第23話 彷彿と渇望
「よう、ノアル。あいつらの情報助かった」
アディルが声をかける、ノアルと呼ばれた少年が振り返る。上瞼に触れるほどの黒髪。見た目は華奢に見える好青年的な彼は「どういたしまして」と返答した。
先のリースら三等騎士との決闘後、過酷な講義と訓練を終え疲労を滲ませるアディルが呼びかけたノアルこそ、リース・フォルト及びドルマ・ゲドンの情報を集め提示してくれた立役者である。彼が集めてくれた情報がなければ苦戦を
「お礼なんてお前も律儀だな」
「んなんじゃねー。ついでだついで。例の情報を聞きにきたんだよ」
「そこは嘘でも本気で感謝してるとか言ってくれてもいいのに。ま、お前がそういう奴だってのは今更か」
ため息を吐いて諦めるノアルが脚を進める。その横をアディルが付いて行く。
「で、お前だけでいいのか?」
「ああ。
「そっか……」
一目のつかない学舎の隅へと移動し、周囲の視線と盗聴盗撮の類がないことを確認。
「で、その子はお前のお客さん?」
「客だ?」
背後を振り返るアディルにマリネットが手を振って歩いてきた。金髪よりのブラウンの三つ編みは解かれていた。
「二人揃ってこそこそと、どこへ行くのかと思ったわ」
「そんなに怪しく見えた?」
「それはもう。そもそも問題児と一緒にいる時点でアウトよ」
「それは俺、どうしようもないな」
「まったくよ」
酷い言われようであるが、事実なので言い返す気も起きない。代わりにため息を吐いたアディルは、で? とマリネットに理由を問う。
肩を竦めた彼女は「嫌な報告よ」と前置きを入れ真剣な口調で告げた。
「ギウン・フォルス・サリファード将官に作戦の邪魔をされたわ。ま、あの人にその気があったのかはわからないけれど、ギウン将官に見つかったことで半分ほどしか仕掛けられていない」
「ギウン・フォルス・サリファード……なるほど因果だな」
何か思い当たる節でもありそうなノアルは続けてと振りを入れ、マリネットは続ける。
「それと、ギウン将官から貴方への伝言を預かっているわ」
「伝言だ?」
「それもイカれたやつよ」
身構えるアディルとの間に一泊置いて、マリネットはギウンが告げた伝言を声にした。
「――貴方たちの行いはやがて世界叛逆の牙となる。今一度、その命の意味を知れ」
「――――」
「他にも、人類の終わりは決まってる、新人類への進化、
それらの文句を
それらは忌々しくも人々の恐怖への救済、希望として映るのだ。まさに、パンテオンに怯える者たちにとっての
「カバラ教か」
「そうでしょうね」
「だな」
そう、三人の見解は一致した。
「世界終焉を訴え
「その
と、言われてもだ。アディルは己が世界終焉の先達者になると言われても、なる気もなければどうしてそうなるのかもわからない。ギウン将官お伝達にある、「世界叛逆の牙」が終焉を刺すのなら。
「明確な意思があって邪魔してやがるか」
「そうでしょうね。私にわかるのはこの程度よ。貴方たちの計画が彼らカバラ教の意に反することってこと。そして、貴方の命が何かしら関わりがあるということ」
「……」
「それには少し思い到るところがあるようね。まーね、本当に神がいて、天啓でも受けてるのもしれないけれど」
「神なんざいるか。……と言っても、俺らも折れる気はねーよ。時間もねーし、ここを逃せば二度とチャンスはこねー。危険だろうが警戒されてようが、やることは変わらねー」
「……そう。精々失敗しないことね」
これで言いたかったことは終わりと黙するマリネット。どうやら去る気はないらしくノアルの番だと視線を撃つ。ノアルがアディルに確認し頷く彼に「わかった」と話し始めた。
「まず、サリファード家のことだ。マリネットの話しでもわかったと思うけど、サリファード家は表向きには東部戦線を任せられている軍主貴族だ。先代ルリア・フォルス・サリファードから五世代に渡って続く鉄壁の守護人たち。東部に位置する管理都市センケレを
「聞いたことはあるわ。北東の第十一ノ穴『ウンデキムゲート』と第六ノ穴『セクスゲート』。その二個の大穴から進出するパンテオンから二百年に渡って守ってきたって。さすがに冗談だと思っていたけど……」
「別に単体で戦線に出てるわけじゃない。同盟を組んでいる貴族は複数ある。で、ここから本題だ」
そう、別段この
一呼吸開け、ノアルはそう確かに告げた。
「サリファード家はカバラ教を信仰している」
「――――」
「うそ⁉
「俺も最初は疑った。けど、サリファード家と同盟関係にある貴族を調べていくと、そのどれもがカバラ教を信仰していた」
「――っ! まって! まってまって。そんなのありえない!」
そう断固有り得ないと叫ぶマリネットは告げる。
「カバラ教と軍は敵対関係にあるんだから!」
そうだ、軍とカバラ教は長年に渡って敵対しているのだ。
世界終焉を唱え
言わば過激派と穏便派といった風に、互いの意見が相違し続けているのだ。
故にカバラ教は東部に己らの都市、宗教都市ハッバーフを築いた。
「都市ハッバーフは東部か。場所的にも
「加えて、お前の言ってたアルザーノ家だが……その当主がカバラ教の儀礼に通っていたのも判明してる」
「まさか……サリファード家と同盟してる貴族って」
「アルザーノ家と同じ、同盟とは名ばかりの征服された貴族。落ちぶれ貴族をカバラ教徒にして傘下に加える。そうして出来上がったのが東部半域を守護する偽軍の砦、サリファード群団だ」
違和感はあったのだ。領地奪取のためとは言え零落寸前の没貴族なんかに婚約を持ちかけるなど。アルザーノ家の財産は破綻し借金もあったことだろう。政策もできない当主はただの
「ああアディル。もう一つの件だけど、接触の痕跡があった。それと――」
そう伝えられた疑問を解消するいくつかの答え。それを聞いて今抱えるある程度の不自然は決壊して疑問は晴れた。
「俺らが世界叛逆か……カバラ教は何を狙ってやがる?」
そして残る不可解な疑問がそれだ。マリネットが伝言を預かった、カバラ教を信仰するサリファード家の次男ギウン・フォルス・サリファード将官の確かな敵対意志。その敵対意味だけが謎に包まれる。
軍はアディルたちを貴重な戦力と
そう、軍の思想は理解できる。しかし、軍の意志に反するカバラ教を信仰するギウン将官がアディルたちの冒険を阻む意味。マリネットが言うように【エリア】に潜ることに事態が彼らにとって邪魔となる行為なのか、それとも天啓でも降り未来で何かしらの世界叛逆を為すとでも言うのか。それとも、他に理由があるのか。
「はぁー……いや、これ以上は考えても意味ねーな」
「そうだな。けど、カバラ教がお前たちの冒険を阻止しようとしてるのは確かみたいだな」
「ああ。理由はわかんねーが……」
「やっぱり、それでもやめないんだろ」
愚問だと、アディル鼻で笑う。
「当り前だ。この冒険は俺らの人生の集大成だ。俺らが生きる意味そのものだ。必ず【エリア】最深部に行って、兄貴の遺産を取に行く。カバラ教だろうが軍だろうがパンテオンだろうが、阻むなら退かすだけだ」
やはり揺らぎない。今更ながらのちょっとした問題で揺らぐはずがない。
七年だ。アディルとリヴの育ての親のキツ
「やめられるわけねーんだよ」
それを夢と呼ぶのだろうか。あるいは愚行か。
ただ、二人には眩しく映った。
「わかったよ。サリファード、カバラ教の件は俺の方でも調べとく。逢えるかどうかはわかんないけど、こっちはこっちで何とかしてやるよ」
そんなノアルの励ましにアディルはらしくもなく笑みを浮かべてしまう。きっと、この関係と戦友や友と呼ぶのだろう。
「はぁー……ま、私も最後まで付き合ってあげるわよ。ヘリオ共々ね」
「感謝する」
「だから、帰ってきたら一番高いスイーツ毎日奢ってもらうから。それくらいじゃないと割りにあわないからね」
「いいなそれ。じゃあ、俺はお前が手に入れた一番いい素材で妹の方に剣を一本作ってもらおうかな」
「貴方、そんなのでいいわけ?」
「いいよ。きっと何物にも代えがたいお土産だ」
「確かに。いいわねそれ」
「っふ。……ま、それくらいならいくらでも作ってやるよ。主にリヴだが」
「知らない間に仕事が増えていてかわいそうね」
「あいつはそんくらいでいいんだよ」
「確かに」
そう言って三人は小さな笑みを交わし合った。これが最後の瞬間かもしれない、そんな気概を含みながらも、それでもここで
きっと、こんな日々を楽しいと言うのだろう。
そう、彼らは思うのだ。
「ヘリオ、マリネット、セルリア、ノアル。俺らのために暴れてくれ」
そう、ヘリオの部屋に集まった四人に向けて、アディルとリヴは告げた。
唐突なことに沈黙が生まれる中、彼らは思うの。
嗚呼、彼は優しいと。
そこで命令しない辺り。口の悪さとは似手も似つかない心根であろう。アディルという男は確然とした偽善者だ。その真意を測ることなどできやしなく、他者から見れば道化師にも、あるいは詐欺師にも映ることだろう。されど、その言の葉は心の臓を確かに
「俺はオマエらの今後に責任なんかとるつもりはねー。失敗したとしても俺は助けどな」
ある一種の偽善だ。酷く利己に酔った
アディルは目的のために手段を択ばないと公表した上で選択権を与えている。
偽善とは優しさを物語る。善意とは狂信を言う。優しさとは利己心だ。アディルという男はどこまでも愚かしく剣吞にして柔く賢しい。
今ここにいる者たち。アディルという不確かで誠実な男に恩を受けた者たちだ。その偽善に救われた者たちだ。そんな偽善を受け入れた故に、ああ、ならば己らも偽善を貫かずしてどう答えるか。それをきっと誠意と呼ぶのだ。あるいは信頼か。
「貴方は人を愛することができないわね」
そう、セルリアは評価する。人を愛することで貴方は抜け殻になっていくと。大海の瞳は慈悲を宿していた。
「お前なー! 今更だっての。話したろ。将官から既に生き延びてんだ。こんぐらい問題ねーよ」
サムズアップする愚友はアディルの優しさを肯定すると同時に拒絶した。
「……はぁー。本当に今更よ。敢えて言うの、貴方には似合わないわ」
マリネットは偽善を首肯する。同時にアディル本来の在り方の方がいいと忠告した。
「俺もそう。それに、アディルとリヴがどんなことをするのか気になるし」
ノアルは在り方を教える。そう在れと期待する。嘘はアディルに似合わないと指摘した。
「そうそう。アディルは
「黙れ」
「リヴの方が厚顔無恥に傲慢不遜だけどな。ははは!」
「ブラコン卒業はまだまだみたいだな」
「貴方は優しさを覚えた方がいいわよ」
「同感ね」
「ちょっと! みんなしてなんであたしを虐めるわけ! 的にしないで!」
「あははは……」
ルナの苦笑。リヴのしゅんのした顔。されど、その妹は少女を助けようとした人物。その手がその魔術がその背中がルナを守ったことに違いはない。だから。
「大丈夫だよ。リヴは優しいから」
ルナだけは認める。ルナだけは褒める。ルナだけはリヴに今のリヴを要請する。
顔を上げたリヴは「ルナぁああ!」と声を上げて抱き着いた。
リヴにできることは少なかった。もちろん、錬金術等は大いに役に立っている。しかし、それが意外にできることは少なかった。
彼女にはアディルのような一種のカリスマ性は持ち合わせていない。無論、自由気まま性格を評すれば使い道はあるだろう。だが、その心細さは時に嫉妬のような寂しさを生み、阻害された孤独に
リヴはそれが嫌いだった。対等になれない、妹として兄の隣を歩けない事実が嫌いだった。だからそう、リヴのそれは偽善ではなく
「アディルのことは任せて! 妹のあたしがアディルを守ってみせるから!」
そう胸を張る。それはルナが【エリア】で見つめたリヴの
「だから、みんなは応援しててね」
これが
「妹に守られるってのはクソだが。まーそういうことだ」
言葉足らずで結構。馬鹿にされてもいいさ。笑う者たちに笑って証明できるのなら。
そして最後にアディルは向き合う。眼を覚まして五日しか経っていない記憶喪失の少女に。
その名を呼ぶのに
「――ルナ」
「…………」
彼女は返事をしない。その名が自分の名であって、けれど真名ではないからだ。加えて、その名はあの恐怖の地で死闘を乗り越える度に呼ばれた名でもあるからだ。
アディルはルナという名で少女に呼びかける。その名であってほしい……そんな願望もあるのだろうか。
「俺たちは言った通り……ここを抜けて【エリア】に行くつもりだ」
「…………はい」
「俺とリヴを育ててくれた兄貴がいたって言ったな。……兄貴は冒険者だった。何十日も冒険に出ていて、一年に会えるのは数回だ。自由な奴で荒唐無稽な奴だった」
「…………はい」
「そんな兄貴が遺した遺書に、『【エリア】最下層に遺産を残してある』、そう書いてありやがった。俺らは兄貴の遺産を探しにいく。」
「…………」
「心の臓、心の根から冒険者だった兄貴が……俺らを拾って育てた、その理由を知りたい。俺らを育てた兄貴が俺らに何を残したのか。あの世界に何かがありやがるのか、それを知る。それが俺とリヴの使命だ」
悲願とは言わない。願望とも言わない。理想などでもない。
ルナは潤みそうになる眼の奥をぎゅっと耐えた。考えなしに声にしそうな言葉をぐっと呑み込んだ。それを彼は望んでいない。
「ルナ、体験したからわかるはずだ。あの恐怖と理不尽に俺らは
経った一日の冒険。されど、怪物を知り、命の
あの日、強くなりたいと言ったその闘志は今も燃えているか。偽りなく今もまだ宣言できるか。その心は本当に立ち向かえるか。
「――――」
言葉がでない。それが現実だった。
それでも……、らしくなくアディルは少女をその闇を照らす安らぎの名で呼ぶ。
「ルナ、オマエの好きなようにしろ。忘れるなんざねーから」
「…………、はい」
凍えた風を肌に感じた。灼熱の香りを鼻先に、痺れるような花畑の美しさに目を奪われ
そんな冒険のどこに、少女の名はどこにあるのか。
その真の名を呼んでくれる人はどこにいる。
ルナは想像して、己の未来が底無しの虚無に落ちていくのだと、溶けていく感情を拾い上げることができず。その手はそっと温もりを求めてやまなかった。
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