第15話 絶対に幸せにします!

「えっと……大丈夫? アンリエッサ嬢?」


「だ、大丈夫です。何も問題ありません。ウィルフレッド殿下……」


 王宮にある庭園。その片隅にて。

 アンリエッサとウィルフレッドはベンチに座って、二人で話をしていた。少し離れた場所にはバートンが控えていて、二人を見守っている。

 つい先ほどまで寝込んでいたウィルフレッドであったが……今は嘘のように顔色が良い。

 体調不良の原因はやはり先ほどの呪いだったのだろう。アンリエッサが呪いを祓ったことにより、身体の調子が良くなったのだ。

 長期臥床による筋肉の衰えなどはあるだろうが……無理なくリハビリをすれば、すぐに健康な男子に戻ることだろう。


「アンリエッサと会ってから、不思議と気分が良いんだ。もしかして、何かしてくれたのかな?」


「いいえ、私は何も」


 アンリエッサは嘘をついた。

 六本腕で蠅頭の女が憑依してましたなどと伝えられるわけがない。


「それよりも……先ほどの話の続きをさせてください。私がウィルフレッド殿下の婚約者になるという件です」


「あ……」


「できれば……その、受け入れてくださると、とても嬉しいのですが……」


 アンリエッサはかつてないほど緊張しながら、ウィルフレッドの答えを待つ。

 好みど真ん中。百パーセント純然たる一目惚れをした相手に袖にされたら、今度は鼻血ではなく吐血してしまう。

 アンリエッサが固唾を呑んで、肩を振るわせていると……ウィルフレッドが悲しそうに瞳を伏せる。


「……やめておいた方が良いよ。僕なんて」


「どういう意味ですか? やはり、伯爵令嬢である私では釣り合いませんか?」


「ううん。釣り合わないのはむしろ僕の方だよ。アンリエッサはすごく可愛いし、素敵なレディだと思う」


「ブハッ」


 また、鼻血が出そうになってしまった。

 慌てて掌で顔を押さえる。


「アンリエッサ?」


「つ、続けてください……」


「あ、うん……えっと、知っての通り、僕は十三番目の王子だ。母の身分は低くて、おまけにもう亡くなっている。他の王子のように後ろ盾があるわけでもなく、僕と結婚したらすごく苦労することになると思う」


「…………」


「お母様のように、ソニアのように大切な誰かがいなくなるのは、もう耐えられない。だから、僕なんかやめておいた方が良い」


「……そういう話ですか」


 アンリエッサはとりあえず、安堵する。

 婚約には消極的だが、それはアンリエッサに問題があるというわけではなく、むしろ彼女を傷つけないために拒もうとしているのだ。

 自分が誰よりも辛い立場だというのに……助けを求めるのではなく、誰かを巻き込まないように気遣っている。


「尊い……!」


 その健気で孤独な有り様に、アンリエッサは泣き崩れそうになる。

 こんな美しくも気高い少年が呪われ、寂しく死んでいくなんてあってはならない。

 昔話の正直爺さんが騙され、酷い目にあって終わりの物語なんて、あって良いわけがないのだ。


「ウィルフレッド殿下……私、婚約を辞退しませんから……!」


「え?」


「私は殿下に幸せにしてもらいたいわけではないのです。貴方を幸せにしたい……だから、絶対に辞退しませんっ!」


 アンリエッサは力強く断言した。

 絶対に守る。幸せにする。

 どんな万難が立ちふさがろうと、火の粉の雨が降りそそごうと。

 アンリエッサの全知全能をもってして、絶対にウィルフレッドを守り抜いてみせる。


(そのためなら……他の王子だって、皆殺しにしてやる……!)


 もしも、ウィルフレッドを邪魔に思って殺そうとしている者がいるのなら、あらゆる呪いを駆使して排除してやろう。

 アンリエッサは最強の呪術師。

 呪術大国日本において、『呪いの女王』とまで呼ばれた女なのだから。


「絶対に、お側を離れませんからね!」


「えっと……無理しなくてもいいからね? 嫌になったらいつでも言ってね?」


 やる気に満ち満ちた様子のアンリエッサに、ウィルフレッドは困ったように首を傾げたのであった。

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