第6話 哀願

 セバスチャンもシリルも、他の場所で待機って……いったい、どこ行っちゃったんだろ?

 二人が走って行った方って、城とは逆方向だけど……。



 そんなことを思いながら、セバスチャン達を見送ってたら。

 ふいに、後ろから抱き締められた。

 私はギョッとしながら、振り向きざまにギルを見上げる。


「ちょっ!? ちょっと、ギルっ!?」


 慌てて逃れようともがいたけど、私の力じゃ、彼の腕は振りほどけない。

 私は抗議の意味を込め、思い切り彼をにらみつけた。


「もうっ! またそーやって、人の気持ちも考えず、勝手なことしてっ!……離してっ! 離してくださいってばッ!」


「嫌だ! 離さない!……ふた月以上我慢したんだ。これ以上は無理だよ」


「なっ、なに言って――」


「リア。君は私に会えない間、平気だったのかい? ほんの少しも、寂しいと思ったことはなかった?」


「――っ!……それ、は……」


 とっさに言葉を返すことが出来ず、私は顔を正面に戻して口をつぐんだ。



 だって、『寂しい』って感じちゃってたのは、事実だったから。

 ギルが、何も告げずに帰ってしまった時――。


 『寂しい』って――『会いたい』って思ってしまったのは、本当のことだったから。


 そのせいで、


『あなたはギルフォード様を愛し始めている!』


 なんて、カイルに誤解されちゃったんだもんね……。



「答えに詰まるということは、やはり君だって、私に会えない間、寂しいと感じてくれていたんだろう? 会いたいと、思ってくれていたのではないのかい?」


 まるで、心でも読んでるみたいに。

 ギルは、私が胸に閉じ込めていた想いを口にする。

 言いたくても、言っちゃいけないって思ってたことを……容赦ようしゃなくさらしてしまう。



 でも……。


 でもそれは、自分の気持ちが、完全に定まってなかった時のことだ。

 カイルが好きだって、気付いてしまう前までのこと。


 私が今、ホントに会いたいのは……。

 一番会いたいのは、ギルじゃなく……。



「リア」


 耳元でささやいて、ギルは私の頬にキスをする。

 瞬間、私は身をよじり、


「やめてッ!! お願いだから、もうこんなことしないで!」


 いやいやをするように、大きく首を横に振った。


「……リア」


 頭上で、彼が息をのむのがわかった。

 ショックを受けてるのが、背中から伝わって来て……彼に申し訳なくて、振り向くことが出来なかった。



 辛いけど……。

 でも、ちゃんと伝えなきゃいけない。

 私はギルじゃなくて、カイルを――……。



「気持ちは……定まってしまったんだね。私ではなく、カイルに」


 自分から告げる前に、ギルの口からそんな言葉がこぼれて――。

 今度は、私が息をのむ番だった。


「……そうなんだね。君は選んだ。選んでしまった。私ではなく、カイルを――」


 抑揚よくようの感じられない、小さな声だったけど。

 大きな声でなじられるより、よほどこたえた。


 私はギュッと目をつむり、ためらいながらも小さくうなずいた。


「リア……!」


 彼の腕が、更に強く体を締め付け、名を呼ぶ声が、耳元で切なく響く。


「こんな結末を見なければならないくらいなら……やはりあの時、君をさらっておくべきだった! 気持ちが定まらぬうちに、無理矢理にでも君をさらって、私の国に閉じ込めておくべきだった! そう出来ていたなら、こんなことには――っ、……こうも易々と、他の男に奪われることはなかったろうに!!」


 彼の激白は、まるで悲鳴のようだった。


 震える声は、どこまでも苦しげで、痛々しくて……。

 思わず、耳をふさぎたくなった。



 ……傷付けたかったワケじゃないのに。

 こんな風に、辛い思いをさせたかったワケじゃないのに!


 なのに……。


 なのに、結局私は……。



「ギル……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ――」

「嫌だッ!!」


 鋭く発せられたギルの声が、私の言葉をさえぎった。


「……嫌だ……。嫌だ嫌だ嫌だッ!! 君を失うなんて! 君が永遠に、私の元からいなくなるなんて……。そんなのは嫌だッ!! 私には耐えられない!!」

「きゃ――っ!?」


 後ろからの拘束が解かれたとたん、彼に両肩をつかまれて、木の幹に押し付けられた。

 背中に、鈍い痛みが走る。

 顔をゆがめて見上げると、彼は真っ青な顔をして、悲しい瞳で、じっと私を見下ろしていた。


「リア……。お願いだ。考え直してくれないか……? カイルではなく、私を選ぶと。私の恋人になると。……頼む。頼むからそう言ってくれ!」


 今にも泣き出しそうな顔で。震える声で。

 彼は切なく懇願こんがんする。

 私が答えられずにいると、そっと私の頬に触れ、


「リア……君でなければダメなんだ。君以外考えられない。君がいてくれないと私は――!」


 苦痛にゆがむ表情を隠すように、私の肩に額を当てる。


「私は……。私は、もう……」


 普段の彼からは想像出来ないくらい、頼りなく、心細げな声だった。

 微かに、背中が震えている。

 私は堪らずにうつむいて、キツく両目を閉じた。



 彼のこんな姿を、見ることになるなんて……。

 私は……私はなんてことを――!!



 ……いっそ、ギルのことが嫌いになれればよかったのに。


 嫌いじゃないから……。

 今だって、大好きなままだから。


 こんなにも……こんなにも胸が痛い。



 いつしか、私の目には涙が溢れてきていたけど、一粒もこぼすまいと、必死に唇をかみ締めた。



 だって、こんなの卑怯だ。


 悲しませてるのは私で。

 辛いのは、ギルの方なのに。


 なのに、私が泣いちゃったら……私が、彼を責めてるみたいじゃない。

 私の方が、ひどい目に遭わされてるみたいじゃない。


 そんなの違う。間違ってる。

 ひどいのは私なんだから……。

 だから、私が泣いたりしちゃいけないんだ。


 泣いたりしちゃ……。

 泣いたりしちゃ、いけない……のに……。



 堪えていた涙にも、限界が来ていた。

 まぶたを閉じたとたん、幾粒もの涙が頬を伝い――ポタポタと落ちては、ドレスにシミを作った。

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