第17話 ルミナ

 D級召喚士のルミナは必死に走っていた。二つ結びにした綺麗な金髪は汗と汚れにすすけ、服はそこかしこが破れて血が滲んでいた。

 靴に至っては片方がなくなっており、石で裂けた足の裏は体重をかけようとすると悲鳴を挙げたくなるような痛みが走る。


 それでものをやめるわけにはいかなかった。


「なんでがここにいるのよ!」


 ルミナはギルドの依頼でエスタシア山脈の麓に来ていた。珍しい薬草を入手する依頼のためだった。球根ごと掘り出すのが面倒で人気がないが、爪モグラクローモールを召喚獣とするルミナにとっては美味しい依頼のはずだった。


 ——A級モンスターであるアンデッド・センチピードが現れるまでは。


 命からがら逃げだしてきたが、すでに体力は限界が近い。

 爪モグラはおろか、もう一匹のキックラビットもアンデッド・センチピードにやられて形見石になっており、手元に召喚獣はいない。


「誰か……!」


 悔しさと恐怖に涙がにじむ。

 絶望に絡めとられ、必死に動かしていた脚が遅くなる。


 背後に迫るアンデッド・センチピードは、あの鉱物好きなドワーフが坑道の廃棄を決めるほどの相手である。

 無数の足を動かし、木々をなぎ倒しながらルミナに迫っていた。


「助けて……!」


 神の助けか悪魔の悪戯か。

 ルミナの向かう先に一人の青年が立っていた。細身のシルエットに、仕立てのよさそうなジャケットを羽織った青年だ。

 決して戦えるようには見えない姿の青年に、ルミナは声を振り絞った。


「に、逃げてっ! アンデッド・センチビードよっ!」


 自分が牽引トレインしたせいで誰かを巻き込むなんて御免だった。低ランクだとはいえ、世間的にはエリートとされる召喚士としてのプライドがルミナの心を支える。

 せめて自分がと、脚を止めて反転する。


 鎧のような外殻に、短剣より鋭い脚。ギチギチと音を立てる顎からは粘度の高いよだれが垂れ、地面をじゅうじゅうと溶かしていた。


「ひっ」


 一瞬で心が折れたルミナが、ぺたんと腰を抜かす。


 だが、自らの死が訪れるより先に、青年が動いた。


「スラぼう、ラビ、装填ジャンクション


 周囲に召喚獣なんていなかったはずの青年はしかし、まるで召喚士かのように装填を行った。


(召喚獣なんていなかった……召喚と装填を同時に行ったの!?)


 召喚士の弱点は装填前に自分を狙われることと、装填前の召喚獣を狙われることだ。

 それを防ぐため、24時間装填し続けたり召喚と装填を同時に行う者がいる、と聞いたことがった。


 しかし、それは最上位の召喚士のみが求める技術であり、実際に出来る人間など見たことがなかった。


 身体から魔力を揺らめかせた青年は真正面からアンデッド・センチピードに殴りかかる。

 攻城兵器のような轟音が響き、アンデッド・センチピードの頭部が跳ね上げられた。


「……硬いな」


 災害のようなモンスターに、強烈な一撃を叩き込んで怯ませたというのに青年は不満げに呟く。

 そして。


「……、装填」

「さ、三体目……!?」


 召喚獣の姿は確認できない。だが、青年から揺らめく魔力の圧が明らかにあがった。


 三体もの召喚獣を同時に操れるだけでもすごい。

 多くの人間は一体ずつしか召喚できないし、”期待の新人”と呼ばれたルミナでも二体が限界である。

 さらに言えば、複数の召喚獣を装填する時は部位を指定するのが定石セオリーだ。


 装填を重ねると制御の難易度が一気に跳ね上がるし、何よりも

 だというのに青年は当たり前に一歩を踏み出し、アンデッド・センチピードの長い胴体を再び殴りつけた。

 鎧のような外殻が砕け、細かい飛沫になって飛び散る。


「す、すごい……!」


 単独でアンデッド・センチピードを討伐できてしまいそうな青年をみて、ルミナの心に微かな希望が灯った。

 吟遊詩人の語る英雄をみているようだった。

 

 アンデッド・センチピードは体液をまき散らしながらのたうち回る。

 このまま攻めれば、と思ったところで青年が飛び退いた。


「……制御が甘いな」


 悔しそうな青年の拳は、皮が裂け血が滲んでいた。


「に、逃げて! 一撃でそれじゃ戦えないわ!」

「――、右腕」

「な、なにを!?」


 青年の呟きに合わせて、今まで全身を包んでいた強烈な魔力が右腕へと集約されていく。

 大気が揺らめくほどの濃密な魔力に当てられ、ルミナは息を呑んだ。


 まるで、触れただけで周囲を破壊する兵器を見ている気分だった。


 青年は拳を握るだけでも辛そうに歯を食いしばっていた。

 怪我のせいだけではなく、制御が難しすぎるのだ。下手をすれば腕が自壊してしまいそうな状態。

 青年はそれを振りかぶった。


 ――――――――ッ!!!!


 拳を振り抜く。

 アンデッド・センチピードが節ごとに千切れ、脚が飛び、外殻が砕ける。


「……ふぅ」


 装填を解いたらしい青年の腕は、果たして無事に残っていた。

 傷は先ほどより悪化しているが、腕そのものが消し飛んでいてもおかしくないほどの魔力だった。

 多少ひどくなっている程度ならば、制御し切ったと言っても良いだろう。


「……大丈夫か?」

「あっ、は、はい! 危ないところをありがとうございました! あの、お名前を教えていただけませんか!?」

「アキラ」

「アキラ……五輝宝フィフスレイ”のアキラさんですか!?」

「そう呼ぶ人もいるな」


 歩く生物兵器。

 人の皮を被った修羅。

 モンスターの心を持って生まれた人間。


 強さのみを追い求め、命を削るような戦いを平然と繰り返す召喚士の噂はルミナも知っていた。


 曰く、自らを鍛える時間が無くなるからと国からの士官の誘いを断った。

 曰く、野盗や危険なモンスターが出没する噂を聞くと機嫌が良くなる。

 曰く、単体ですら手に負えない強力な召喚獣を複数従えている。


 そして、召喚獣を召喚できる、世界トップクラスの召喚士。


 呆けるルミナの目の前で、アキラはアンデッド・センチピードのドロップアイテムを拾う。あまりにも強烈な攻撃のせいで木々はなぎ倒され、地面は抉れていた。

 おそらくは埋まってしまっているドロップアイテムもあるだろう。


「て、手伝います!」

「怪我してるだろ? 拾い終わったら街まで送るから休んでてくれ」


(あんなに強いのに……優しくて紳士だなんて……まるで物語の英雄だわ!)


「あ、あの! 何かお礼をさせていただきたいです! 私にできることならなんでも言ってください!」

「……女の子が軽々しく”何でも”なんて言うべきじゃないぞ」


 苦笑とともに視線を向けられ、今度こそルミナは落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る