活躍

「まあ、これで今のギンがどれだけの力を身に着けたかは、大体分かった。

 てめえには、今後、俺と共に迷宮で前衛を務めてもらうから、覚悟しやがれ」


 上着を着直しながら、鮫島のカシラがそう宣言する。

 いつも最後尾で、おっかなびっくり皆へついていっていたおれが、カシラと共に前衛……。


「……へい」


 まるで、どこか遠い異国の言葉を紡がれているような錯覚に陥りながら、おれはどうにかそう答えた。


「すごいよ、ギンさん!

 大出世じゃない!」


 一方、これを無邪気に喜んでくれているのが、畳の間でオヤジを介助する舞さんであり……。


「………………」


「………………」


 他の皆は、腕相撲勝負で破壊されたデスクを片付けたりしながら、何か薄気味悪いものを見るようにおれへ視線を向ける。


「さて、ギンの件はこれで片付いたとして、だ……」


 そこをカシラが、若頭という地位にふさわしく仕切り直した。


「問題は、舞さんの身の安全をどうやって確保するか、だ。

 ――舞さん。

 窮屈な思いをさせてしまうとは思いますが、今日からは学校への送り迎えを、組の人間にやらせて下さい」


 舞さんに向き直り、カシラが丁寧に頭を下げながら告げる。

 お願いという形ではあるが、カシラがこう言っている以上、半ば決定事項だ。

 おれとしても、舞さんの安全を守るためなのだから、異存はない。


「えー?

 それなら、ギンさんに登下校中守ってもらえばいいんじゃないかな?」


 だが、当の舞さんはやや不服なのか、あごに指を当てながらごねた。


「分かって下さい。

 今、見た通り、ギンの力は目を見張るものがあります。

 迷宮探索には、是非連れて行きたい。

 そうすると、舞さんの登下校へ同行させるのは、時間的に無理が生じます。

 舞さんも、大出世だと喜んでいたじゃないですか?」


「それは……」


 理路整然としたカシラの言葉に、舞さんは何も言えずに黙り込む。


「……そうだね。

 うん、分かった」


 そして、ちらりとおれに視線を向けた後、うなずいたのである。


「でも、お祖父ちゃんの介護もあるし、夜はうちに来てくれなきゃやだよ」


「それは……もちろんです」


 カシラを挟まず、即座に答えた。

 大恩あるオヤジの世話をするのは、おれにとって最優先事項であり、使命であるといってもよい。

 こればかりは、誰かへ譲る気が起きないのである。


「承知しました。

 では、ギンが屋敷にいない間は、組の者を二名ばかり、出入り口に立たせときましょう。

 近所から苦情が入るかもしれませんが、そこは、渡世の事情だと押し切ります」


 カシラの言葉で、次々と新たな人事が決まっていく。


「では、二名がオヤジと舞さんを家に送り届けた後、学校までお送りしろ。

 今からでも、午後の授業には間に合うからな」


 舞さんは本日、家の事情と伝えて急きょ学校を休んでいた。

 一日くらいで……と、思ってしまうのは、おれが無学である証だろう。

 彼女には、しっかりと勉強してもらい、高校生としての生活を楽しんで欲しい。


「残った者は、ローテに従って迷宮探索だ。

 ギン。

 さっき言った通り、おめえもついてきてもらうぞ」


「へい」


 カシラの言葉に、おれがうなずき……。

 ミーティングなどという珍しいものを挟んだ豊田組が、本日の活動を開始する。

 おれにとっては、進化した仙墨による初の迷宮探索……。

 ぴしりと、背筋が伸びるのを感じた。




--




 灰色鯉のギンといえば、五十人ばかりいる豊田組構成員の中で、悪い意味で異彩を放つ存在だ。

 彼というヤクザを端的に言い表すならば、それは役立たずであり、穀潰しであろう。


 何しろ――弱い。


 曲がりなりにも仙墨を背負っているというのに、カタギの人間へ毛が生えた程度の戦闘力しか持ち合わせていないのである。

 だから、若頭である鮫島からの扱いもぞんざいだ。


 ――別に、いつ死んでも構わねえ。


 ――もし、こいつが死にかけたとしても、てめえらは自分の身を優先しろ。


 カシラは、周囲に向かってそう公言していたのであった。

 特段、無情な宣告ではない。

 迷宮探索というのは、命がけで行われるものであり、戦力にならない者を守ってやる義理も余裕もないのである。


 その宣言通り、カシラを始め、周囲の人間からは、いてもいなくても構わない存在として扱われてきた銀次だったが……。

 若頭補佐の馬場が彼を気に入らないのは、そのような扱いを受けても、決して迷宮探索への同行を諦めなかったことだ。


 たまにおこぼれで魔物を倒そうと、どれだけ長時間迷宮に潜っていようと、一切、仙墨が成長する気配はない……。

 普通ならば、とうに諦らめて組を抜け、第二の人生を歩み出しているはずである。


 それを、銀次は――しない。

 ただ、折れず、めげず、黙って自分たちの後をついてくるのだ。

 同年に入門した同い年の身としては、目障りなことこの上ない。


 ――何故だ?


 ――どうして、そんなにもがんばれる?


 ――お前、自分でも芽がねえって、分かってるんだろう?


 奴とは真逆に、カシラに気に入られ若頭補佐として出世していく中、何度となく問いかけたい衝動に駆られたものだ。

 だが、結局、それはしなかった。


 しょせん、奴と自分は違う生き物……。

 あいつが地を這うのを尻目に、こっちは出世街道を歩んでいくだけだと、そう考えていたのだ。

 その認識が、今……眼前で打ち崩されている。


「――おらあっ!」


 いつも通り豊田組の進行を阻むヨネクイたちに対し、銀次は武器を――用いない。

 防具として、迷彩服やボディアーマーを装着してはいるが、それだけだ。

 まったくの徒手空拳で、ヨネクイ共に向かっているのであった。


 だが、その威力の、なんと絶大なことか。

 まるで、ティーから打ち出されるゴルフボールのように……。

 ヨネクイの頭が、首から弾き飛ばされる。


 カシラとの腕相撲で見せた膂力は、本物だったということ……。

 おそらく、今の銀次ならば、熊でさえくびり殺せることだろう。


「すげえ……」


「本当に、あれがギンなのかよ……」


 自分と共にその光景を見ていた仲間たちが、ぼう然としながらつぶやく。

 はっきり言って、出る幕がない。

 いつも通り先陣を切った鮫島のカシラと、それに続いた銀次の手だけで、三つ又の尾を持つ猿たちは全滅しつつあった。


 ――なんだよ。


 ――そうじゃないだろう。


 一匹、また一匹と、拳や蹴りで致命傷を与えていく銀次に向かって、心中でそう呼びかける。


 ――お前は、俺たちの後ろでガタガタ震えてなきゃ、駄目だろうが。


 ――武器屋に払う金もねえから、自分で作った釘バットを握り締めながらよ……。


 ――なんだよ。バットが自分の力に耐えられなかったからって、あっさり捨てて素手で戦いやがって。


 ――お前は、そんな潔さや格好良さとは、無縁の男だったはずじゃねえか。


 当然、心の声など届くはずもなく……。


「――しゃあっ!

 片が付いたな!」


 最後の一匹を長ドスで切り捨てたカシラが、そう言い放つ。


「ギンよ。

 てめえ、なかなかの働きだったぞ」


 そのまま、長ドスを肩に担ぐと、そう銀次に呼びかけた。


「へ、へへ……。

 無我夢中でやっただけです」


 銀次は、鼻の下をかきながら照れており……。

 それもまた、馬場には面白くなかったのである。

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