一命なんて柄じゃない

公下煌璃

プロローグ

 真夏だったか。その日は。

朝のニュースキャスターが、今年一番の暑さを観測すると言っていた気がする。随分昔のことだから、もうよく覚えていないけれど。



 耳をつんざくようなブレーキ音を出した車が私にどんとぶつかって、瞬く間に私の十六年ものの右腕は吹き飛んだ。痛い、と感じる隙もなく、気が付けば私の体は道路に叩きつけられていた。右腕が吹き飛んだであろう場所から女性の悲鳴が聞こえる。


 ああ。私の、矢沢亜貴としての人生はこれで終わりなんだと悟った。


私が愛する人に愛されて、それなりに楽しくて、特に不満もない人生だったな。強いて言えば、ちょっと短すぎるところだろうか。


 そういえば走馬灯を見ていない。所詮は迷信か。

呑気に考えていると、千切れた腕の付け根から流れ出た血液が髪に染み込んだ。

痛みを感じない体。狭窄する視界。そろそろ限界か。


せめて彼氏の一人でも作ればよかったかもしれない。まあ、それはまた来世。

 車の運転手が泣きながら警察に電話をしている声を最後に、私は意識を



 ―― 冴絵さえ



 死に際、私は妹のことを思い出した。

まだ幼い、十歳の冴絵。

私のことが大好きで、お姉ちゃんお姉ちゃんと着いてまわる冴絵。

私が急にいなくなったら、冴絵はどうなるんだろう。

冴絵を一人にはしておけない。そんなことを言ったってもう意味がないけど。

せめて、冴絵が私を記憶の片隅に、幸せに生きることができるまで。

冴絵を見守りたい。見守らせてほしい。


 どうか。どうか。

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