第23話 ヒーローは遅れてやってくる。


 マイちゃんを送り届けたあと、俺たちはさっそく映画館へ向かう。


 まだ開演までは少しだけ余裕がある。ポップコーンと飲み物でも買おうかな。


「真凛、ポップコーン食べる?」


「うん、ありがと。私は甘いやつがいいな」


「分かった、ちょっと待ってて」


「それじゃ、私はチケット買ってくる」


 休みの日ということもあり、映画館は人でごった返している。ポップコーンにも長い列ができているし、ここは分担した方して買いに行った方がよさそうだ。


 真凛にはチケットを買いに行ってもらい、一人列に並ぶ。


 待つことしばらく。やっと俺の番がやってきた。

 キャラメル味のポップコーンと、塩味のポップコーン、それと飲み物を二人分注文し真凛の元へ戻る。


「ごめんなさい、今日は友達と来てるので」


「へぇ、そうなんだ。それじゃ、そのお友達も一緒でもいいよ?」


「いえ、遠慮しておきます」


「まぁまぁそう言わずにさぁ〜」


 するとそこには、大学生くらいの三人組に声をかけられている真凛の姿が。……もしかして、ナンパってやつか?


 ……どうしよう。少し目を離しただけなのに。


 真凛は軽く流しているけど、それに気づいているのかいないのか、しつこく話しかけ続ける三人組。


「……すいません、彼女は俺の友達なんです」


「あ? なんだお前」


 見かねた俺は真凛と男たちの間に割って入る。正直、少し怖いけどそんなこともいってられない。真凛が困っているのを見過ごすわけにいかないし。


「あ、律――」


「お前みたいなインキャがこの子と友達? ははは、冗談キツいってw」


「ほらほら、オタクくんはお呼びじゃないよ? どっかいったいった」


 ギャハハ、と下品な笑い声を上げながら、男たちがしっしっと手を振る。その馬鹿にした態度に少し足がすくんでしまう。


 ……いや、なにビビってるんだ。真凛の方が怖い思いをしてるのに。


「ほら、真凛。いこ」


 俺はそいつらの声を無視し、真凛の手を取る。ちら、と彼女の顔を見ると、少し安心した様子。


「おいおい、ヒーロー気取りですかぁ? オタクくん、かっこいいねぇ〜!」


「そんな奴ほっといてさぁ、俺たちと遊ぼうよ〜」


 さっさと立ち去ろうと思ったけど、行く手を阻まれてしまう。周りを見ても、誰も俺たちのことを気にしていない。……というよりは、関わり合いになりたくないのだろう。サッと目を逸らされてしまう。


 時間もないのにしつこい人達だな。どうしたもんか……。


「……あのさ、アンタたち。ダサいよ? ていうかしつこすぎ」


 すると、今まで静かにしていた真凛が静かな怒りを込めた声を上げる。


「この人が私の友達なの。いいからどいてよ」


 いつもクールな彼女が、鋭い視線でギロリと男たちを睨みながら言う。


「お、おう……」


 怒りを露わにした真凛のその声に、男たちが怯む。こんなに怒った真凛を見るのは初めてかもしれない。


「ほらいこ、律。こんなダサい奴らほっといてさ」


 今度は逆に俺の手を取り、ズンズンと男たちをかき分けるように歩き出す真凛。その迫力にビビったのか、男たちは素直に道を開ける。


 ――手を引かれながら、チラリと見えた真凛の顔は、とてもかっこよかった。……ってあれ? なんか逆じゃない?


 そのまま俺たちは映画館へ入場を済ませる。その間、真凛は無言だった。もしかして情けない俺に怒っているのかもしれない。


「……ご、ごめん。上手いこと助けられなくて」


 席についてから、俺は真凛に謝る。


「なんで律が謝るの?」


「いや、だってさ……。もっとカッコよく助けるつもりだったんだけど、上手くいかなかったし」


「そんなことない。……正直、私も怖かったし。律が来てくれてすごく安心したし、嬉しかった」


 俺の手を強く握りしめながら真凛が言う。その手は少し震えていた。


 ……そっか。そうだよな。真凛だって怖かったに決まってる。三人に囲まれて、助けを求めても見ないフリをされて……。


「……ごめん。次からは絶対に真凛から目を離さないようにするから」


「あ、ありがと……」


 真凛の手を両手で握り返し、目を逸らさずに言う。すると真凛はなぜか顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ど、どうしたの? 体調でも悪い?」


 も、もしかして無理をさせてしまったんだろうか……!?


「だ、大丈夫。……相変わらずだね、相良は」


 ポツリと呟く真凛の表情はいつもと変わらないクールなものだったけど、なぜかいつもよりも魅力的でもあった。


 ――ドクン、と胸が高鳴る。握った手が熱を帯びていく。


「それに……律のカッコいいところもたくさん見れたし、結果オーライ、かな」


 優しく微笑みを浮かべて、俺の手をぎゅっと握り返してくれる真凛。その握る強さに、俺の胸の高鳴りがバレていないだろうか、と心配になってしまう。


 そうしてしばらく無言で見つめ合っていると、開演のアナウンスが流れ出し、ライトが落ちて静かになる。


 いくつかの宣伝用の映像が流れた後、いよいよ映画が始まった。……そういえば、結局なにを見るのかを聞きそびれていたな。


 まぁいいか。真凛の選んだ映画だし、きっと面白いはずだ。


 それに真凛と一緒なら、きっとどんな映画だって楽しめる。


 ――スクリーンに映し出される映像に、俺たちは手を握り合ったまま入り込んでいくのだった。


──

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