第56話 綺麗な花と光の作り方

「お二人はいつからここで働かれてるのですか?」


 話に区切りがついたところでそう聞いてみると、まずはレイモン様が答えてくださった。


「私は二十代の頃からだよ。もう二十年以上になるね。ルイは……そろそろ十年ぐらいかい?」

「はい。レイモン様にスカウトしていただき、こちらに就職したのですが、それからちょうど十年ほどです」

「スカウトなのですか?」


 あまり聞かない就職方法に驚いて聞き返すと、ルイさんが頷きながら説明をしてくれた。


「そうです。俺は帝都の外れにある一般家庭の生まれなのですが、幼い頃から植物が好きで、親に強請って小さな畑を借りていました。そこで多様な植物を育てたり掛け合わせたりと実験を繰り返していたところ、偶然通りかかったレイモン様が声をかけてくださったんです」

「あの時のルイはまだ十代だったかな? 若い平民の子供がこの畑を作ったなんてと、驚いたのを覚えているよ」

「凄い出会いですね。レイモン様はその畑をご覧になって、すぐにルイさんをスカウトされたのですか?」

「そうだよ」


 凄いわ……王族であるレイモン様に一目で認められるほどのことを、平民であるルイさんがまだ若い頃にしていたなんて。


「ルイさんの努力の結果ですね」


 自然とそんな言葉が出ると、さっきまであまり表情が動かなかったルイさんの頬が、僅かに赤くなった。


 すると隣に座っているレイモン様が、ルイさんに声をかける。


「ルイ、リリアーヌはフェルナンの婚約者だから惚れちゃダメだよ?」

「なっ……そんなことは絶対にありません! あっ、いや、リリアーヌ様に魅力がないというわけではなく……」


 急に慌て出したルイさんに、思わず笑いを溢してしまう。

 ルイさんとも仲良くなれそうで良かったわ。


「ルイさん、これからよろしくお願いいたします」

「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そうして私はレイモン様とルイさんと話し合いを続け、今後の薬草栽培の予定を立ててから、最後にレイモン様に光の発動方法を伝えることになった。


 どうせなら薬草を育てている場所で試してみようということになり、三人で施設から出て植物園の中を歩く。


「わぁ……とても素敵ですね!」


 しばらく植物園の中を歩いて目の前に広がった光景に、思わず感嘆の声を溢してしまった。


 目の前には……多様な美しい花が咲き乱れていたのだ。思わず目を細めたくなる甘い花の香りも鼻に届き、とても幸せな気分になる。


「ここでは種子植物――花が咲く植物を育てているんだ。私の趣味がかなり反映されている場所なんだけど、気に入ってもらえたなら嬉しいよ」

「本当に素晴らしいです」


 ユティスラート家の庭園も美しいけど、あちらは鑑賞のために完璧に整えられた庭だ。しかしこちらは、たくさんの植物が密集して咲いている。

 より自然に近い、しかし綺麗に整えられた、とても素晴らしい場所だった。


「レイモン様はここの維持をするために、かなりの時間を費やしておられますからね。……本当はもう少し規模を縮小していただきたいのですが」


 ルイさんのその言葉を、レイモン様は笑顔で流して私を先に促してくれた。


 そんな二人のやりとりに苦笑しつつ、ありがたく植物園の中を先に進む。そうして美しい花々が咲き乱れるエリアを通り過ぎると、今度は多様な薬草が整然と植えられている場所に出た。


「こちらで薬草を育てています。これからの研究では、ここの一画を使うことになるかと」


 ルイさんが説明してくれて、レイモン様が近くに植えられた薬草を示される。


「今日はここで光魔法を試そうと思う。まずは……リリアーヌに手本を見せてもらっても良いかな」

「かしこまりました」


 お二人に期待の眼差しを向けられている状況に少しだけ緊張しつつ、小さく深呼吸をしてからいつも通り魔法を発動させた。

 

 分かりやすいように一匹だけ光の蝶を出して、その羽が動くごとに光の粒子を降らせていく。


「私はこうして薬草に光を当てました。ただこの蝶や光の粒子は、別の形でも問題ありません。レイモン様がイメージしやすい形が良いと思います」


 そう伝えてから蝶を消すと、レイモン様は僅かに頬を紅潮させ、前のめりで口を開いた。


「光魔法をこのように使うことができるだなんて、素晴らしいよ……! どうすれば光だけを出せるようになるのか教えてくれるかい?」

「もちろんです。ではまず魔法の仕組みについての説明になりますが……」


 それからレイモン様は私の話を真剣に聞いてくださり、練習を始めてからそこまで時間が掛からずに、まずは光だけを発生させられるようになった。


 さらにそこから少しの時間をかけて、その光に自然治癒を促進させる効果だけの上乗せに成功する。


「ふむ、だいたいやり方は分かったかな」

「さすがレイモン様ですね」


 こんなにすぐ使いこなせるなんて、魔法に関しても優秀な方なんだわ。


 レイモン様の光は小さな球体で、ぼんやりと光るその球体から、光の粒子がこぼれ落ちていくという感じの魔法になった。


「レイモン様、その魔法は他の光属性の方々でも習得は可能でしょうか」


 ルイさんの問いかけに、レイモン様は少しだけ考え込んでから頷く。


「時間をかければできると思うよ」

「では薬草の量産も不可能ではないですね」

「そうだね。人材育成にも力を入れよう」


 そこで話が途切れると、レイモン様は光を消して私に向き直ってくださった。


「リリアーヌ、今日は本当にありがとう。これからもよろしく頼むよ」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


 そうして薬草園での顔合わせは終わりとなり、私はこれからの仕事に胸を高鳴らせながら、アガットに迎えに来てもらって植物園を後にした。


 この仕事が実を結び、騎士の方々がより安全に仕事をこなせるようになったら良い。


 そんな未来が想像でき、自然と頬が緩んだ。






〜あとがき〜

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

本日は告知があるのですが、月刊プリンセスにて連載されている本作のコミカライズが、ヤンチャンwebとチャンピオンクロスという二つの漫画配信サイトにて、配信開始となりました!

(月刊プリンセスから少し遅れ、後を追う形での配信となるようです)


とっても素敵なコミカライズになっていますので、お読みいただけたら嬉しいです。

また月刊プリンセスの方が最新話をお読みいただけますし、他にもたくさんの魅力的な作品に出会えますので、月刊プリンセスも引き続きよろしくお願いいたします。


お好きな形でコミカライズを楽しんでいただけたら嬉しいです。


蒼井美紗

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