第35話 潰して引き裂いて食べさせる

「何ですって……死んだ? 彼らが?」


 ゴールドリヴァーの町にあるとある建物。

 ギャングのアジトであるそこには、複数人の人間がいた。

 彼らはいずれも、町に巣食っているギャングの幹部達である。


「どういうことだ……何故、アイツらが死んだ!?」


「ハア、ハア……わ、わかりません……」


 幹部の怒声にビクリと震えたのは、命からがら逃げかえってきた男である。

 その男もまたギャングの一人。

 新しい領主であるウィルフレッドの殺害を命じられていたのだが……仲間達が殺されて、逃げてきたのである。


「わ、わからないんです……どうして、みんなが殺されちまったのか……誰に殺されたのかすら見えなかった……!」


 男が涙ぐみながら、ガタガタと震えながら訴える。


「死んでいた。気がついていたら。わけもわからないままに死んでいたんだ……意味がわからない。どうやって殺されたのかすらも……!」


「……それで、テメエは一人で逃げ帰ってきたのか?」


「し、仕方がないじゃないですか! あのままだと、俺も殺されてました……だったら、せめて……」


「ウルセエ、黙れ!」


 幹部が怒鳴る。

 苛立たしげに、床を叩いた。


「アイツらが殺された? 護衛の兵士は五人だったはず。たった五人に返り討ちになんてされるわけがねえ……!」


 幹部の一人がブツブツとつぶやく。


「もしかして、凄腕の魔法使いでも味方につけているのか? 見えない攻撃……風魔法か闇魔法か……いや、だったら、どうして……」


 幹部の男が「ハッ!」とした様子で顔を上げる。


「おい……お前、どうして生きて帰ってきた!?」


「い、いや、だって死にたくは……」


「そうじゃねえ! どうして、生きて帰ってこれたのかと聞いている!」


 もしも相手が不可視の力で二十人ものギャングを殺すことができるのなら……どうして、目の前にいる一人の部下が逃げてこられたのかわからない。

 殺されていなくてはおかしい。逃げられるはずがなかった。


「ヤベエ……テメエら、金目のものをまとめろ!」


「ど、どうした? 何をそんなに焦って……?」


「これは罠だ! チクショウ……コイツはアジトを見つけ出すために、あえて逃がされたんだ……!」


「大正解。その通りですよ」


「「「「「…………!」」」」」


 部屋にいたギャング達が飛び跳ねる。

 その場にいないはずの人間……第三者の声が聞こえてきたのだ。


「お前は……!」


「こんばんわ。親愛ならならず者の皆様」


 いつの間にか部屋の扉が開いており、そこに一人の女性が立っていた。

 ギャング達の目には子供にしか見えないような年頃の少女である。


「お前は……」


「アンリエッサ……ウィル様の婚約者ですよ」


 ウィルというのは、新しい領主のことだろう。

 領主である王子が婚約者の少女を連れてきたという報告は、彼らも受けていた。


「……何しに来やがった、まさかお前が部下を殺ったのか?」


「さあ、どうでしょうか?」


「…………」


 しらばっくれるアンリエッサであったが……それは事実上の肯定だった。


(この女、ヤベエな……!)


 ギャング達は外見でアンリエッサに油断することはなかった。

 修羅場をくぐっている彼らには、アンリエッサが尋常ではない『格』を持っていることに気がついた。


「……取引がしたい」


 ……だからこそ、彼らはできるだけ穏便に事を済ませようとする。


「何でしょう?」


「この町から出る。だから、見逃してくれ」


「お断りいたします」


 しかし、取り付く島もなくアンリエッサが断言した。


「ウィル様のことを狙った時点で、貴方達の命運は決まっています。逃がすつもりなどありません」


「そうかよ、だったら……!」


 ギャングの男が目配せをする。

 視線だけで意図は通じた。その場に集まっていたギャングの幹部達が一斉に床を蹴って、アンリエッサに襲いかかる。


「死にやがれ!」


「貴方達が、ですね」


 そして……ギャング達の身体がズタズタに引き裂かれた。

 一瞬で、わずかな抵抗の時間すらも与えられることなく、あまりにもあっさりと。

 見る者が見ればわかったことだろう。

 アンリエッサの周囲には激しい呪力が渦巻いており、刃となって荒れ狂っている。

 術を使ったわけではない。式神すらも放っていない。


 ただ……圧倒的な呪力を放出させ、廻らせる。

 それだけのことで無法者であるギャング達を皆殺しにした。


「私は本当に嫌いな相手は自らの手で殺すことにしているんです……ああ、もう死んでいましたね」


 アンリエッサが笑って、懐から呪符を取り出した。


「後片付けは頼みます。残らず召し上がれ」


 アンリエッサが部屋から出ていった。

 誰もいなくなったギャングのアジトからは、獣が血肉を啜る音だけが一晩中響き続けていた。

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