第7話 短弓


 弓を買ったマサヒデとカオル。

 2人とも、基本的には近接武器を扱う。他には投げ物くらいだ。

 新しい得物に、やはり少し嬉しくなる。


「帰ったら、荷物を置いて訓練場に行きましょうか。

 少しはこの弓に慣れておきたい」


「いいね」


「カオルさんは良い物を選べましたか?」


「なかなかだと思うよ」


 冒険者に変装したカオルは、外でははすっぱな口調になる。


「そういえば、カオルさんは弓は?」


「少しは使えるよ。ふふふ、毒塗ったりとかね。

 まあ、大体の得物は一通りの扱いは覚えるよ。格好変えたら得物も変えたりね」

 

 とんとん、と剣の柄を叩く。

 そう言えば、カオルがこの格好の時は、たまに剣の練習を、と頼まれる。

 追い詰められるまでは、腰の剣で普通の冒険者として戦うのだ。

 小太刀やら手裏剣やらは、どこかに隠してあるのだろう。

 この鎧も、革に見えるが見た目だけかもしれない。


「そうですか。うちの道場も、大体の得物は置いてあるんですよ」


「でも、馬上の扱いはしたことないな。

 目立つからさ、あまり馬って練習しないんだ。ほんとに基本的な乗り方くらい」


「うちの道場も、馬はいなかったんですよ。

 たまに借りてきて、少し練習するくらいでした。

 だから、本格的な馬上の戦いって、良く知らないんですよ」


「んん? アルマダさんは馬乗ってるじゃないか。

 ガキの頃から道場にいたんだろ?」


「道場に来る前に、一通りは実家で乗り方を叩き込まれたそうですよ。

 だから、馬の扱いは私より遥かに上だと思います。

 でも、やはり騎馬戦は苦手なんじゃないですか? 得物も剣ですし」


「ふーん・・・早く、新しいの捕まえに行きたいね」


「ええ。楽しみですね」



----------



 からからから。

 

「ん?」


 玄関を開けると、小さな靴と綺麗な革靴。

 クレールが来ているのか。


「只今戻りました」


「ただいまー」


 カオルが先に上がり、ば! とメイド服に着替える。

 居間にクレールが座って茶を飲んでいる。

 執事はいつも通り、部屋の隅で正座してぴしっとしている。


「どうも、只今戻りました」


 とん、とクレールが茶を置いて、き! とマサヒデの方を向く。


「マサヒデ様。お話が」


「なにか」


 座ると、執事が後ろで困った顔をしている。

 なんだろう・・・

 いつもと随分雰囲気が違う。


「・・・頂きました、お弁当とお酒ですが」


「ああ、すみません・・・お口に合いませんでしたか?」


「いえ。実に美味しかったです」


「はあ」


 ぱあん!(畳を叩きつける音)


「はあ! ではございません!」


「では、何か、ご機嫌を損ねるようなことをしましたか?」


「はい!」


「一体なんでしょう・・・?

 すみません、私、良く女性には鈍い鈍いと叱られます。

 今、私が何をしたのか分かっていません」


「くっ・・・」


 クレールが歯ぎしりをして、横を向く。

 一体なんだ?

 カオルも何だ? という顔をしている。

 シズクも後ろで変な顔をしている。

 執事は後ろで額を抑え、軽く頭を振る。


「・・・マサヒデ様。私、三浦酒天に行きたいです!」


 とても、お出かけしたいという感じには見えない・・・


「あ、そうでしたか。では、今夜は皆で三浦酒天に行きましょうか」


「お話があるのです! 2人でお願いします!」


「ええ? 三浦酒天で、ですか?

 とても大事な話をする、という店ではないですけど」


「構いません!」


「そうですか・・・」


 後ろで執事が申し訳無さそうに頭を下げた。


「じゃあ・・・皆さん、私は夜はクレールさんと三浦酒天で食べますね」


「は」


「では、夜には少し時間がありますから、私はカオルさんと少し訓練場で弓を練習してきますが」


「お待ちしております!」


「カオルさん、行きましょうか」


「は」


 ばさ! と服を脱ぎ捨て、カオルが冒険者姿に変わる。


「では」「失礼致します」


 弓を持って外に出る。


(カオルさん、あれ何だと思いますか?)


(さっぱり分かりません。弁当も酒も美味かったと)


(執事さんも困った顔をしていましたね。何かわがままでしょうか?)


(かもしれませんね)



----------



 訓練場に入る。

 弓の的の前に行くと、同じような短弓を練習している冒険者がいる。


「よし」


 隣に立って、練習用の矢をつがえてみる。

 長弓とは、かなり感じが違う。

 引いて・・・


「うん?」


 外れてしまった。

 かなり軌道が違う。


(こうかな?)


 また外れる。

 どうも左に寄る。


「うーん・・・」


 何度か射ってみたが、どうも感じが違う・・・

 向こうにいるカオルは、ぴしぴしと当てている。

 隣にいる冒険者に聞いてみよう。


「すみません」


「はい・・・あ、トミヤス様!?」


「あ、そうです」


「今日は弓の稽古ですか?」


「ええ。自分の稽古です。こういう短弓は初めてなんです。

 何かコツみたいのあれば、教えてもらえませんか?」


「コツ・・・ですか・・・うーん。まっすぐ?」


「まっすぐ?」


「ええ、まっすぐです」


「・・・まっすぐですか・・・うーん、良く分かりません。

 まっすぐやってるつもりなんですが」


「ちょっと、射ってもらえますか?」


 ぐっと引いて、何度か射ってみる。

 やはり、横にずれる・・・


「んん? もしかしてトミヤス様、長弓をお使いに?」


「ええ。それほど上手くはないですが」


「あー、なるほど。癖がついちゃってるんですね」


「癖?」


「長弓って、射る瞬間、こう少しずらすんですよ。きっと、身体に染み付いて、それが自然になっちゃってるんですね」


 左手を前に出し、ちょっとだけ冒険者が握った手を動かす。


「ああ、それで横に」


「そうですね。だから、こういう弓はまっすぐに、です」


「なるほど! まっすぐ・・・うん、分かりました」


 癖が出ないよう意識して、射ってみる。

 外れたが、さっきより手応えがある。


「うん、外れちゃいましたけど、なにか手応えがありました。

 もう少しやってみます。ありがとうございます」


「いえいえ。トミヤス様に教える事が出来るなんて。自慢話になりますよ」


 にこにこと笑う冒険者。


「よし、やってみます・・・」


 何度か射ってみると、感触が掴めてきた。

 こう・・・

 ぴし! 的に当たった。


「お、入った。入りました。ありがとうございます」


「うふふ。やりましたね」


 冒険者も笑顔を返してくれる。

 よし、と矢をつがえ、次々射ってみる。

 数本外れたが、ちゃんと当たる。

 だんだんとコツが掴めてきた。


「うむ・・・こうか・・・」


 同じ弓でも、随分と扱い方が違うものだ。

 引きが浅く、早く打てる。

 ある程度当たるくらいで、速射した方が良いだろうか?

 馬相手に使うものだし・・・


「よし」


 速射を試してみよう。数本矢を出して・・・

 すぱぱ!

 

「うえ!?」


 隣の冒険者が声を上げる。


「あ、こういうのだめでしたか?」


「い、いえ。大丈夫です」

(速くてちょっと驚いただけです・・・)


「あ、でも矢筒も小さいから、あまりやらない方が良いですかね。

 そんなに当たってないし・・・」


「それだけ速く射る事が出来れば・・・大丈夫かと・・・」


「そうですか? ううむ・・・

 それにしても、もう少し当たらないと、とても実戦では使えない。

 うむ、まだまだですね・・・」


 厳しい顔で的を見つめるマサヒデに、冒険者は畏怖の目を向ける。


(この人の言う実戦ってどんなのだろう・・・)


 向こうでは、ぴしぴしとカオルが矢を当てている。見事なものだ。

 少しは扱える、という程度ではない。


(カオルさんくらいには当てたいものだ)


 もう一度、ゆっくり一射ずつ。

 マサヒデは矢をつがえ、的に向かう。

 びし。矢は真ん中より少し左に当たった。


「うむ・・・カオルさん。そろそろ」


「はいよ」


 なぜか怒っているクレールが待っている。

 彼女と三浦酒天に行かねば・・・

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