第14話 強襲

「……分かってたけど、強いわね」

「アーシャもね」


 2層の途中まではラビのみ、そこからはスラぼうのみにして何度か戦ったが、全て一撃で決着がついていた。10層くらいまでならラビのみで問題なかったが、連携を考えて様子を見せたのだ。


 ちなみにアーシャもすべて一撃だ。

 12層のモンスターまでならまったく問題ないとの自己申告だったが、嘘はなかった訳だ。


「しばらくは各階層をつなぐ階段までのルートを調べるとこから始めるか」


 迷宮は不定期にその構造を変えるが、俺たちが潜ったところはおおよそひと月に一度形が変わるらしい。変わった直後に探索を始めて地図を販売する生徒もいるらしいが、浅い層なら自分で探ってもそこまで手間は変わらない。

 浅い層の雑魚では訓練にすらならないので最高速度で駆け抜けて深いところで野営をしながら戦うのが良いだろう。


 本来は複数名で見張りをするんだが、俺の場合はスラぼうとラビにお願いすれば二人そろって寝てても問題ないし。


「そうね。そうしましょ。夕飯はどうする? 私は食べてくけど」

「買って帰る……ちょっとやりたいことがあるからな」


 具体的には今回の探索で得た魔核を砕いてラビの強化をすることと、学園都市に入学するまでに買い集めた形見石――召喚モンスターが死んだ時に残す石――を売りに行きたい。


「分かった。……実力的には問題ないと思うんだけど、毒島には気を付けてね」


 昼間追い払ったトサカか。

 基本的に学園都市はかなり放任主義で自己責任が基本だ。

 死んでも文句ないですしぼうどういしょなんて書類を提出させている時点で相当だが、法の手が届かない迷宮深層で活動すべく心身を鍛える者として降りかかる火の粉は自分の手で払え、という方針なのだ。


 もちろん被害者が望めば警察が介入するが、自分で問題を解決する能力がないと見られればパーティを組んだり企業からのスカウトを受けるのにマイナスになる。


 毒島は、そんな学園都市ですら限りなく黒に近いグレーな奴なんだそうだ。


「私のいたF班の子をわざと怪我させて休学に追い込んだり、私をスカウトしようとした他の班にもわかりやすいくらい嫌がらせしてたからね」


 なるほどな。

 まぁあの程度の相手なら、よほどのことがなければ負けないと思うけどな。


「アーシャ自身も気を付けろよ。俺を出汁にしてアイツのこと煽った訳だし、痴情のもつれで刺されたりしたら笑えないぞ」

「うっ……気を付けます」

「スラぼうを見つからないように護衛にするか?」

「エッ!? み、見つからないようにって……ばかっ! へんたいっ! ケダモノ!」

「何を想像したかは知らんが変態なのも馬鹿なのも多分お前だから鏡見てこい」

「だ、だって見つからないようにって私の服の下とかに隠すってことでしょ!?」

「スラぼうなら大剣用のカバーとかちょっとしたポーチにも入るし、最悪バッグとかリュックを持ち歩けば良いだろうが」

「あっ……わ、分かってたわよ! アキラがいっつも私を舐め回すように見つめて隙あらばえっちなことしようとするからよ!」

「お前、異世界かパラレルワールドと行き来してない?」


 もしくはアキラって知り合いが複数いるのかもしれない。

 少なくともアーシャが語っているのは俺のことじゃない。


「召喚、スラぼう」


 腕輪からスラぼうを呼び出すと、スラぼうは「はなしはきいてたぜ!」と言わんばかりに跳ねてアーシャの肩に乗った。

 そのまま体の一部を伸ばしてアーシャの赤髪をぽんぽんしていた。


 うん。スラぼうから完全に下に見られてるな。


「あっ、えっと、その……よろしくお願いします……?」

「任せろ、とさ」


 それから行きつけのイタリアンに向かうアーシャと分かれ、適当な定食屋で夕飯をテイクアウトする。

 昼のパフェのせいでまともな鮭が食べたくなっていたので焼鮭と鮭フライの盛り合わせ弁当だ。

 ドリンク付きセットを頼んだら鮭スムージーなる罰ゲームドリンクだったことを除けば値段もボリュームも問題なかった。

 ちなみに容器も鮭の皮を乾かして作ったものに無料変更可能で「新感覚SDGs! 容器ごと食べてゴミゼロへ!」とのことだったが、なんで学園都市の店は間違った方向に全力投球してるんだろうか……。


「技術的にはすごいっぽいけどさ」


 はぁ、と溜息をつきながら帰路を目指せば、肌がチリチリと粟立つような感覚があった。

 地球に戻ってきてからはほとんど感じることのなかったそれは、殺意と害意が入り混じったものだ。


 ……誰かに狙われている……?


 ラビを装填ジャンクションしてくべきだったと後悔するが、もう後の祭りだ。

 に見られている状態で装填するのは、自分の戦闘スタイルや「装填しなければ戦えない」という弱点を晒すことになりかねない。


 ……周囲に気を付けながら帰ればいいか。


 そう判断したのもつかの間、強烈な圧を放つ殺気を感じ、転がるように横に飛んだ。

 何もなかったはずが、俺の頬がぱっくりと割れ、血が噴き出した。


「……ッ!?」


 慌てて周囲に視線を走らせるが、誰もいない。

 ……否、姿は見えなかったが何かの気配はぼんやりと感じられた。


『へぇ……今のを避けんのかよ』

「トサカか」

『舐めた呼び方してんじゃねぇぞ。毒島、だ』


 声は近いが、妙に反響していて位置を特定するのが難しい。なるほど……透明化に位置を特定させない喋り方。不意打ちのためのスキルを色々使ってるわけか。

 しかし昼間あんだけやられたのにもう復讐にくるとか元気だな。


 すっかり油断してたよ。


「鳴き声がやかましいトサカだな」

『もう許さねぇ……ちぃっとばかし警告して終わりにするつもりだったが、ヤメだ……そのスカした面を切り刻んで、二度と見られなくしてやるよ』

「許さない? そりゃ俺のセリフだ」


 ふつふつと怒りが沸いていた。

 トサカに対するものもあるが、もっともムカつくのはだ。


 弱点を晒したくない?

 気を付けて帰れば良い?


 ――俺はいつからそんなに油断していた? まるで強者のような言動じゃないか。


 頬から滴る血は、俺がクソほど油断していた証拠だ。


 この油断が『ダンジョン工事団』の皆を瀕死に追い込んだってのに、もう繰り返すのか?

 毒島に舐められる程度の実力じゃあ全然足りない。


「……おい毒島。最後に一度だけ警告してやる。今すぐ土下座して俺の視界から消えろ。そうすれば殺さないでおいてやる」


 地球で生きていた時に染みついた中途半端な言動。

 異世界で捨て去ったと思っていたそれが、まだどこかに残っていたらしい。


 『進藤くんは、良い人なんだけど』


 否定形で褒められるそれは、都合の良い、というだけの評価だ。

 面倒なことや嫌なこと、自分の実力では難しいことであっても、押し切ればなんとかなる。

 周囲から圧力を掛ければ断らない。

 泣き落としで頼めば押し付けられる。


 事実その通りに動いていたが、俺が困った時に誰か助けてくれたか?


 最弱の召喚士である俺を助けてくれたのは利用してきた奴じゃなくて、『ダンジョン工事団』の皆だ。

 異世界でも泣きついてきたヤツじゃなくてブラストさんや召喚士ギルドの人に助けられた。


 そして、俺を対等に扱い、先に対価をくれたのはリリティアだ。


 だというのにちょっと強くなった程度で慢心するなんて甘っちょろすぎて反吐が出た。


 二度と俺の視界に入らないなら許す、と言ってやったにも関わらず、トサカからの返答はなかった。

 代わりに俺の肩や足に小さな切り傷が走る。


『ションベン漏らして謝るなら楽に終わらせてやるぜぇ!』


 なるほど、俺をじわじわとなぶりたい訳か。

 今すぐ俺の首を掻き斬れば、もしかしたら殺せたかもしれないのに、阿呆じゃないか。


「……スケアクロウ、召喚」


 俺は明確な殺意を込めてを呼び出した。

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