第2話 準備・2


 明日に向けて。


 まず、道場への手紙を早馬で急いで送る。

 次に、クレールへ連絡。

 庭に結び文をおいて、監視員に連絡。

 馬車を借りて・・・

 

「さて、と・・・」


 ささっと両親への手紙を書く。

 『マツとクレールを送る』ではなく『妻を送る』と書く。

 書きながら、マツにがちがちになる両親、クレールを見て驚く両親の顔を浮かべ、にやけてしまう。


「ふふふ・・・これで良し、と」


 封をしようとした所で、あ、と思い出した。

 国王から送られてきた印。

 こういう手紙にも使うべきだろうか?

 マツもクレールも、本来は国賓級の身分なのだ。

 

「うーん・・・」


 悩んでいると、こんこん、と小さく壁が叩かれた。

 はっ! と得物を握った所で、声を掛けられた。

 

「養成所の者です」


 やはり聞いていたらしい。


「その文、よろしければ我らが」


 ふむ。彼らなら早馬よりも早く、必ず届けてくれるだろう。

 であれば、印も特にいらないだろう。

 そういえば、既に両親も、自分の妻が魔王の姫だとは知っているのだ。

 手紙が届けば『姫が来る!』とすぐ分かるだろう。


「すみません。では、お願い出来ますか」


「今回は、ご厚意に感謝致します」


 すっと格子に指が出てくる。

 手紙を差し出すと、さっと消えた。

 これで両親への手紙は良し。


 次はクレールへの手紙だ。


 まず、日時。

 明朝に出立、昼過ぎ着。

 

 次に随行が増えること。


 シズク。

 クレールはあまりシズクに好印象を持っていないようだし、よく頼んでおこう。

 ラディ。

 彼女は好かれているようだし、問題ないだろう。

 カオル。

 クレールの周囲は、いつもレイシクランの忍がいっぱいだ。

 クレールはともかく、レイシクランの忍はカオルの随行をどう思うだろうか?

 一応、カオルが父に挑戦する、と書いておこう。

 こう伝えてもらえれば、レイシクランの忍も、カオルの随行を悪くは思うまい。

 もしかしたら、レイシクランの忍も一緒に挑戦するかもしれない。


 馬車。

 今からクレールに頼めるだろうか? 一応、書くだけ書いてみよう。

 カオルに使いを任せれば、すぐに返事も届く。

 それから借りに行っても良いだろう。


 まだ午前中とはいえ、明朝となるとクレールも慌てるだろう。

 急いでカオルに送ってもらおう。

 さらりと襖を開ける。

 

「カオルさーん」


 しゅば!


「うわっ!?」


 怖ろしい速さで、音もなくカオルが廊下を走ってきた。


「何か」


「あ、あの、この手紙をクレールさんに急いで届けてもらえますか。いつでもといっても、さすがに明朝出立となると、クレールさんも慌てるでしょうし。あと、馬車が用意できるかと尋ねますので、お返事をもらってきて下さい」


「は!」


 風が舞い、カオルが消えた。

 気合の入り方が違う。

 昨日の試合と同じくらい、気合が入っている。


 次。


「シズクさーん」


「なーにー?」


 どすどすとシズクが歩いてくる。


「ギルドの訓練場へ行きますよ」


「え! 稽古するの!?」


「違います。あなた、昨日の試合で、鉄棒を壁に突き刺しちゃったでしょう」


「あ! ・・・ああ、そうだったね。なんか足りないなあと思ってた」


「あんなの、普通に抜ける物じゃないですから、あなたが引っこ抜いて下さいね。

 あれはあなたの得物なんですから。壁は、後でマツさんに直してもらいます。

 それに父上に挑戦するなら、得物は必要でしょう?」


「え? 挑戦って・・・真剣なの!?」


「格好だけ、持ってくだけですよ。

 稽古用の棒が道場にありますから、貸してもらって下さい」


「なんだ・・・どきっとしたよ・・・

 剣聖とか武聖とか言われてる人に、真剣って・・・」


「さ、行きましょう」



----------



 訓練場に入ると、突き刺さった鉄棒の周りに、冒険者達が集まっている。

 さすがにあれは驚くだろう。

 

「皆さん、申し訳ありません。シズクさんが、勢い余って突き刺してしまって」


 え? という顔で冒険者達がマサヒデ達の方を向く。


「あ! トミヤスさん! これ、シズクさんがやったんですか!?」


「ええ・・・すみません、今から抜きますので・・・

 壁も、後でちゃんと直しますから。本当に申し訳ありません。

 破片とか飛ぶと危ないので、皆さんちょっと下がってもらえますか」


 ざわざわと皆が遠巻きに見ている。

 マサヒデも下がり、


「シズクさーん! 抜いて下さい!」


「わかったー!」


 シズクは鉄棒を持って、ぐいい・・・と引っ張るが・・・


「んー・・・!」


 中々抜けないようだ。微動だにしない。

 ぐいぐいやって、片足を壁に当てて踏ん張って・・・


「ぃよいしょお!」


 ごおん! と音が鳴り響き、訓練場が震える。

 ぱらぱらと細かな破片が飛び散り、土煙の中から鉄棒を肩に乗せたシズクが歩き出てきた。


「ふうー! 固かったあ・・・昨日はちょっと勢い良すぎちゃったかな」


「・・・」


 無言でシズクを見つめる冒険者たち。


「シズクさん。もうやらないで下さいね。皆さんに迷惑がかかっちゃいますから」


「仕方ないじゃないか・・・本気でやってたんだから・・・」


 しゅんとするシズク。


「お騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。

 後ほど、壁を直しに来ますので・・・」


 そう言って、頭を下げて出て行くマサヒデとシズクを、冒険者達が無言で見つめていた。



----------



「ねえねえ! カゲミツ様てどのくらい強いの?」


「多分、私が10人居ても、一撃も入れられないくらい強いです」


「うひょー!」


 などと喋りながら帰ると、もうカオルが帰ってきていた。

 早すぎる。


「・・・カオルさん、早かったですね・・・」


「いえ・・・ちょっと明日の事を考えると、気合が・・・」


「そうですか・・・で、お返事の方は」


「随行が増えても問題なし。馬車も用意する、とのことです」


「馬車もですか。クレールさんには本当にお世話になりますね」


「それと・・・クレール様からマサヒデ様にお土産を、と、このワインを・・・」


「へえ。お土産ですか・・・ああっ! 土産!」


 土産。すっかり忘れていた。

 クレールはしっかり用意してあるだろうが・・・しまった。


「・・・ご主人様・・・このワインをお土産にしても良いと思いますが・・・

 クレール様もワインでして・・・」


「ど、どうしましょう! すっかり忘れていました!

 そうだ! マツさんは、何か用意しているでしょうか!?」


「まずお聞きしましょう」


「そうですね。そうだ、そうです」


 勢いよく戸を開け、奥の間に駆け込む。

 マツが着物を着付けていたが、気にせず、


「マツさん! 大変です!」


「ど、どうしました?」


「私、私、父上と母上に、土産の用意するの、忘れてました!」


「ええ!?」


「ど、ど、どうしましょう!?」


「ええと、ええと・・・買ってくるしかないですね。

 お金は前にギルドからもらいましたから、ありますよね。

 お父上のご趣味は、刀剣集めでしたよね。この町にあるでしょうか!?」


「えと、えと・・・おお、そうだ! ラディさんの家が鍛冶屋さんでしたよね!

 ラディさんに聞いて来ます!」


「お母上は!?」


「ええと、ええと・・・」


 そういえば、母の趣味ってなんだろう。

 普通に家事をして、食事を作って・・・

 何か趣味で動いている所を見たことがない。


「母上の趣味・・・なんだろう・・・うーん・・・」


「そういう時は甘いものです!

 お母上は、甘いものはお好きではありませんか!?」


「たしかに!」


「ブリ=サンクのレストランで、最高のスイーツを用意してもらいましょう!」


「分かりました! カオルさん!」


「ここに」


「ブリ=サンクで最高のスイーツを、明朝に持ち帰りで用意してもらって下さい!

 クレールさんに持ってきてもらいます!

 昼過ぎまでもつ物をお願いします、と! 箱は贈答用で!」


「はっ!」


 カオルが消える。

 

「ラディさんの所に行ってきます!」


「急いで下さい!」


 マサヒデもカオルに負けず、疾風のように通りを駆け抜ける。

 鍛冶屋。

 そうだ、鍛冶屋・・・ラディの家はどの鍛冶屋だ!?


「ラ、ラディさんの鍛冶屋はどこだ・・・」


 くる、くる、と通りを見渡す。

 ここは職人街。鍛冶屋がいくつもある。


「・・・」


 そうだ。聞くんだ。聞けば良い。

 がらっ!


「すみません!」


「へらっしぇーっ!」


「すみません、人を探しているんです。

 鍛冶屋さんの娘さんで、ええと・・・

 ラディさんと言って、背が高くて、治癒師やってて、眼鏡かけてて・・・」


「ああ、ラディちゃんね」


「その方です! どの鍛冶屋さんでしょう!?」


「ホルニさんだよ。ここ出て左に行って、3軒目の鍛冶屋。すぐだよ」


「ありがとうございます!」


 風のようにマサヒデが出て行く。

 唖然として見送る鍛冶屋。

 はたして、この町に父上が満足するような刀剣があるだろうか?

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