第37話 哀れな女王に捧ぐ慈悲の刃

 魔城のエントランスホールにミカエルが到着した瞬間、新たな扉が現れるのと同時に白い薔薇のコサージュが霧散する。


「やっぱり最後は赤……か」

「ちゃちゃっとケリをつけて良い報せを魔女サマに届けてやろうぜ」


 意を決して赤い薔薇の扉を開けたミカエルが飛ばされた先は謁見の間と思しき場所だった。


「あれが、女王吸血鬼ジェニカ……」


 豪奢な椅子に座る女王と呼ぶに相応しい格好をした女性は虚ろな目でミカエルを暫し見つめた後、徐に口を開く。


「モーリエの狩人……とうとうここまで来たのね……」

「ええ、あなたを討ちに来ました」

「私を討つ……?面白い冗談を言うのね……」


 くつくつと笑った後、ジェニカは立ち上がって傍らに飾られていた斧を手に取る。


「そんなこと、出来る筈が無いのに……」

「やりもしない内から勝手に決めつけないでください」


 双剣を抜き払い、ミカエルは微笑を浮かべる。


「何事にも予想外はつきもの、なんですよ?」

「……バカな人」


 か細い声で呟いた直後、ジェニカは突然姿を消す。


「どこに──」

「上だ!」


 ジェニカが振り下ろした斧の一撃をバックステップで躱し、一歩前に踏み込むのと同時にミカエルは双剣の一方を横薙ぎに振るう。


「この程度……!」


 切っ先が頬を掠める程度に被弾を抑え、ジェニカは斧を振り上げる。


「っく!」


 手数の多さで勝る双剣と一撃の重さで勝る斧の攻防は一進一退を繰り返し、そのどちらもが雌雄を決する一撃を叩き込むタイミングを掴めずにいた。


「あの高慢ちき野郎が自慢するだけはあるな……」

「そうだね、でも」


 双剣の柄を握り直し、ミカエルは地面を蹴る。


「この人の強さは、この人が望んで得たものじゃない」


 ジェニカが振るう斧の一撃をギリギリのところで躱し、ミカエルは二本の剣でジェニカの胸を穿つ。


「──、」


 ミカエルが剣を引き抜くのと同時に紅い薔薇が散り、ジェニカは斧を取り落とした後に倒れ伏す。


「……ぁ、……」


 震える唇を動かし、ジェニカは最期の言葉を紡ぐ。


「私は……赦され、たかった……だけ、なのに……」


 一筋の涙を流した後、ジェニカは塵に変じる。


「……ごめんなさい、どうか安らかに」


 ミカエルがそう呟いて祈りを捧げた直後、激しい揺れが起きる。


「な、何!?」

「主を失ったことで魔城が崩壊を始めたんだ」

「……ナルシスを探してる場合じゃなさそうだね」

「とりあえず魔城の外に出るぞ」


 ミカエルが頷いた後、ロンギヌスは転移の魔法を発動させた。

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