第六章 令嬢が来る

第24話 令嬢が来る・1


 居間に上がると、シズクが寝転んでいた。


「只今戻りました」


「おかえり。どうだった? 楽しかった?」


 す、とマツが座り、茶を差し出す。


「いやあ、私ばかり楽しんでしまった気がしますよ。放映に釘付けになってしまって、銃を見せてもらって・・・カオルさんは、仕事に使う買い物だけでしたし、あまりお出掛けという感じではなかったでしょうか」


「マサヒデ様は楽しめました?」


「そうですね。特に銃ですかね。初めて銃というものをじっくり見せてもらいましたが、値段に驚きましたよ。一番安いもので、金貨30枚ですよ。高いものは軽く100枚、200枚、300枚と・・・驚きましたよ」


「げ! 一番安くて金貨30枚!? そりゃ強いはずだあ・・・痛かったもん」


「銃ってそんなにお高いんですか!?」


 マツもシズクも驚いた。

 一番安いもので金貨30枚とは・・・


「その上、弾の値段もかかりますからね・・・しかし、長物なら遠くからでも金属鎧を抜けるそうで、値段には十分見合った武器ではあると思いました」


「へえ・・・しかし、それほどの武器がなぜ流通していないんでしょうね?」


「単純に値段の問題でしょう。作れる方も少なそうだし、数も少ないでしょうね。弩でも金属鎧は抜けますから、皆、はるかに安い弩を選ぶでしょうね。ある程度魔術が使える方であれば、なおさらなくても良い物ですし」


「なるほどねえ」


「ご店主も、銃は威力がありすぎる、と言っておられました。正直、私もこの値段なら弩でいいか、とも考えましたが、あの大きな音が良い」


「音ですか?」


「どかん! と大きな音が響けば、銃で狙われている! と皆が身を固くしたり、飛び退いたり伏せたりするでしょう。当たらなくても、大きな威嚇になるわけです。簡単に陣も崩せるでしょうし、この利点は大きい」


「音でビビらせるってわけか! マサちゃん、頭良いな!」


「闇討ちをするような人達は決して選ばないでしょうが、我々なら良く使えると思いますね」


 からからから。


「あら、お客様」


 マツが出て行った。「ご苦労様でした」と声が聞こえ、玄関が閉められる。

 す、す、と廊下を歩く音が聞こえ、マツが戻ってくる。


「マサヒデ様、クレールさんからですよ」


「使いの方が帰ったとなると、返事はいらないと。何かお知らせですかね」


 マツから手紙を受け取り、ぺりっと封を剥がす。

 中から、ほのかに花のような香りが漂う。

 すんすん、とシズクが鼻を鳴らす。


「いい匂いがするねえ」


「クレールさんのお手紙は、いつも良い香りがしますね」


「さて、何でしょうかね」


『愛するマサヒデ様へ。


 引っ越しの準備も整いました。

 遅くなって大変申し訳ございません。

 私も魔術師協会へ参りたいと思います。

 

 明日には荷をまとめて参ります。

 重ね重ね、遅くなりました事をお詫びします。


 クレール=トミヤス』


「・・・うーむ・・・」


 マサヒデは腕を組んでしまった。

 部屋は空いているから、寝る場所は問題ない。

 しかし・・・


「マツさん、読んで下さい」


 マサヒデはマツに手紙を渡す。


「?」


 マツも受け取って、手紙を読む。

 短い文章、さらっと読んでマツの目が輝いた。


「わあ! クレールさんもここに来られるんですね!」


「ええ、そうです」


「う、クレール様もここに来るの? あの人、苦手だなあ・・・」


 シズクの顔が困ったなあ、という顔になる。

 マサヒデの顔は厳しい。


「マツさん、ひとつ心配な事があります」


「心配? なんでしょう?」


「荷物、大丈夫ですかね」


 は! とマツの表情が変わる。

 そうだ。クレールの荷物は大量にあるはず・・・


「ここには、何度か足を運んでもらっていますので、大丈夫だと思います。

 思いますが・・・ううむ・・・」


「・・・」


「もし何台も荷馬車を連れて来られたら、置き場所がありません」


「確かに・・・どうしましょう・・・」


「心配しすぎですかね・・・使いの方は帰ってしまわれたのですよね?」


「はい。もうお帰りに」


「ううむ。確認の為に、手紙を書きましょうか」


「あ! マサヒデ様。まだあります!」


「なんでしょう」


「あの執事の方も、一緒に来られますでしょうか」


「む! 確かに・・・来そうですね・・・」


「あと、レイシクランの忍の方々、たくさんおられますよ? どうしましょう」


「う! そうだった・・・忍の方々がいましたね・・・クレールさんの周りは、いつも忍の方々がびっちりと囲んでいますよね・・・ううむ・・・」


 カオルが膳を持って入ってくる。


「ご主人様、奥方様。忍に関しては問題ありません」


 す、す、と膳を並べていく。


「大丈夫でしょうか?」


「目の前は冒険者ギルド。多数が出入りし、紛れるには最高の場所。おそらく、冒険者か町人に紛れて、近所に隠れてお過ごしになられ、ここに常駐されるのは数人ずつ交代で、という形になるでしょう。部屋の準備などは必要ありませんよ」


「冒険者や町人に紛れ、近所で暮らす・・・ですか」


「ふふ、見覚えのない冒険者の方がギルドにおられましたら、レイシクランの方かもしれませんよ。稽古をつけて差し上げるのも一興かもしれません。ほら、私の監視員達も、皆ここには住んでおりませんでしょう? でも、いつも近くに」


「あ、確かに。カオルさんの監視員さん達も、いませんよね。ほんの一言二言、喋った事があるだけです」


「え!? 会話したのですか!?」


 カオルが驚いて顔を上げる。


「ええ」


「一体何を!?」


「秘密です。悪いことではありませんから、安心して下さい」


 カオルがカゲミツへ挑戦する際、監視員が手紙を届けようと申し出てくれた。カオルがこれほど驚いているのだ。監視員が主の役目をする者に声を掛けることは、まずないのだろう。あの申し出は、余程感謝してくれたという証だということだ。


「な、な、何か大事でも・・・?」


「いえ。別に、カオルさんの査定には関係ない事ですよ」


 本当は関係はあるが、悪い事ではない。カオルの査定には、大成功の大得点だっただろう。なにせ、剣聖から魔剣を盗んできたのだから。


「では、冷めないうちに頂きましょうか。食べたら、クレールさんに確認の手紙を書きますね。カオルさん、頼めますか」


「は」


「では、頂きます。やあ、美味しそうなニジマスだ」



----------



 食後、縁側でマツと夕涼みをしていると、しばらくしてカオルが帰ってきた。


「只今戻りました」


「おかえりなさい。どうでした?」


 カオルは眉を寄せ、片手を頬に当てる。


「怒られてしまいました・・・クレール様が自らお返事を伝えに、肩をいからせて部屋から下りて来られまして」


「え!? そんなに怒ってしまったんですか!?」


「は・・・何度も足を運んでいるのだから、その程度の事は承知です、私を馬鹿にしているのか、と・・・それはもうお怒りに」


「・・・」


 あちゃー、と、マサヒデとマツは顔を見合わせる。

 確認などせねば良かったか・・・

 落ち着いて考えてみれば、ギルドに倉庫を一部貸し出してもらえば良かった。

 荷物が多くても、なんとか対応は出来たはずだ。


「ううむ、怒らせてしまいましたか・・・」


「執事の方は、他の者とホテルに残ると。共におりますと目立ちますし、置いてある荷をしかと管理、必要な際はいつでもこちらに届けるとのことです。こちらを訪ねる事を許して頂ければありがたい、と」


「大歓迎ですよ。なんなら、忍の方も来てくれても良いですよね。カオルさんみたいに、変装すれば問題ないでしょうし。マツさん、構いませんよね」


「もちろんですとも! そうなると、賑やかでしょうね!」


 カオルは立ち上がって縁側まですーっと歩いていき、マサヒデの隣に座った。


「・・・だそうです」


 と、誰もいない庭に向かって声を掛けた。

 目の前に忍が来ていたのか・・・

 マサヒデには全く気配を感じられていなかったが、カオルが声を掛けた瞬間、去って行った気配は感じた。


「・・・聞いてたんですね・・・」


「はい。先程から」


「ううむ、レイシクランの忍は皆が腕利きですね。全く気付きませんでした」


「ふふーん。マサちゃんは気付いてなかったのか。私は気付いてたぞ」


 寝転んでいたシズクは、にやにやしてマサヒデに声を掛ける。

 さすがにシズクは鋭敏だ。


「え? 気付いてたんですか?」


「な、カオル、3人いたよな? そことそことそこ」


 シズクが庭をそこ、そこ、と指差す。


「ええ。さすがですね」


「む・・・私だけでしたか・・・」


 マサヒデは渋い顔で腕を組んでしまった。


「やった! マサちゃんに勝ったぜ! へへへー」


 にやにやとマツが笑う。


「マサヒデ様、そうお気を落とさず。私も気付いてませんでしたし」


「ふふふ。ご主人様、先日ご挨拶に参りました際、カゲミツ様は全員看破されておられましたよ」


「くっ・・・ううむ! 参りました!」


 マサヒデは、どさ、と腕を組んだまま寝転んで、天井を見上げた。

 拗ねた顔のマサヒデを見て、3人が笑い声を上げた。

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