第1話 魔力無し? 呪力ならありますけど?

 どうやら、この世界の人間の大部分が『魔力』というものを持っているらしい。

 そして、それを持っていない人間は酷く差別されてしまうようだ。

『彼女』がその事実に気がついたのは七歳の頃。魔力測定と呼ばれるイベントを経てのことである。


「お気の毒ですが……ご令嬢には魔力がありません」


「何だと……!?」


 司祭が口にした言葉を受けて、父は顔を真っ赤にして激怒した。

 その後ろでは、対照的に顔を真っ青にした母が言葉を失って口元を手で押さえている。


「私と妻の娘だぞ!? 何かの間違いではないのか……!?」


「い、いえ、間違えようがありません。ご令嬢からはわずかな魔力の片鱗も感じません。完全な『魔力無し』です……」


「そんな……嘘よ……」


 母がいよいよ立っていられなくなったらしい。床に崩れ落ちて、うなだれてしまった。


「お母様!」


「お母様、しっかりして!」


 消沈した様子の母に兄と姉が駆け寄っていく。

 そんな家族の姿を見つめて、その少女……アンリエッサ・アドウィルは困ったように眉尻を下げた。


(えっと……どうしたら良いのかな?)


 自分も母に駆け寄るべきだろうか?

 しかし、母があんなにもショックを受けている原因は他でもない自分である。


 今日はアンリエッサの七歳の誕生日だった。

 この世界では、七歳の誕生日を迎えた人間は『魔力測定』というものを受けることになっている。

 これは文字通りにその人間が保有している魔力量を調べるというもので、その結果によって将来がほぼ決まってしまう。

 魔力がふんだんにある人間は優遇されて、特別な仕事に就くことが許される。魔力は子供に遺伝することが多いため、結婚相手にも恵まれる。

 魔力が少ない人間は誰にでもできるような低収入の仕事にしか就くことができず、ろくな縁談が見つからない。

 ごく一部の人間……『魔力無し』については地獄である。他者から差別され、まともな仕事に就けず、白い目で見られ続けることになる。


(そう……たとえば、今の私のように?)


 どこか他人事のように、アンリエッサは思った。


 アンリエッサを含めたアドウィル伯爵家の人間は仲の良い家族だった。

 厳しくも優しい父親、温厚で慈しみ深い母親。子供は三人いて、兄と姉はいずれも美しく才能に恵まれていて魔力も多い。

 当然、三番目の子供であるアンリエッサにも期待が寄せられていたのだが……残念ながら、彼女が魔力無しであることが判明してしまった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 先ほどまで家族だと思っていた人達から、責めるような眼差しが向けられる。

 父親も母親も兄も姉も……誰もがアンリエッサを異質な怪物を見るような目で見ている。


「そ、それでは私はこれで。失礼いたします……念のために言っておきますが、魔力無しであるからといって子供を処分することは犯罪です。短慮な行動を起こしませぬようにお願いいたします……」


 魔力測定を終えた司祭が逃げるようにして、そそくさと伯爵家の屋敷から去っていった。

 立ち去る寸前、同情したような顔をアンリエッサに向けてきたのは気のせいではあるまい。

 部屋を重苦しい沈黙が包み込む。しかかる空気の重さだけで、身体が潰れてしまいそうだ。

 だからといって、いつまでも沈黙しているわけにはいかない。

 家族の誰もしゃべりださないようなので、仕方がなしにアンリエッサが口を開く。


「お父様……」


「私を父と呼ぶな。この魔力無しの無能者が……」


 いきなり、罵声を浴びせられてしまった。

 昨日まで、「愛する娘」とか言っていたはずの父親に。


「お母様……」


「違うわ……私は不貞なんてしていない……旦那様しか愛していないもの……」


 母親がフルフルと現実を拒むように首を振る。

 父の子であれば魔力が多いはずなので、浮気を疑われると思っているようだ。


「お兄様……」


「…………」


 兄が気まずそうに目を逸らした。

 言葉に出さずとも、「家族が壊れたのはお前のせいだ」と伝えてくる。


「お姉様……」


「汚らわしい」


 姉が短く言って、アンリエッサをにらんでくる。

 まるで害虫でも見るような、激しい嫌悪の態度である。


(あ、これはダメな感じです)


 さすがにここまで至ると、アンリエッサは気がついてしまう。

 自分が家族の中の他人になってしまったと。

 魔力無しの人間が差別されていると本の知識でわかっていたが、それが事実であることを明確に自覚させられてしまう。


 その日から、アンリエッサの生活は一変した。

 仲が良かった家族は口も利いてくれなくなった。伯爵家を追い出されこそしなかったものの、『令嬢』として扱われることはなくなってしまう。

 メイドのように下働きをさせられて、使用人からも蔑みの目で見られるようになった。


 家族から見捨てられ、ネグレクトを受けることになったアンリエッサであるが……彼女は自分の扱いにふとした疑問を思う。


「私って、魔力はないけど『呪力』はあるんだけど……そのことを教えていたら何か変わったのでしょうか?」


 今日も呪力で生み出した『式神』に代わりに仕事をさせながら、アンリエッサは困った様子で首を傾げるのであった。






――――――――――

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