致死率五十割、怪異を殺れ! 

臆病虚弱

第1話 北海道 御名醐魯市(みなごろし) 舌苔尸濡町(ぜったいしぬちょう)

  「おう……こいつらが、件のホトケか」


 黄色い規制テープをくぐり、その男は鑑識の警察官に対してそう伺う。北海道の冷夏といえど、この頃の夏は暑い。この男も暑さに堪え、ネクタイを緩めながら、屈みこみ、手で扇ぐような素振りを見せる。

 鑑識の男は夜の闇に明々とたかれたライトに目をしぼめながら、尋ねてきた男に男に対して少々ぶしつけに返答する。


 「ええ……死因は、詳しいトコは解剖しなくちゃわかりませんが、おそらく心臓発作でしょう……全員」


 「へぇええっ……全員……ね……。五人全員突然、同時に?」


 怪訝な表情で男は鑑識に訊く。鑑識も呆れたように答える。


 「ええ、そうです。……不思議なこともあるもんですね」


 はぁっと男はため息をつく。

 

 「不思議なことだって言われてもよ、今月五件目だぞ? この手の死亡事件。どうせ今回も被害者はってオチなんだろ?」


 ふふっと鼻を鳴らして鑑識が言う。


 「分かりませんよ、今度こそ五つ子かもしれない、一卵性の」


 「バァカ野郎っ、そんなワケあるカァっ! 今回も同一の人間が五人だよっ……ったく、気味が悪ぃ……」


 鑑識に怒鳴った後、男は首を搔き、五人分の死体を眺める。

 全く同じ顔、同じ傷、同じほくろ、同じ体格、同じ体型……。古い遊園地にあった鏡の屋敷でこんなものを見た事がある。アレも相当気味が悪かったが……と男は心底不愉快な表情を浮かべながら思う。

 男は死体の脇を歩き、畦道の奥へと向かう。

 鑑識の男が訊く。


 「どこ行くんすか」


 男は振り返らずに答える。


 「少しは捜査しねえと、刑事の沽券に関わる」


 刑事は道を進んでいく。その右手は胸ポケットへと向かっていた。

 

 ――煙草だな。

 鑑識は察して苦笑いをしつつ、作業に戻った。


 刑事は道の奥で煙草をふかしながら、周囲をきょろきょろと眺めていた。むろん、何か犯人を見つけてやろうという気はなかった。殺した人間が増殖する殺人鬼など、いくらリボルバーを腰にぶらつかせ、柔道と剣道の段位を取得した人間であろうと、一人で勝てる見込みもない。

 そもそも連続で殺人が起きた事は今までなかったのだから、周囲をぶらつこうが犯人が出ることはない。だが、彼の中には少しの手がかりでも出れば……という淡い期待があった。


 「ん?」


 灰皿に煙草の灰を落としながら、刑事はしゃがみこんだ。


 ――何かが落ちている。これは……指?

 刑事は鑑識にそれを知らせようと、そこから目を離し、現場の方を向いた。


 「――おーい、こっちに」


 『ブチッ』


 ――ブチッ? 千切れる音……。何だ、手が……。


 「!?ッ????」


 ――お、おれの手がッ……手、手の指がッ!? 千切れて、とれて……生えてきた!?


 「おかアさんゆび、オとうさンゆび、おねエサんゆび、おニイさんユビ……アカチャンのユビィぃいいぃい!」


 「あ、あががっが……カッ……」


 ――胸……息がッ……倒れるッ……。バッ……ばけもの……。


 『ドサッ』 


 この日、御名醐魯市みなごろし舌苔尸濡町ぜったいしぬちょうにて、五つに増えた死体は二人分が発見された。それは似たような事件の六例目と七例目として、警察署のファイルの中に詳細が記載され、綴じられ、そのまま、以降の似た事件の類例として溜まってゆくのみである。

 

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