第34話 消えたリリアーヌ

 お茶会の日から二週間ほどが経った頃。皇宮魔術師の方から私に聞きたいことがあるという話をいただき、今日はフェルナン様と共に皇宮へと来ていた。


 前回よりは小さめの部屋で光魔法に関する話をして、私が今まで行ってきた練習法について話をして、皇宮魔術師さんたちと楽しい時間を過ごしたら、お勤めは終わりだ。


「ではリリアーヌ、そろそろ屋敷へ戻ろう。今日の午後は何も予定がないから、共に庭園の東屋で食事をするのはどうだ?」

「とても素敵ですわ」


 フェルナン様と昼食をいただける機会は少ないので、嬉しくて頬が緩んでしまう。


「では早く帰ろう」

「はい」


 フェルナン様の腕をとって皇宮の入り口に向かって足を進めようとしたその時、後ろからフェルナン様が呼び止められた。


「騎士団長!」


 その声に共に後ろを振り返ると、そこにいたのは一人の騎士だった。走ってきたのか息が荒く、少し汗が滲んでいる。


「どうしたんだ?」

「騎士団で急遽、団長に確認していただきたい事項が発生いたしました。お屋敷に遣いを送ろうと思っていたのですが、こちらにいらっしゃると聞いて……」

「そうか、内容はなんだ?」

「大変申し上げにくいのですが……訓練中に魔法を暴発させてしまい、皇宮に魔法が……」

「当たったのか? ……はぁ、なんてことをしてくれるんだ。分かった、私が行こう」


 フェルナン様は呆れた表情でため息を吐くと、眉を下げて私の顔を覗き込まれた。


「リリアーヌ、本当にすまない。急遽仕事が入ってしまった。昼食はまた今度で良いだろうか」

「もちろんです。お仕事を優先なさってください」

「本当にありがとう。では馬車までは送ろう」

「いえ、私一人で大丈夫です。皇宮には何度も来ておりますし、この中でしたら安全ですから」


 緊急事態にフェルナン様を拘束するのは申し訳ないと思いそう伝えると、フェルナン様はかなり悩まれている様子だったが、渋々頷いてくださった。


「分かった。では気をつけて帰ってくれ」

「馬車までですから、すぐに着きますよ。馬車には護衛のアガットが待機してくれていますし」

「ははっ、それもそうだな。ではまた夜に」

「お帰りをお待ちしております」


 後ろ髪を引かれている様子のフェルナン様を見送ってから、私は一人で馬車が待機している皇宮の出入り口に向かって歩みを進めた。


 いつもはフェルナン様と歩いているからすぐに着く気がしていたけれど、意外と距離があることに驚いてしまう。


 フェルナン様と話をしていると、すぐに時間が経ってしまうのよね。そんなお方と毎日一緒にいられるだなんて、幸せだわ。


 そんなことを考えながら、頬が緩みすぎないように気を付けて歩いていると……後ろからカタンっと何かの物音が聞こえた。


 それが気になって振り返ると――


「……っっ!」


 突然誰かに顔を布のようなもので覆われ、抗う暇もなく意識が闇の中に落ちていった。




 ♢ ♢ ♢



 リリアーヌを襲ったのは顔を簡易の布で隠した男女で、くたりと力が抜けたリリアーヌを数人で持ち上げ、人目を気にしながらどこかに運んでいった。


 数分でリリアーヌが運び込まれたのは、皇宮の端にある倉庫のような一室だ。

 その中には侯爵令嬢であるベルティーユがいて、さらには床に、人が両腕を広げて三人は並べるほどの大きな魔法陣が描かれていた。


「ベルティーユ様、ご命令通りにリリアーヌ様を連れて参りました」

「よくやったわね」


 そう言って誘拐犯である男女を労うベルティーユは、悪意が滲んだ笑みを浮かべていた。


「では魔法陣の上にその女を置きなさい。そして魔力を流し込むのよ。全員でやれば発動するはずよ」

「あの……この魔法陣、どういう効果があるので……」

「うるさいわよ! あんたたちは私の指示に素直に従えば良いの。このことを誰かに話したりしたら、あんたらは死刑よ? しっかりと胸に刻みなさい」

「はっ、はいっ」


 ベルティーユの言葉に顔色を悪くした男女は、慌ててリリアーヌを魔法陣の上に寝かせて、それぞれ床に手を付くと魔力を流し込み始めた。


 すると魔法陣は少しずつ光を放ち始め……強い光が部屋中を満たした瞬間、一気に光が収縮し、魔法陣の上に寝ていたリリアーヌは消えていた。


「ふふふっ、ふははははっ、これであの女は消えたわ。フェルナン様は私のものよ!」


 その部屋には魔力切れで転がる男女と、醜く笑うベルティーユだけが残った。

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