第11話 歌を歌う
「「~~っっ‼」」
爆破が収まったのを確認してリヴはブランドケープから半身を出し目の前の現場に唖然とした。
「あははは……やり過ぎた?」
「うっ……な、何が起こったの?」
続いて腕を抑えながら出てきたルナは炎の大炎上をただ眺めるだけ。
「よくやった」
アディルの声に視線を上げれば焼け落ちた服を化粧するように流れる真っ赤な血。所々に火傷がみられるが大きな怪我はないようだ。
「アディルさん……」
「この作戦はオマエの歌と度胸のお陰だ。よくやった」
「そ、そんな……私はただやっただけで」
「うん! ルナすごかったよ! すっごい強かった!」
「リヴ……」
興奮したようにくっついてくるリヴに唖然とするルナ。まるで褒め称える姉と兄のように。
「ルナのお陰だね。ありがとう」
その声がどれだけ胸に満ちたことか。ついてこない頭でそれだけは確かに感じられた。
「……リヴ。そろそろ離れて」
「むっ。やだ」
「や、やだ? えっと、えええー……」
「安心して腰でも抜けやがっただけだろ」
「ち、違うから! 馬鹿なこと言わないで!」
「なら甘えたいだけだな。餓鬼妹」
「ちーがーうぅうううう‼」
からから笑うアディルにからかわれ顔を真っ赤に否定するリヴは確かに妹だった。
アディルに蹴りをかました所でポーチから回復薬を取り出し皆で摂取する。
そして改めて天井まで届く炎を見上げてルナとリヴは顔を見合わせアディルを視た。
「どうすっかなこれ」
「火力強すぎたんじゃない。オイルどんだけ蒔いたのよ。はぁースラグポリプスもさすがに死んでるし……割に合わないんだけど」
「知るか。死ぬよりマシだろ。ま、そのうち鎮火するだろうしほっとくか」
「でも、鉱石に引火して爆破したら洞窟がヤバいことになりそうだけど」
「…………。関係ねーってことで」
「いやいや、運悪くあたしらが生き埋めになったらどうするわけ?」
「はぁーめんどくせー。んじゃさっさと鎮火するか。頼んだ」
「何押し付けようとしてんのよ‼」
「俺のエレメントじゃ鎮火できねーし」
「そうだけど!」
わーわーわー。ルナは二人の喧嘩という名のじゃれ合いに既視感を感じてなんだか嬉しく思った。
「確かにすぐに慣れそうかも」
ルナも何か手伝えることはないかと話しに加わろうとしたその時だった。
風が切った。その表現が適切だと言えた。それは確かに風が切ったのだ。何を? 見なくてもわかる。
大気と炎を――。
「…………うそ」
呟きは一瞬にして恐怖を再発させた。
「そんな……なんで……」
「クソがっ。理不尽過ぎんだろ!」
我らを斬核せんと、【永劫未来の獣】は異名の通り決して死ぬことはなくその姿を露わにした。地獄の炎から蘇り摂理を循環させる【死神】のように。
「――オマエら逃げろォ!」
「…………で、でもアディルさんはっ」
「いいから逃げろォオオオオ! 走れぇえええええ‼」
「――っ」
アディルが飛び出す。短剣のセフィラで風と炎を現象し「死ねぇええええ‼」と理不尽の象徴に飛び掛かった。
走りだしたルナは見てしまった。
たったひと凪。燃えカスの炎を鎮火する一線。ただそれだけでアディルの短剣は破壊され右手が宙を舞ったのが。
「ぁ…………」
「あでぃ——」
『――――――』
切り返された閃撃が大量の墳血を宙にバラまいてアディルの身体は弾丸のようにその場から消えた。激しい衝突音に顔を反射的に向ければ、壁に突き放されるように仰向けに倒れる彼が。止めどなく流れ出す真っ赤に染まったアディルがそこにいた。その身が動かない代わりに血を流す。
真っ赤な闇が落ちた。少女二人の心臓を鷲掴みするが如く。闇が嗤う。
「――ぁ、ぁっぁあああああああああああああああああああ‼」
「リヴっ! まっ」
「よくもっお兄ちゃんをぉおおおおおおおおおおっ‼」
許さないと闇に反抗する真っ赤な怒りの叫び上げながら、リヴは駆け出した。
刹那、真横から迫ったギルタブリルの膝がリヴの横腹に食い込み鎌の柄による
その身体は動かない。真っ赤な闇が波紋してすべての心音を奪っていく。
「リ……ヴぅ」
その身体は動かなかった。動いてはくれなかった。二人とも生きているからわからない。ただ、動いてはくれなかった。
「…………」
声が出ない。前を向けばこちらを
次はおまえだと、その眼は言っているかのようで。勝手に後退る身体はほんの前まで感じていた強さなど
先の頑張りすべてが嘘だったかのようにギルタブリルの本気、怒り一つで人の抗いなど儚く覆された。
圧倒的な理不尽は運命を強いる。
「し……にぃたく、ない……」
頭を横に振る。来ないでと拒否する。それ以外何もできない。
一歩下がり、獣は二歩進む。三歩下がり、獣は十歩進む。
一歩下がり、目の前に獣が立ち止まった。
背の高い漆黒の中に緋色の瞳がルナを見下ろした。
そして、その手に持つ漆黒の鎌を持ち上げ。
『――――――』
「………………?」
いつまでたってもやってこない真っ赤な闇。恐る恐る目を開けて視ると、今だ見下ろすギルタブリルはあろうことか鎌を持つ腕を降ろしたのだ。そしてただただに見つめてくる。
『――――』
「――――」
その時間は永遠にすら思えた。刹那的だと言うのに生涯のすべてを見つめ合いに消費したかのような感覚。そして、とても不思議な感傷が過り、それはルナとしての自分か、あるいは記憶喪失の少女の意志か、ただなぜかその獣に手を伸ばそうとして。
そんな静寂を愚者が焼き殺した。
「っっち。くそっがぁァァアアッ! そいつから、離れっ……やがれぇェェッ‼」
降りかかった瓦礫をどかし、満身創痍でフラフラと立ち上がったアディルは血液を吐き捨て、刃先の欠けた残りのナイフを使える左手に持つ。
「まだ、ぁ、負けてねェーッッ‼」
無理矢理立ち上がりナイフを構える。戦意を猛らせ、死に体でそれでも諦めない。理不尽に屈しない姿勢にルナは頭を横に振った。
「あでぃ――」
「黙れッ! 俺は負けねーッ‼」
そう強く拒絶する。ルナの想いを知りながらそれでも彼は己を貫いた。
「生きて帰んだよォ……」
「…………や、めてよ。だって、あなたが」
「はっ……来やがれクソ獣がァ。ぶっ殺してやるよ」
応答するようにギルタブリルはルナから視線を外して殺すべき敵を見据え歩き出した。まるでこれで充分だろうと言わんばかりに。
「だっめ! や、やめてぇ!」
互いの距離。埋まる距離。それが死へのカウントダウンのよう。少女の願いが殺される。
目を塞ぎたくなるような状況で、ルナは必至に必死に歯を食いしばり。
「行かせるわけない!」
ゲホっと大量の血を吐きながら脇腹を抑え立ち上がったリヴ。その手に持つ鞭がギルタブリルの鎌の柄に絡みつき動きを止めた。
「おまっ。何しやがるっ」
「死なせたくないって、あたしも一緒だし……兄ずらしないで。ゲホゲホ」
「妹はすっこんでろッ! 俺がなんとか」
「絶対に嫌だからっ! あんたを置いて、っ逃げるとか有り得ないから!」
「オマエ……」
だからと、ギルタブリルの足元に投げつけたツタが土と水のエレメントに反応して足元から成長を始めさせる。それはギルタブリルの全身を絡め捕り大地に根を張って身動きを封じた。
しかし、鎌の一振りが、鎌に絡みついた鞭を持つリヴが宙をまい、風圧で鞭が千切れリヴは勢いよく壁に背を打ち付けた。
「がァアッ⁉」
「リヴぅぅうう⁉」
多量の血反吐がぼたぼたと零れ、身体が痙攣し始める。まるで死へと引きずられてるかのよう。爆走で動き回る血液と鼓動が眼を充血させ、幾度となく吐しゃに混じって血を吐き出し呼吸を奪う。
そんな妹の姿を見てられるものか。いや、妹とをそんな目に合わせた奴を許せるものか。
それは、何よりも守るべき兄としての矜持であり、怒りだった。
「テメェェエエエエエエエッッ‼ ぶっ殺すゥウウウウウウウウッッ‼」
死に体など知るか。右手が使えない。黙って左手を使え。脚が動かない。無理に動かせ。死ぬかもしれない。クソが、殺すまで死ねるはずがないだろう。
動きだす身体と意志に反して恐怖に打ち負ける言い訳のすべてを押さえつけて、アディルは爆走した。
炎を爆破させ、その勢いに倣い距離を詰める。
忌々し『死神』へ、命を賭けた一撃を放った。
「死ねやァアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
『――――――』
その一撃は渾身の一撃であり、最高の一撃だった。どんな獣でも殺せる正に命を賭けた必殺が闇を打ち払わなんと洞窟内を照らし――
しかし、最恐の理不尽はアディルの気持ちなど汲みしてはくれなかった。
ただ一振り。目に見えぬ神速の死に鎌がいとも容易く、アディルの一撃を相殺した。
「――――」
すべての音が再び消え、視界に映るは興味の欠片も示さない
追撃などされなかった。否、相殺の一撃、その衝撃だけで愚か者の身体は抵抗虚しく戦場から排除されたのだ。感覚を失い、時すらも遅く感じる、まるで明日が遠ざかるように遠くなっていくギルタブリルを見つめながら、もう何度目かもわからない慣れない衝撃が全身を痺れさせ、その視界は闇に埋もれていった。瓦礫に埋もれ沈黙。隙間から広がる真っ赤な闇だけが鮮明に戦場に刻まれた。
「…………」
声などでようものか。その脚がどうして立てるか。どこに希望を抱けばいいか。
「……ぁ」
解はなかった。けれど、別の解が巡ってくる。
問いは、どうすればこの戦いを終わらせることができますか。
解は明白、目の前の存在が答えだった。
『――――』
見つめられる度に穴が開くような感覚を得て、それは少女とう人間のすべてを余すことなく知られた純粋な恐怖に染まる。
闇の奥で見失っていく自分。そのすべてが現実逃避だとしても、それでも、だからこそルナは震えるしかなかった。
震えて震えて、なけなしの搾りカスのような言葉は、
けれど、何よりもなけなしの願いだった。
「……………ないで」
小さく、涙に混じって、闇に吸い込まれながら、それでも小さく確かに。
「…………ころ、さなで」
『――――』
そう確かに言葉にしたのだ。
記憶喪失の少女……双子の身勝手で連れられて来たこの場所で、覚悟も決められていない、冒険の常識も知らない、命の価値すら理解していない、そんな少女がどうしてそうも切に願えることか。
嗚呼、誰がなんと言おうとその言葉は希望だった。縋った醜さ無様さであろうと、嗚呼、それは愚かな双子にとっては確かに希望だったのだ。
なぜなら――
「――ころさないで‼」
その言葉に二人の冒険者が宿っていたから。
睨みつけながら叫ぶように訴えたルナは確かに言葉以上の光粒でアディルとリヴという存在を光らせていたから。
ならば、応えないといけないだろう。
少女の願いに責任を負わなくて何が少女のためだ。笑える。
そうだ、三人で笑った日々をたった数時間で終わりにしていいはずがない。
誰かが言う。己が己に告げる。
――立て
だから――リヴはなけなしの力で小石を投げつけた。運悪くか良くか、ギルタブリルの闇をすり抜ける。はっきりとした殺意にギルタブリルとルナは振り返った。
「ちゃんと、しないと……ルナは、あたしたちが守るって、約束したから」
立ち上がれない身体を這いつくばって。
「まだ、何も……為せてない……そ、んなの、ダメ、でしょっ」
リヴは不敵に笑って叫んだ。
「こんな所で死ねないから!」
死ねない。死ぬわけにはいかない。
ルナの呆然と死にたくないとはわけが違った。偽善的な『ころさないで』とは違った。
それは痛切に願いとなって巡ってきたのだから。
リヴとアディルには夢があった。目標があってそのために今ここにいる。大冒険、それが二人の夢。この世界の最下層へ行くこと。
ルナは知っている。リヴの憧れの眼差しを。アディルの本気の意志を。
そして、そんな二人がルナを助けてくれて今も助けようとしてくれていることを。
「……情けないよ」
強くなりたい。そう求めた。何もできない私は嫌いとルナは一歩前に出たはずだ。なのに今はまた元の位置に戻っている。あれらは虚言だったか。欺瞞か。体裁か。
「違う! 違うんだよっ……」
そうだ違う。本気だった。本気で強くなりたかった。そう在りたかった。アディルに憧れた。その強さに憧れ、そうなりたかった。嘘じゃない本当の気持ち。
それが今もまだ
「私は強くなりたい」
変わらない答えが言葉になって安堵する。ならば次にすることは決まっていた。ルナにはそれがあるのだから。
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」
歌を歌う。みんなを救う、あの化け物を倒すそんな歌を――愛を歌おう。
ルナは今度は眼を閉じなかった。震える脚で懸命に立ち上がり、胸を大きく張り潰れそうな感覚に痛みを覚えながらそれでも強さと優しさを求め、歌を歌った。
『~~~~~~~~ッッ⁉』
ギルタブリルが激しく悶える。が、威力が落ちたか克服されたか獣は一瞬でルナへ嫌悪の眼を向け。
「ルナっ!」
「ルナッ!」
そっくりな二人の声に決断する。一層に力を込めたその時だった。
無数の光の槍がギルタブリルへと穿たれた。まるで神が降した神罰が如く。
『~~~~~~~~ッッッッ‼』
ギルタブリルの絶叫が大気を激しく振動させる中、一人の少年が動く。
満身創痍の身で今にも死にそうな身体で、それでも一番に諦めが悪く決して理不尽に負けない心を持ったそんな少年戦士が。
「テメェーががんばってんのに、呑気にっ、寝てられるかァアアアア‼」
血汗を撒き散らし生命力を零しながら、それでもたった一つの生へしがみつくように。
「守ってやるっつってんだよぉおおおおおおおおおおおおおお‼」
感覚が麻痺した左手で一つの光の槍を引き抜き。
「理不尽は死にやがれぇええええええええええええええええ‼」
光りに照らされ露わになる闇の中、一つ確かに存在する緋色の心臓へ向けて突き刺した。
亀裂が
ギルタブリルは光に溶けていくように灰になっていき。
苦しむことも抗うこともせず、摂理に従うように。
最後までその偽りの眼がルナを見つめながら、【永劫未来の獣】ギルタブリルは完全に消滅した。
歌をやめると光の槍は消え去りその場には悲惨な戦場と三人だけが生きて残ったのだ。
「はぁはぁはぁ……」
膝をついて荒い息を整えるルナ。前を向くとアディルがその場に立ち尽くし、何か声をかけようと思ったその時に身体を揺らめかせバタンと倒れた。
「あ、アディルさん⁉」
小走りがやっとのルナはなんとか駆け寄り、リヴも回復薬を飲みながら近づいて二人して覗き込む。改めて見るが酷い有様だ。だけど、アディルはやり切ったと言わんばかりの清々しい表情で眼を開いた。
「はは、理不尽に勝ったぜ」
「だね。……ほんとに生きてるよ」
「ああ。……ルナ、助かった。ありがと」
「そんな私は……私こそ、助けてくれてありがとうございます」
ルナは潤みながら微笑んだ。アディルは唇を曲げ、リヴも崩れそうな笑みで喉を鳴らした。
笑えていること。それが幸せだった。
「あ、やべ。意識が」
「わぁああああ! はい回復薬! 飲んで! あとこれあんたの手」
「ごふっ! 無理矢理飲ませんな! 手か……くっつくか?」
「私の歌でできるかもしれないからやってみていい?」
「大丈夫なの?
「大丈夫。いいですか?」
「勝手にしろ」
「はい!」
ルナの綺麗な歌声が響き渡った。それは子守歌のようで、凱歌には似ていないけど勝利の余韻があって、どこか賛美歌のようでもあった。
聴き入る二人は口端を緩めた。
こんな冒険も悪くないと、どこか心が躍ったのだ。
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