第26話 場所探し・2


 ホルニ工房。

 

「ええい! 次だ!」


 ぽい、と柄を放り投げるラディの父。

 

「溶かします」


「頼む」


 投げ捨てられた柄が、炉に放り込まれる。

 がん! がん!

 火花が散る。熱が男の肌を焼き、汗が飛び散る。

 

「・・・」


 ひたすら柄を作り続ける鍛冶師。

 握り心地、刃を入れた時のバランス、全てに絶妙を求める。

 水に入れ、また熱し、叩く。

 魂を込め、叩く。


「・・・くそ! 溶かせ!」


「はい」


 父が叩いている間、最高の物と選んだ革を、少しずつ、少しずつ折り曲げ、ラディは鞘を作る。

 こちらも、ただ良い革を使った鞘、というわけではない。

 抜き心地、入れ心地、外れ留めの微妙な留めやすさ、外しやすさ。留め具の位置。

 実際に身に付けた時の付け心地、収めている時のバランス。

 全てに最高を求めて・・・

 

 ただの鞘なら、ほんの2、3時間で出来るのだ。

 だが、まだ完成していない。最高を求めるがゆえ。


「・・・」


 娘の名を冠した魔剣。

 私の名を冠した魔剣。

 2人の目には狂気にも似た火が宿る。

 

「よし・・・刃を入れる・・・」


 魔剣を差し込み、留めてみる・・・

 刃を止める為の、ほんの小さなネジ2本の重さで、熟練鍛冶師は微妙なバランスの違いを感じ取る。

 刃を外し、柄を放り投げる。


「くそ! ダメだ!」


「溶かします」


 また、投げ捨てられた柄が、炉に放り込まれる・・・



----------



「おはようございます」


 あばら家では、アルマダが素振りをしていた。

 トモヤもまだ出る前で、


「おう! マサヒデ!」


 と、手を上げて声を掛けてきた。

 焚き火を囲んで、騎士達と焼き魚を頬張っている。

 汗を拭きながら、アルマダが歩いてくる。

 

「やあ、マサヒデさん。おはようございます」


「アルマダさん。昨日は大変でしたよ」


「何かありましたか」


 にやり。

 

「カオルさんが泣きに泣いてしまいまして・・・」


「え? あのカオルさんが? 一体どうして?」


「ええ。分かってはいても、女としてシズクさんに負けた、ってどうしても感じるって・・・」


 にやにや。

 

「で、謝ったんですけど、ちょっとこれが悪かったかもしれない。

 『アルマダさんに2人で行かなきゃダメだ』って厳重に注意されたって・・・」


「ほう」


「そうしたら、カオルさん、出てっちゃって・・・

 大声で、もう家臣なんか、養成所なんかって・・・」


 アルマダが驚いた顔でマサヒデを見る。

 まさかカオルが出て行ってしまったとは?


「え? あれだけ、あなたになついていたカオルさんが?

 ちょっとそれは・・・」


 これはやりすぎたか。

 ただ、女性陣の嫉妬を煽るだけのつもりだったのだが・・・


「ただ、なんというか・・・すごい目をしてて、ちょっと不安になっちゃって」


「すごい目?」


「その・・・私が悪かったって、それは分かってるんですけど・・・

 言い方が悪かったかと思って・・・

 もしかして、アルマダさんに、なすりつけちゃったかもって・・・」


 マサヒデは不安そうな顔で、下を向いてしまった。

 まさか。


「・・・」


「すみません、私の謝り方が悪かったかも・・・いや、無事でほっとしました」


 アルマダがそっと周りを見渡す。

 このあばら家の周りは草だらけ。

 もしここに潜んでいたら・・・

 いや、既に中に入り込んでいても・・・

 アルマダは喉を鳴らし、後ろを向いてあばら家の方を見る。


 そのアルマダの様子を見て、下を向いたマサヒデの肩が震えだす。


「・・・ぷっ! 冗談ですよ! 冗談! あはははは!」


 がく、とアルマダの肩が下がり、大声で笑うマサヒデを見て、怒りが込み上げた。


「ちょっとマサヒデさん! 今のは冗談になりませんよ!」


「あはははは!」


 ふうー・・・と長く息をついて、マサヒデに「ふん」と向ける。


「背筋が凍りつきましたよ・・・まったく。で、今日は?」


「ええ、『例の件』で『あの力』を調べる為の場所を探しに、今日、明日と町を離れます。訓練場だと、もし壊れてしまったりしたら、大変ですからね」


「ああ・・・『あの件』ですね」


 魔剣の力を調査する為の場所を探しに行くのか。


「少し町から離れた場所にして、調査の時にはクレールさんとラディさんも連れて行きます。旅の実践訓練というか、まあ、野外宿泊みたいな感じで。お二人は旅慣れてませんし」


 ふむ、と小さく頷く。


「なるほど、分かりました」


「私で1人で探すとなると時間がかかるので、カオルさん、シズクさんと、手分けして、という感じで」


「手分けして? マサヒデさんは1人で別方向?」


 え? とアルマダの目が開く。

 マサヒデは1人で動くのか?


「はい」


「ちょっと危険では? 祭の参加者に狙われたらどうするんです?」


「まあ、狙われたら狙われたで、そこは人がいるってことが分かりますし。

 人がいる所で『あの力』を調べるのはちょっと・・・ですからね。

 逃げれば済む話ですから」


「・・・」


「それに、実際に参加者と剣を交えていませんからね。

 それはそれで、いい機会になるかもしれませんね」


「・・・そういう所は、カゲミツ様譲りですね・・・」


 この町に来てから、急にマサヒデが変わって来ているな。

 マサヒデを見て、そう感じる。

 最初はぴりぴりしていたが、何となく、余裕のある豪胆な感じがしてきた。


「そんなもんですかね? 自分では良く分かりませんが・・・

 まあ、そんな所で、マツさん1人になっちゃいます。

 ギルドにでも行く時、顔でも出してもらえますか」


「分かりました。じゃあ、今日、明日は訓練場でも行って、稽古でもしましょう」


「すみません」



----------



 荷物を背負い、マサヒデは町を出て行った。

 寝袋、縄、火打ち石、弁当、水筒、干し肉、干し果物。手拭いを数枚、着替え。

 あとは雨具代わりの薄い革のローブ。

 1日、2日分なら軽い物だ。


 街道を外れ、森に向かってしばらく歩いて行くと、はっとした。

 手首の目付け帯から、何か感じる。

 これはもしかして、説明で聞いた、近くに射手がいるという・・・


 足を止めて周りを見回す。

 後ろは街道。

 周りは足首程度の背の低い草地。


 森まではまだ距離がある。

 どこにも隠れる場所はない。

 見回すが、人影は見えない。

 

(どこだ・・・)


 おそらく、草を被って地に伏せているのだ。

 だが、周りは草だらけ。

 見て分かるものではない。

 気付けば、どこからか、見られている感じはする。

 だが、どこから・・・


 このままでは良い的だ。

 マサヒデはゆっくり森の方を向いて「ぱっ!」と走り出した。

 少し走った所で、足元に矢が刺さる。


(あ!)


 前の方、森の少し手前。

 あの辺かな? と思った瞬間、今度は右から矢が飛んでくる。

 危うく背を屈めると、背負った荷物に矢が突き刺さる。

 矢の勢いで姿勢が崩れ、身体が流れる。


(まずい!)


 また正面から矢。

 今度は足元ではない。まっすぐ飛んでくる。

 鞘ごと抜いた脇差で、ばしん! と矢を払い、まっすぐ正面に向かう。

 もう一射。払う。

 この一射で正面の射手の場所は分かった。


 ざざざ、と駆け寄ると、地面の下から草を被った何者かが、ばっ! と立ち上がり剣を抜いた。

 手裏剣を投げつけたが、すい、と躱される。

 マサヒデも刀を抜いたが・・・


「あっ!」


 と、正面の何者かが大きな声を上げた。


「降参! 降参だ! みんな! トミヤス! トミヤス様だ!」


 後ろの方から「え!」「嘘!?」と声が上がる。

 正面の男が剣を放り出し、ばさっと草を被ったローブを投げ捨て、手を上げる。


「降参です!」「降参します!」


 周りからも降参の声が上がって、左右の後ろの方から人が近付いてくる。


「・・・」


 マサヒデは足を止め、慎重に刀を収める。

 もう、手首の帯からは何も感じない。

 男は虫のような顔をしていて、一見で魔族と分かる。


「す、すみません、トミヤス様とは知らず・・・」


 謝りだす魔族の男。

 見た目での性別はさっぱり分からないが、声から男であろうとは分かる。


「いや、そんな・・・謝られても・・・」


 困惑するマサヒデ。

 

「申し訳ありません! まだ町の中にいるものと!」


「あの、謝られても困るんで、やめて下さい」


「は! 寛大なお言葉! 感謝します!」


 90度に頭を下げる魔族。

 これは困った。


「あの、そういう祭なので、別に怒ったりしませんから」


「ははっ!」


「・・・」


 後ろを見ると、同じような魔族2人が、同じように頭を下げている。

 

「あの、まず皆さん、頭を上げてもらって」


「は!」


 直立不動の魔族3人。

 小さく震えている・・・


「もう降参されたんですから、何もしませんから、そんなに・・・」


「は!」


 ふう、マサヒデは息をついた。

 困った。きっと、あの試合のせいだろう。宣伝効果が大きすぎたのか・・・

 それでも、今回は初めて射手との実戦が出来た。


「あの、じゃあ、ひとつ教えてもらいますか。それで解散ってことで」


「は!」


「そこの森の中ですけど、誰かいます?

 あなたが知ってる限りで構いませんから」


「私が知っている限り、おりません! 皆、どうだ?」


「いません!」「おりません!」


「ありがとうございます。稽古の場所を探してたんです。助かりました」


「お役に立てて、光栄です!」


「じゃあ、私はこれで・・・皆さんも、道中お気を付けて」


「はーっ!」


 3人が頭を下げてマサヒデを見送る。

 森の近くになり、背の高くなった草むらをがさがさとかき分けながら、ちら、と後ろを向く。

 まだ、魔族3人は頭を下げている。


 この先、しばらくはこんな感じなのだろうか。

 はあー・・・とため息が出てしまう。

 勇者になんて興味はないが、武者修行のつもりで祭に参加しているのだ。

 誰も相手をしてくれないのでは、旅の意味がなくなってしまうではないか・・・

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