第11話 没ボスとの決戦へ(没クエスト発生中)

 魔導師のローブをまとった少女、マリカの頭上で巨大に膨れ上がった火球が爆ぜる。


「っう……。せ、先生、カルラ先生、ごめんなさ……」


 ゆらりと身体をくねらせたマリカの上に9999と数字が浮かぶ。倒れ込んだ彼女はぴくりとも動かなくなった。その周りには同じ様な格好の幾人もが折り重なり合う様に。


「マ、マリカ!? お、おのれ! 我が弟子たちを……」


 魔導師長カルラは右手に持つ銀製の杖を頭上に掲げる。それに応じるかのごとく生じた稲妻が杖の先端に突き刺さる。雷光は右手を伝わり心臓へ、そして四肢へと駆けていった。


「ぐふっ……、だがっ」


 カルラは杖を握りしめたままの右手の甲で口から噴き出した血を拭う。


「我が奥義『爆練魔』、我が体内に宿りし全魔力を込めて増幅させた雷撃。くらうがいい!」


 カルラが左手に構えた長銃、その様に見えるものにカルラの体内を駆け巡った雷光が集まる。銃口の奥にその光が満ちていく。


 引き金を引くに合わせて雷光の渦が銃口から放たれる。一直線に、カルラの真正面にある鉄の塊に伸びていく。


 それは『機動星兵団長・アイアンネブラズ』の胸を激しく打ち付けたが。金色に輝く、無数の細かい糸の様なものとなっては霧散していっただけだった。


 3つの首を持つ鉄の竜が何事もなかったの様に悠然と背中に生えた鉄の羽を広げていた。その上に0の数字が跳ねる。


「ぬぅ……。これが、通じぬとはっ……。かはっ!」


 カルラは口から赤い物を流しながら右膝を折った。左手に持つ物の銃床らしきを地に付け、身が倒れるのを何とか凌いでいるだけだった。


「オーダー。マドウシハ イッピキノコラズ シマツ ヤキツクセ」


 中央の頭部が機械じみた声をあげる。


「オーダー。コオリヅケニセヨ」


「オーダー。フキトバセ」


 右左の頭部もやはり同じ様な声である。



 それが起きていたのはメルディ魔導学院の最上階にある『星封じの間』と名付けられた一室。その天井の辺りに浮いていた2人の主人公キャラ。オクラとオデンが一部始終を見下ろしていた。


「いいね、いいね! らしくなってきたじゃないか。重大なボス戦らしく」


 オクラオレは強制イベントを見ているだけしかない時間を利用してストレッチ中。


「オクラさん、ボス戦を前にして随分と気合入ってますね!」


「いや、そんなものは全く入ってないが……」


「え?」


 フルダイヴプレイすると、実際に身体を動かさずともそういう風に動いたのだと身体が錯覚を起こしてしまうものらしい。


 つまり、筋肉痛がやって来る。ログアウト後に少なくとも1日は遅れてヤツがやって来る…。


 フルダイヴするおっさんゲーマーにとって最後の最後に控える真のラスボスは筋肉痛。これは絶対に揺るがぬ法則だ。


 そんなわけで、ただの予防なのだが…。まあ、この説明をするのも何だかカッコ悪すぎだな。


「ところでオデンさん。アイテム欄は整理したかな?」


「いえ、した方がいいんですか?」


「ああ、頻繁に使う物を上の方へ移動だ。下の方にあるままだと対応が遅れる」


 フルダイヴ化されてもレトロゲームのレトロ感は結構残っているものだ。当時のそのままに、アイテム欄を開いてから使う物を選択するという手間が。


 アクティブバトル中に使いたいアイテムがなかなか見つからず…。慌ててしまった挙句に違う物を消費する事故プレイは避けたい。


 そう、ドラえも○が四次元ポケットから目当てのものをなかなか探し出せず不要なものをポイポイ出すが如くになっては命取り!


 俺が何かから整理整頓というものを教わったとすればこのゲームだ。


「回復アイテムの類と、そうだな『ベンヌのクチバシ』が一番上でもいいくらいだ」


「蘇生アイテムを!? そんなにアイツとの戦いは厳しくなりそうだと?」


「まあな……、ヒーラーもいない事だし。さて、そろそろ本日のメインキャストがご登場の様だぞ」



『機動星兵団長・アイアンネブラズ』が3つの首をもたげ、それぞれの口から眩い光を発した。火、氷、風のブレスが合わさり螺旋となってカルラ目掛けて駆けていく。


「これまでか……」


 その時、カルラの前に飛んで来たものがある。銃身をいくつも束ねた様な巨砲、その銃口が回転しそれぞれから光が発せられる。


 光弾の渦が螺旋のブレスを押し返すと『機動星兵団長・アイアンネブラズ』の胸に当たって弾けた。その際、胸の装甲の一部が剥がれ落ち「g」「i」の様な文字となり消えた。その巨躯はその勢いで押し出されたかの様に後退りする形になっていた。


 マリカが現れた。その右手には銀製の杖が握られていた。宙に浮いていた巨砲がマリカの左腕に吸い付くかの様に戻る。『魔導ガトリングキャリバー』、それはメインストーリークリア後の隠しクエストで入手できる彼女の専用装備であった。


 その様なマリカは2人同時に現れていた。


「カルラ先生、待たせてごめんなさい! あれから8年間も待たせてしまって!!」


 2人のマリカが声を揃えて叫んでいた。その様はまるで双子の姉妹が一挙手一投足をシンクロさせているが如く。1人はオクラのパーティメンバーで、もう1人はオデンのマリカである。


 バグの様な現象が起きているのは没データ内で2人がパーティを組めてしまったイレギュラーに由来している。ストーリー進行には問題ない様だ。


「マリカなのか!? だが、その姿は? そう言えば8年間とか申したな。ぐふっ……」


「この8年後の未来から来たんです。この後、先生が自分を犠牲にして私を逃がしてくれたお陰で、こうしてここに戻って来れたんです!」


「そうだったか……。マリカくん。我が欠点多き『爆練魔』を完成させてくれたのだね……、さすがは星に選ばれし者。ぐっ……」


「せ、先生!」


「それにしても、随分と綺麗になっ……。ガハッ!」


「先生、その先は、そこで倒れている私が大きくなった時に言ってあげて下さい。じゃあ、そろそろあいつを!」



 天井に浮いた状態の2人。足場の様になっていた透明な壁が消えると落下を始めていた。


【マリカ、すまない。待たせたな!】


 出た、出た、このタイミングで…。

 興ざめにさせられる、これ言って下さい的な強制台詞プロンプターが。


 でも、その前に。


「じゃ、オデンさん作戦通りで」


 オデンさんが頷くのを確認したところで一緒にあれを。それにしてもこの仕様なんとかならんのか…。


「【マリカ、すまない。待たせたな!】」

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