えただろうか・・・


 クレールもラディも、じっとマツを見つめている。

 マツも見返す。

 私も食べたんですから、あなた達も。


 クレールが小さく頷く。


「んんっ!」


 がり。焦げた表面の、固い音。


(う!?)


 思わず吐き出しそうになるが、ぐっと堪えて噛み砕く。

 目尻に涙が浮かぶ。


(焦げた味しかしない!)


「ん、ん、ん・・・ごく・・・ぶはっ!」


「ふふ。クレール様、初めての蛇はどうですか?」


 カオルが満面の笑みで声をかける。


「お、おぉいしいですねえ! こんな味がするんですねえ!」


「喜んで頂けまして幸いです。また獲って参りましょう」


(ひえー!)


 カオルはすごく喜んでいる。

 これが膳に並ぶのか・・・

 そして、マツとクレールの目がラディに突き刺さった。


「う・・・」


 じっとりとした2人の目線。

 もう腹を据えるしかない。


「すー・・・ふう・・・」


 がり。ぐに。もにゅもにゅ。

 濃い炭火焼きのような匂い。というか炭。

 うっすら塩味?


「ラディ、そんなにお腹空いてたの? がっついちゃだめだよ。

 ちゃんと焦げた所は落として。お腹壊すよ」


 ははは、と笑うマサヒデ達の笑い声が遠く聞こえる。

 ほら、とラディの手から枝をとり、ぱりぱりと表面の炭を剥がすシズク。


「はい。まあ、初めてだもんね。さあ食べなよ」


「は、はい」


 恐る恐る、差し出された枝を取る。

 2口目・・・

 これで食べ切ってしまおう。後は椎茸だけ食べよう。


「んむ!」


 かり。むにゅむにゅ。

 さっきよりは味が分かる。

 だが、これは美味しいのか? 味がさっぱり分からない・・・


「つ、次はこの椎茸を。そろそろ・・・」


 震える手で、椎茸を取る。

 きり! とマツとクレールの目がラディを睨む。

 構うものか! 私は食べ切った!


 ふー、ふー・・・ぱく。


「ああ・・・美味しい・・・」


 芳醇な香り。焼けた塩。

 かりっと焦げた部分が、美味しい・・・

 椎茸がこんなに美味しいなんて!

 緊張で固くなった肩の力が抜ける。


「く・・・」


 マツの小さな声が聞こえる。

 クレールが睨んでいる。


「うん。シズクさん、この椎茸は美味しいですね」


 にや。

 小さく笑って、マツとクレールを見る。

 私はこの2人に勝った!


「そうだろ! ははは!」


「ええ。とても美味しいです」


 にこにこして、シズクが次の椎茸を枝に刺す。

 マツとクレールの視線が突き刺さる。

 構うものか。私は椎茸を食べる。

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