第31.5話 わたしたちのたからもの

 「佳那妥、かぁいかったねぇ……」

 「そうだねぇ……」


 わたしのため息めいた感想に、お姉ちゃんはほとんど蕩けるような、夢見る表情を浮かべてた。

 それが佳那妥を思ってのこと、っていうのが少し妬けるけれど、多分わたしも同じような気持ちなのだから仕方ないのかなあ。


 椎倉佳那妥。

 誰もいない場所でしか愛しあうことの出来なかったわたしとお姉ちゃんの間に突然現れて、なんだか頓狂な理由でわたしたちに関わってきた同級生。

 女の子同士で好き合うことをめいっぱい肯定し、後ろめたさで日の差さない場所にいたわたしたちを、昏くないところに出してくれた子。

 それだけじゃなくて、とても良いものを秘めている女の子なのに、どこか自分に自信が無くって臆病なところのある子。

 もし、彼女が持ってるものをわたしたちの手で引き出して、それで彼女が輝くことが出来たら、それはどんなに素敵なことなんだろう。

 わたしたちを明るい光で照らしてくれたあの子が、同じようにあなたも光に照らされることが出来るんだよ、って教えてあげられるのは、どれだけ嬉しいことになるんだろう。


 「……ね、お姉ちゃん」

 「うん。なぁに?」


 自分のベッドの上で、クッション(よりにもよって佳那妥が遊びにくるとお尻の下に敷いてるクッションだ。わたしも狙ってたのに)を抱き締めてまだ「ほふぅ……」とかって色っぽいため息をついてるお姉ちゃんに声をかける。


 「佳那妥をさ、わたしたちが輝かせてあげたいな、ってわたし思うんだけれど。お姉ちゃんはどう思う?」

 「佳那妥を、かあ………私は……ちょっと、困るかな」

 「どうして?」


 意外な返事にわたしは戸惑う。お姉ちゃんなら賛成してくれると思ったのに。わたしのことだけじゃなくて、佳那妥のこと、わたしと同じくらい大好きだと思っていたのに。

 わたしは背中を預けてる自分のベッドをギシリと鳴らして、お姉ちゃんを睨み上げる。

 どうして?…って。


 「もう、莉羽。そんなに睨まないで。そりゃあ私だって佳那妥のことは好き。でもね……」


 抱えたクッションに鼻先を押しつけて言う。くぐもった声になった。


 「佳那妥がそれを望むかどうかが分からない、ってことと、そして……あんな奇蹟のような女の子は、誰にも教えたくない。私たちだけの宝物であって欲しいもの。わがままだとは思うけれど……」


 ………なあんだ。お姉ちゃんだって佳那妥のこと、大好きなんじゃん。

 安心したけれど……お姉ちゃんってそういうところあるよね。秘密が好きっていうか、大事なものを大切にするあまり、自分の知らない人に教えたくないっていうか。

 わたしとお姉ちゃんの関係も、そういうことになっていたのかなあ、って思う。もちろんお姉ちゃんが悪いわけじゃないんだけど……。


 「でも……」


 ただ、お姉ちゃんがそれだけの女の子じゃない、っていうのはわたしが一番に知っていることだから。こればっかりは、佳那妥にだって負けるつもりはない。


 「私たちの大切な宝物を、みんなに自慢したいって気持ちもあるの。こんなに素敵な女の子のおかげで、私たちは私たちでいられるようになれた、って。だから、それを佳那妥が望まないというのであれば仕方がないけれど……佳那妥が胸をはって暮らしていけるように力になりたいな、とは思うの」


 もちろん佳那妥がそれを望めばだけど、って笑いながら言ったところまで、わたしの大好きなお姉ちゃんそのものだった。

 お姉ちゃん、佳那妥。大好きな人が二人もいることって、どれだけ素晴らしいことなんだろう。

 できれば佳那妥にもそう思って欲しいんだけれど。「百合に挟まるなんてとんでもないっ!」……って真っ赤になって力説する佳那妥の顔を思い出して、わたしは可笑しくなった。


 「ふふっ、今日はあんなことがあったから……佳那妥も、どんな顔してるのかしらね」

 「あー、うん……まあきっと、頭がぐるぐるして寝られないんじゃないかなあ」


 お姉ちゃんと初めてキスをした時のことを、懐かしく思いながら答えた。


 「そして明日、またすごい顔になって登校してくるのね」

 「だろうねえ……」


 もったいないなあ、ってため息をそろってもらす。

 ちゃんと調えて、お澄まし顔の一つでもしてればすごくきれーな女の子なのに。

 四条たちが佳那妥のことを「ブス」とか言ってたけれど……あいつら見る目ないなあ、って思うよ本当。


 「ね、お姉ちゃん」

 「ん、分かってる。とりあえず……今日はちゃんと早く床についてたっぷり睡眠するように連絡しておくわ」

 「じゃあわたしは化粧の用意だね。まさか学校に全部持ってくわけにはいかないから……校則確認しておくね」

 「よろしく」


 明日がとても楽しみになって、わたしとお姉ちゃんは、お互いのベッドの上に座ったまま顔を見合わせて、いたずらっぽい笑顔を交わして。


 ……はやく明日にならないかなあ。心から、そう思ったんだ。

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