第34話 エピローグ②

「逃走していた伊藤教諭は有明埠頭にて死体が発見されました」


 薄暗い室内。学園都市の治安機構に属する人間たちが、プロジェクターを注視していた。

 そこには海水を吸ってぶよぶよに膨れた一つの死体が映されている。横に表示された身分証は迷宮高専で教鞭を取っていたことを示すものだ。


「休暇中に釣りをするために訪れ転落死、という方向で報道発表プレスリリースを調整中です」

「実際は世界図絵マップ・ア・ムンディによる見せしめでしょう」


 担当らしき者たちが説明を終える。

 学園都市内部に世界図絵マップ・ア・ムンディが侵入し、生徒を巻き込み暴走した。


 その報を聞いた治安機構は即座に出動したが、すでに現場はクラウディア髙田によって治められた後だった。


 ならば、と侵入を手引きした者を捜査していたのだ。過程で分かったのは教職に就いていた伊藤が手引きしたばかりか、生徒を世界図絵に引き込んでいたという事実だった。

 同席していたクラウディア髙田が立ち上がる。


「見せしめか……ことを感謝すべきか」


 凍てつくような笑みとともに放たれた言葉は、世界図絵がやらなければ自分がやっていたという宣言だ。

 公的機関の長を務める者の発言とは思えないが、同席する全ての者がその発言が本気であることを理解していた。


「人事部、監査部を全員洗え。伊藤の採用担当だった者は家族や交友関係まで」


 ゾッとするほど冷たい声だった。


「私の庭園を荒そうとする害虫は全て駆除しろ」


 一言、そう命じるとパソコンを操作してプロジェクターの映像を別のものに切り替える。

 そこに映されているのは三人の生徒だ。


「この三人の身辺はよく気をつけておきなさい。世界図絵――いいえ。あらゆる勢力がこの子達を欲しがるわ」


 国外から留学に訪れた姫と、才気溢れる治癒術士ヒーラー、そして初めてみる少年だった。


 ヴァレンタイン皇国の姫で迷宮高専F班所属、アーシャ・リヒテン・ヴァレンタイン。

 日本と関わりの薄い小国とはいえ、一国の姫だ。


 ましてや人目を惹く美貌の持ち主で希少ジョブ・ヴァルキリーともなればその価値は計り知れない。プロパガンダとしても戦力としてもうってつけの人材である。


 続く治癒術士の斑鳩ヤイロについても同様だ。血筋や家柄は一般的なものだが、希少な治癒術士というだけで十二分に価値があった。

 美貌に関してもアーシャほどとまではいかずとも、雑誌に載っていても違和感のない美少女だ。

 やはりどんな組織でも欲しがる人材に見える。


 この二人は以前の会議で名前が挙がっていることもあって全員が知っているが、最後の少年は取り立てて見所があるようには見えない。


 否、最弱で知られる召喚士であることを考えると、わざわざ誰かが狙うような人物だとは思えなかった。


 無論、今回の騒動を治めたのが彼だという情報は入っている。

 だが、近隣の防犯カメラは全て破損しており状況が判然としない。


 クラウディア髙田が贔屓するために手柄を渡したり、気まぐれに手柄を押し付けて困惑する姿を楽しむつもりではと疑う者までいる始末だった。


「進藤アキラくんにはの」


 その言葉に治安機構がざわめく。


「理事長が期待って……」

「そんな……召喚士だろう……?」

「生き残れれば良いが……!」


 クラウディア髙田は学園都市におけるトップの一人だ。その権力は黒いものを白くすることすら可能で、逆らえる者など数えるほどしかいない。


 治安機構に配属されて数年目の男が隣に座る先輩に視線を向けた。


「理事長に期待されると何かあるんすか?」

「危機的状況でも我々の介入がことがある」

「……? 世界図絵とかが本気になって襲ってくるとかってことですか?」

「違う。駆け付けたところで『良いところだから邪魔するな』と横槍が入るんだ」

「っ!?」

「期待を掛けられた者の生存率は半分くらいか。残りはで死んでいる」

「な、なんで……!」


 訊ねる男を髙田が見つめていた。

 聞かれていたことを悟り慌てて口をつぐむが、髙田は気分を害したわけではないらしく妖艶な笑みを浮かべていた。


「世界は数年のうちに変革の時を迎えるわ。その時に人類がは私の教え子たちに掛かってるの」 


 はいそうですか、と納得できる説明ではない。

 具体性など欠片もなく、新興宗教にありがちな終末論以下の説明だった。


「私の試練を越えられないようなら、どうせその時に死ぬわ。今のうちに死なない程度に鍛えてあげてるだけよ」


 理解できなかった。

 数年後に訪れるという変革の時に何が起こるのか。

 生徒個人に死の可能性がある試練を与えるのではなく、生徒全体の底上げをすべきではないのか。

 そもそも、その何かを起こさないよう手を打つべきではないのか。


 疑問が次々に浮かぶが、はっきりしていることは一つだけ。


 クラウディア髙田という女は、何らかの確信をもって動いている。何があっても生徒を死地に追い込む作業をやめないだろう。


「一応は死なないように見守ってるわ……私の予想より子がいたのは確かだけど、ね」


 それで半数が死んでいるならば、予想の仕方が間違っている。

 誰もが理解しながら、しかし口に出すことはできなかった。


 重苦しい雰囲気の中、クラウディア髙田だけはプロジェクターが映し出すアキラを見つめて微笑んでいた。


***


 高田さんが管理人? 寮母? に就任し、タピオカ中濃ソースティーとかごろごろサバフライ入り自家製タルタルソーダとか意味不明な飲み物を出す店に連れていかれた翌日。

 胃もたれしてどんよりな気分とは裏腹に外は晴天。

 ちなみにタカりは冗談だったようで高田さんの奢りだった。


「何よアンデッドみたいな顔して。食べ過ぎ?」

「……俺たちを見殺しにしようとしたあの女の財布に一矢報いようとしたんだが、胃もたれした」

「超ド級のお金持ちよ? 絶対無理。アキラはカロリー高いものばっかり頼んでたものね」


 塩麹しおこうじチキンスムージーとかオーガニック蒸し野菜シェイクとかを頼んでいたアーシャに呆れられるが、そもそもあらゆるものを無理やり飲み物にしようとするのが間違いである。


「はい、スープ」

「……何かすごい臭いするんだけど?」

「昨日の店で理事長が買ってくれたお土産だもの。スポーツオニオンコンソメコーヒーだって」

「何か渋滞してないか!?」

「忙しい朝をタイパ良く過ごせるようにって開発されたものらしいわ。スポーツドリンクとコンソメスープとブラックコーヒーを合わせたんだって」

「別々に飲めよ」


 出されたので仕方なく啜るが、コーヒーの苦みとスポドリの酸味が激烈にミスマッチだ。

 ……しかもクルトン入りだった。


 高田さんに文句を言いたくなったが、あの人は歓迎会の後すぐに夜の街に消えていった。朝になっても帰ってきてないので文句の伝えようがなかった。

 管理する気ゼロすぎるだろ。


 溜息をつきながらクルトンを噛んでいると、スマホが震えた。


『お兄GW辺りは帰ってくる? 彼女できた? もしかして連れてきてご挨拶とか食事会とかしちゃう!? 食事会用のワンピース買って! 彼女さんのこと、私は何て呼べば良いかな? やっぱり名前? それとも義姉さん?? 義姉さんと一緒にワンピース買いにいっても良い!?!?』


 妹からだった。

 どこから突っ込めばいいか分からなかったので返信は後回し。そもそも彼女いねぇし帰るかも怪しい。


 晴天に妹ににと、げんなりしている俺をあざ笑うかのように世間はテンションが高い。


 俺の眼前、寮のホールでG班の連中が発狂していた。


「……姫を、姫をよろしくお願いしますっ!」

「ぐぐぐっ……! ぢぐじょー!! ぐやぢぃっ!!」

「…………(ビクンビクン)」


 理由は単純。


「お世話に、なりました……?」


 ヤイロのだ。

 どうやらアーシャと相談した上で、俺の許可が取れればOKというところまで話が進んだらしい。


 ……確かに治癒術士は喉から手が出るほどほしい。あとは召喚とか異世界とかの秘密がネックだが、魔術師殺しの指輪を持ってくるしかないかな……。


「ちなみにヤイロは何でわざわざF班ウチに移籍したいの?」

「じ、自殺……止める! だめっ、絶対!」

「……俺に言ってる?」

「言ってる! 命、は……大切に、だよ! めっ!」


 どうやらアレックスの装填と三重装填を見て、「アキラは放っといたら死ぬ」と確信したらしい。

 アーシャにそれを相談したところ全面的に同意された上にF班に勧誘されたんだとか。


「ごめんねヤイロ……私はアキラに逆らえないから……たとえどんな命令をされても……!」

「言い方ァァァァ!」

「けっ、ケダモノ……?」

「違うっ!」


 ちなみにG班の奴らが病気みたいなムーブしてるのは脱退が嫌なんじゃなくて最後の「めっ!」が刺さったからだとか。

 ヤイロの望みなら犯罪でも叶えそうな連中だし、脱退も本人の意思なら受け入れる所存らしい。

 が、こいつらは朝からずっとホールに居座って発狂しているので、本心ではヤイロを引き留めたいんだろうな。


 ……とりあえず俺に話を持ってくるのはG班を説得した後にしてほしかった。

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