猫と少女/海風

 少女は猫を抱いたまま、海辺を散歩した。海風が舌に乗って塩辛い。砂と雑草だらけのアスファルトの上に少女の靴跡が小さく残った。猫は中々きつく抱かれていたが、文句ひとつ言わず、黙って彼女の腕からぶら下がっていた。海はどこまでも曇天で、水面もくすんでいる。少女は世界のどこかで浮かんでいる父の船のことを思った。オンボロで、全てを飲み込む海に逆らうために生まれた船。次に、少女はそれを見下ろしている母のことを想像した。その瞳があの雲の隙間から覗いている光景が目に浮かぶ。彼女はそれを待ち続けている。彼女の頬を思いもよらなかった一滴が流れた。それを隠すために少女は舌を伸ばして舐めとった。味はしなかった。塩味は、舌の決まった箇所で受け止めないと意味がないのだ。

 猫はそんな彼女を上目遣いで見つめながら、いつもご主人が用意するご飯が一体どこから来るのかと想像した。ひょっとして、あの瞳から流れ落ちてくるのか? ひょっとして、あの荒れ狂う波の下から来るのか?

 いやいや、まさか。

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