第31話 生きるための無法

 

 錬奏歴二八六年 紅月の刻、十一日。地下世界 昇月九時。


 無事に無法都市フリーダムに到着したアディルたちは一先ず宿に向かうことに。賑わいを見せるのは武骨な手をした者たち。そこらしこに均整されずに店家が立ち並び、行きかう人々も武装している者がほとんど。


「プラチナロードとは全然違う……」


 民衆都市ウハイミルにも似たような商店街が並んでいるが、フリーダムはカオスを極めている。場所によって扱う商品の商店を分けていたウハイミルと違い、肉屋の横に服屋があるような場所だ。全員が屋台や民家といった商売ハウスを持っているわけではなく、シートの上に商品を広げ路上販売している者もいる。


「フリーダムは名前の通り自由ってこと。どこに店を構えようが、どんな商売をしようが勝手勝手。新人の子とかを見つけて相場の五倍くらいの値段で商売する人もいるから気を付けてねー」

「もしかして、私も狙われてたりするのかな?」

「ま、そうだね。ということであんまり一人で行動しないように。下手したら食べられちゃうからね」

「私を⁉ 私、おいしくないよ!」

「あ、うん。そうじゃなくて……」

「もしかして、人が人を食べるのってこの世界じゃ当たり前なの?」

「…………」


 言葉に困るリヴがいた。アディルのしらけた眼差しにうぎっとなりながら、「冗談冗談だよー」と笑ってなかったことにする。記憶喪失のルナはなぜかえっちな方面の知識ががばがばになっているのだった。純粋無垢なルナを横に並ぶとリヴの卑猥な心が途轍もなく恥ずかしく感じて、その耳はほんのりと赤らんでいた。


「この馬鹿は置いといて、フリーダムは迷宮レベルに入り組んでやがる。俺らですら全貌なんざ把握できてねー。迷子になる方が厄介だ」

「帰れなくなるから?」

「それもあるが……無法って意味はわかるか?」

「法律がないってことだよね?」


 正確に言えば天場の法律がここでは適応されないことを差すが大きな違いはない。その代わりにフリーダムはフリーダム独自のルールが存在する。


「つまり、ここでは犯罪行為は見逃されんだよ」

「――――っ!」


 その言葉でようやくルナはこの都市の危険性に気づく。


「力の持たねー女が一人歩いてやがると捕まえて売られるか、犯されるかのどっちかだ。男も例外じゃねーがな。見た目は治安がよさそうに見えんが、どいつもこいつも化け物どもが住まう世界で生活してる奴らだ。弱者をいたぶる三流なんざは救えねーだろうが、人身売買じんしんばいばいしやがる奴はいやがる。自分の身は自分で守る、それがここのルールだ」


 弱肉強食とも言い換えられるフリーダムの習性。それはより人間性と言う名の動物性、本能に忠実な姿を表現したまさしく自由を意味する都市としてこの上ない形であろう。

 無法都市は治安が悪いのではない。秩序と倫理が最低限であるだけであり、そもそも政治といった類が存在しない。


「常に生死を問われてる身だ。誰よりも人間の弱さを知ってやがる。だから意味のある殺ししかしねー.

 逆にクズどもは弱い奴らに漬け込みやがる」


 そうアディルが言う通り。冒険者は誰よりも命の尊さを理解しているのだ。人がどれほど簡単に死に、世界にどれだけの理不尽があり、矮小わいしょうな人間の命がどれだけ軽いものなのか。

 だから、都市の秩序や倫理感が低くとも公平という名の下で平和は確かに築かれている。


「人の命を奪うっつーのは、自分の命を殺されるっつーことだ」

「…………」

「それでも、そうやって生きることしかできねー奴はいやがる」


 変わらないさ、そうアディルは自嘲じちょうした。どれだけ秩序を守り法律を定め生きやすいように政治を行えども悪人は存在する。罪人は産まれ、人は人を殺す。変わらないさ。法があろうとなかろうと変わらないのだ。人の根本とは動物なのだから。


 騒がしい石畳みの街路を右折する。隘路を抜けるとそこはまた大きな通りへと出た。


「すごく大きくて広いんだね」

「まーね。縦半分でフリーダムは分かれてるよ。今、あたしたちがいる西側の部分はダムって呼んでる。で、東がフリー。治安が特に悪い方ね。あたしも一回行ったことあったけど、マジで人攫いにあいかけたたんだー」

「え⁉ だ、大丈夫だったの⁉」

「大丈夫大丈夫! 氷漬けにしたからね。するとどうしてかお金たくさんくれたんだよねー。あれなんでだったんだろう?」

「…………」

「なにその眼?」

「オマエの頭がめんたいこって眼だ」

「なんで⁉ ってめんたいこって言わないでよね!」

「オマエの口癖だろうが……」


 心配した意味を返してほしいと思うルナだが、視界の端で確かにいる。襤褸ぼろを纏った悲壮感を立ち込める女性が、冒険者の後ろを裸足でついていく姿が。隘路あいろに捨てられたように血を流している人。首輪をめられている男性。


「やめろっ! 俺の彼女に手をだすな! ごふっ」

「うっせーなー」


 数人に羽交い締めされた男性が腹を殴られ身体を曲げる。その面w持ち上げられ、押さえつけられた女性と眼があった。


「やめてっ! やめてっ⁉」

「ほらオマエの彼氏が見てやがるぜ」


 嫌がる女性の長く綺麗な髪を、下卑げびた目の男がナイフで切り裂いた。


「ぁっ……あぁあっ……ぅぁあああああああああああああああああ⁉」


 悲鳴を叫ぶ彼女と顔を歪める彼を、ならず者どもは酒のさかなのように愉快な笑い声をあげていた。あまりにも酷い光景だ。一方的にいたぶる光景に、しかし誰もやめさせようとはしない。一瞥しては日常だと言わんばかりに通り過ぎていく。中には「ほどほどにしねーと売れねーぞ」などと笑いかける者までいた。

 それが無法都市フリーダムだと、彼らもまた目を背け耳を塞ぐ。


「行くぞ」

「…………!」

「…………ルナ?」


 けれど、一人の少女は違った。目の前の悲惨に耐えられなくなったルナはアディルに背きならず者たちの前に立ち止まり。


「あぁ? なんだオンナ?」

「やめてあげてください! 嫌がってるじゃないですか!」

「ルナ⁉」


 あまりにも純粋で正常な怒号に、この無法都市では見ない光景に誰もが驚愕の顔を浮かべならず者どもは笑い転げた。


「アハハハハハハ‼ 傑作だなオイ!」

「ええ! まったくよ。まだこんなお嬢ちゃんがいただなんてね」

「手なんて震えちゃってねー」

「――っ⁉」

「なに? 天場から来たわけ? まだこんな女がいたとはねー。アハハハハハハ!」

「なにがおかしいんですか?」


 嗤われている意味がわからず、むっと眉を下げるルナにならず者の一人が言った。


「だってよー、ここは無秩序無法だぜ。これも正当な対価なわけだ」

「対価? 女性を傷つけることの何が対価になるの! そんなの間違ってるよ!」

「いーや。間違ってねーよ。助けてやった対価をこいつらは拒みやがった。だからこれは変わりの対価ってことだ。有難く思えよ。女の髪で許してやんだからな。夜の方よりハゲのほうがましなんだろ。くくく」

「っ⁉ 助けた対価……? それこそ間違ってるよ! 誰かを助けるのは当然のこと。対価を求めてすることじゃない!」


 その言葉はルナだから言えたことだ。対価を求めない人助けなど偽善もはなはだしく聖女気取りで嗤えること。ただの自殺願望とどう違うか。軍人ですら、という対価を貰っているというのに。故に愉快であり不愉快であり反吐がでる。


「教えてやるよ。ここでは生きるために人を殺す。それが常識なんだよ!」


 そう、ルナには反応できない蹴撃が繰り出され。ならず者の顔面に重い袋が叩きつけられ、ならず者は蹴りを中断し袋を掴み取った。


「っぶーねーな。何しやがんだ?」

「手が滑っただけだ」

「はあ?」


 青筋を立てるならず者。彼らの威圧を無視してアディルが「それで退け」と告げる。


「あぁ? てこれ金か?」

「わぁーすごいた金じゃん!」

「アディルそれ――むぐぐ⁉」


 何かをいいかけたリヴの口を塞ぎ、「こいつの迷惑料とそいつらの分の対価だ? 充分な額だろ」と言った。

 ぽかんとする男女二人を見ろし、金の重さを比較するならず者は「仕方ねーな。餓鬼に免じて見逃してやるよ。次はねーからな」と笑い声をあげながら去っていった。


「ありがとう、ございました」


 そう、長い髪を首元より上で切られた女性が疲弊の声で感謝を告げた。


「別にいいが、オマエらはここじゃなく貧困都市ヒバに行け」


 しかし、男の方が苦悩に満ちた顔で憔悴しょうすいしている女性を抱きしめ、お金がないと呟いく。『十一のゲート』そこまでたどり着くための資金が足りず、無事に帰れる保証もないとのこと。アディルは嘆息しながらリヴのへそくりの金を投げ渡す。


「それ! あた――むぐぐぐぐぐ⁉」

「え? これ……」

「それでギルドに依頼を出しやがれ。適当なクソに頼むよりずっとマシだ」


 彼は行くぞと背を向ける。その手はルナの手を無理矢理に掴み、伝わってくる怒りにルナは戸惑いながら感謝の言葉を背に聴いた。


「あ、アディルさん?」


 恐る恐る名前を呼ぶルナにアディルは目線を寄越し。


「言ったはずだ。ここは無法。ろくでもねー都市だ」

「で、でも!」

「理解できねーだろうが、あれが人の醜さだ」

「…………」

「もう二度とんなことはするな。テメェーが死ぬぞ」


 言い返せない彼の圧に、ルナは軽率けいそつだったと謝罪した。「ごめんなさい」と。

 それでも、そうだとしても、ああ、ルナの眼差しは不審を宿し不快が胸を占め、やはり正しいなどとは思えなかった。

 反省しても更生はしない少女にアディルは嘆息。

 そんな二人を見つめながらリヴは思うのだ。


「むぐっぐぐぐ、ぐぅぐぐぅぅ~~~~……っ」


 あ、これ息が止まるなーと。必死にむぐぐぐとアディルの背を叩くのだった。

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