第19話 高みへの助言


「さて。カオルさんはもう少し休んでいて下さい」


「はい」


「じゃあ、シズクさん。やりますか」


「え」


「やりましょうよ。寝てばかりじゃ稽古にならないじゃないですか」


「分かったよ・・・もう、まともに立ち会える気がしないよ」


「大丈夫ですって」


 2人が庭の中央に立つ。


「じゃ、始めますよ」


「よし! いくぞ!」


 ぶん! と振られた棒の下をくぐって、マサヒデの竹刀がシズクの足に当たる。

 こんな軽い足薙ぎでシズクの足が斬れるわけはないが、まあ稽古だから良いか。


「足、もらいました」


「う・・・」


 シズクが足を蹴り上げる。

 すっと横に避けて、蹴り上げられる足を下から持ち上げる。

 いくら重いと言っても、上に上がって行くのだから簡単だ。


「うわあ!」


 どすん、とシズクが後ろに倒れ、首に竹刀が置かれる。

 これは決まった。


「さ、一本ですね」


「うー! もー!」


 シズクはごろごろと転がって、足をばたばたさせた。


「勝てないー!」


「やれやれ・・・仕方ないですね。シズクさん、あなたが一気に強くなる方法、ちょっとだけ教えてあげましょう」


「え!?」


 がば! とシズクが顔を上げる。


「ど、どんな方法!?」


「もう、シズクさんは、答えを出してますよ。身体は分かっています。

 カオルさんとの勝負、よく思い出して下さい」


「ええ? カオルとの勝負? 燃えたことしか覚えてないな・・・怖かったよ」


「あの勝負に、あなたが一気に強くなる方法の答えがあります」


「うーん? カオルとの勝負? うーん・・・」


「あとは、自分で考えて下さい。分かれば、一気にものすごく強くなれます」


 シズクはあぐらをかいて、腕を組んで唸り出した。


「さて、では・・・」


 顔を上げると、マツが盆を持って部屋に入ってきた。


「あ、マツさん」


 皆がマツを見上げる。

 す、とマツの気配が入ってくる。


「お疲れ様です。調子はどうですか?」


「いい稽古になってますよ」


「さ、皆さん、お茶ですよ。一服入れましょう」


 マサヒデとシズクが縁側に座ると、マツが茶を差し出す。


「んー・・・」


 湯呑を持ったまま、シズクが唸る。


「あら、シズクさんらしくありませんね。どうされました?」


「私が強くなる方法、マサちゃんがちょっとだけ教えてくれた」


「強くなる方法?」


「うん・・・でも、分からない」


「自分で考えるのが大事です。

 全部教えちゃったら、この先はもう強くなれませんから。

 ちょっと教えすぎたかなってくらいです」


「ええ? 全然分からないよ・・・」


「ふふふ。気付けば、なーんだ、こんな事か、って思いますよ。

 強くなる時って、大体そんなものです」


「うーん・・・」


 眉を寄せて考え込むシズクを見て、皆がくす、と小さく笑う。

 ずずー・・・と皆の茶を飲む音が、静かな空間に響く。


「カオルさんもですよ。あなたも、もう強くなる準備は既に出来ています」


「私もですか?」


「はい。気付けば、急激に強くなれます」


「む・・・」


「お二人共、今の私と同じくらいか・・・いや、それ以上になるはずです。

 私より、長く厳しい鍛錬を重ねているんです。私より強くなって当たり前です。

 あとは、気付くか気付かないかだけですよ」


「ううむ・・・すぐ油断する所とか、隙を見極められていない所でしょうか」


「さあ、どうでしょうか」


 カオルもシズクも、湯呑を持ったまま、眉を寄せてじっと考える。


「マサヒデ様! 私はどうでしょうか!」


 クレールがぐっと顔を突き出す。


「クレールさんもです。分かっているのに、気付いていないという状態です。

 たったひとつの技術不足です」


「ぎ、技術不足・・・」


 クレールはがっくりと肩を落とす。


「さっきのカオルさんとの立ち会いを見て、魔術の使い方はちゃんと分かっていると感じました。同じ魔術を使う人でも、使い方次第で強くもなり、弱くもなる。これ、マツさんの受け売りですけど。あなたは、その一番大事な所が分かっている。簡単な術しか使ってないのに、カオルさんに勝ったじゃないですか」


「う」


 カオルもがっくりと肩を落とす。


「あ・・・すみません・・・」


「うふふ。マサヒデ様も厳しいですね」


「さあ、カオルさん。一服したら、マツさんと手合わせしましょう。

 マツさんの魔術、クレールさんも、良く見てて下さいね」


「はい」


 3人が強くなるコツは至極単純。


 シズクは思い切り振り回さず、小さく軽くするだけ。

 磨かれた技術があるのに、実戦になると力任せ。その技術がほとんど死んでいる。

 軽く振っただけでも、金属鎧を着た相手を吹き飛ばせる力はある。

 カオルとの試合で見せたあの跳び方を、振りに入れるだけだ。


 カオルはいつも全速力。

 動きに緩急をつけるだけで良い。

 止まった状態から、ほぼ全速で動ける怖ろしい程の身の軽さがある。

 雑な緩急をつけるだけでも、急激に強くなる。


 クレールは簡単な欠点を克服するだけ。

 魔術をちゃんと飛ばせるようにするだけだ。

 まともに飛ばせない今でも、一流の腕があるのだ。

 基本的な事だから、マツに聞くだけで解決出来る。



----------



 庭の真ん中に、マツとカオルが立つ。


「じゃあ、カオルさん。一手だけ、マツさんに譲って下さい。

 カオルさんが跳びかかったら、一瞬で終わっちゃいますからね」


「はい」


「あら。一手もらっちゃっていいんですか?」


 にやりと笑ったマツの顔。

 ぞく、とカオルの背に冷たいものが走った。


「カオルさんに、純粋魔術師を見てもらうのが目的ですからね。

 じゃあ、私は居間から合図しますから。

 マツさん、部屋の中まで吹き飛ばしたりしないで下さいよ」


「はい。うふふふふ・・・」


 柔らかな笑み。

 あの黒い恐怖の気は出ていないのに、カオルの身体中から冷や汗が流れる。

 マサヒデはくるっと踵を返し、部屋の中まで入ってしまった。


(これは稽古になるのか!?)


 心配になってきた。

 恐ろしくて身体が動くかどうか・・・本能が危険を告げている。


「じゃ、はじめてくださーい」


 合図の瞬間、ぼん! と屋根よりも遥かに高い火の壁が目の前に上がった。

 カオルが驚いて跳び下がる。


「うわあ!」「きゃあ!」


 シズクとクレールも驚いて声を上げる。

 部屋の中まで、急にものすごい熱がこもる。


(もう終わりか!?)


 高すぎて、とても越えられる高さではない。

 少しでも近付けば、燃えてしまいそうだ。

 何とかしなければ・・・

 一歩下がろうとして、とん、と背中に何かが当たった。


「あ!?」


 後ろを振り向くと、土の壁が出来ている。

 まずい、と思った瞬間、火の壁がゆっくりとカオルに向かって動き出した。


「そこまで」


 マサヒデの声が上がり、火の壁がすっと消え、土の壁がさらさらと崩れ落ちた。


「・・・」


 カオルもシズクもクレールも、呆然として声も出ない。


「マツさん、いきなり派手にいきましたね」


「うふふ。少しは驚いてもらおうと思って」


 ふわっと部屋の中に風が上がり、こもった熱が外に出て行った。

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