第34話 特製チーズインハンバーグ
2つ並べられたお弁当箱。大きなタッパーと3段重ねのお重箱。タッパーの蓋を東真が、お重箱の蓋を司が開けると、南央と西雅、文哉の目がキラキラと輝いた。
2つのお弁当は朝から東真と司がそれぞれ張り切って用意した。東真のお弁当は南央と文哉の好物中心のメニュー、司のお弁当は西雅の好物中心のメニューが彩っている。
「めちゃくちゃ美味そう。あ、ハンバーグある」
「オムライスもある!」
「唐揚げととんかつで1段埋めるとか凄すぎっすよ!」
3人の様子に東真と司は顔を見合わせて笑い合った。それから箸を配って飲み物も用意して。少し肌寒いからと南央にはひざ掛けも用意された。
「それじゃ、南央ちゃんよろしく」
「うん! 手を合わせて、いただきます!」
南央の挨拶に続いて4人も手を合わせた。そしてお弁当を味わいつつもガツガツと食べ進める。特に西雅の食べるペースは速い。お重の1段分があっという間に消えてしまった。
「こんなにも喜んでもらえるのなら本望ですね」
「ですね。あ、南央、口にケチャップついてる。ちょっと動かないでね?」
東真がタオルで南央の口元を拭うと、南央はにへらと恥ずかしそうに笑った。そして司の方に視線を移すと、ニコニコと身体を揺らし始めた。
「文ちゃん、お弁当つけてどこ行くの?」
「ん? そうだなぁ。南央ちゃんの行きたいところだな」
文哉は悪戯っぽく笑いながらそう答える。そして流れるような手つきで口元の米粒を指で摘まんで口に放り込んだ。その耳が少し赤いことに気が付いた東真は、静かに微笑んで1口サイズのチーズインハンバーグに手を伸ばした。
「ん、美味し」
チーズインハンバーグを1口齧ればチーズが溢れる。普通のチーズでは冷めたら固まってしまう。とろけるチーズを入れてもそう長くは持たない。それでも東真のチーズインハンバーグからはいつでもとろとろのチーズが溢れる。
「いつも気になっていたんだけど、どうして東真くんが作るチーズインハンバーグは冷めてもチーズがとろとろなの?」
文哉の疑問に、司もそっとハンバーグを口に含んだ。噛んだ瞬間にチーズが溢れるけれど、チーズは温かくない。けれど舌触りにざらりとしたものはない。
「これは、牛乳で伸ばしているんですか?」
「はい。チーズフォンデュ用のチーズって冷めてもとろとろじゃないですか。あれを中に入れてます。司さん、こんなにすぐに当てちゃうなんて凄いですね」
見事に言い当てた司に、東真は頬を掻く。チーズに牛乳、片栗粉を混ぜて火にかける。チーズと片栗粉が玉にならないように注意が必要だ。
「チーズフォンデュは時々作りますから。ですが、あのソースをハンバーグの中に入れるのは難しくありませんか?」
司が首を捻ると、隣でもしゃもしゃと唐揚げを食べていた南央が口の中の肉と衣をゴクリと飲み込んだ。口の周りは油でテカテカだ。
「あれでしょ、冷凍庫の中のチーズボール!」
「うん、南央正解!」
自信満々に胸を張る南央の頭を柔らかく撫でた東真は、お手拭きでその口周りを拭った。
「チーズソースをラップで包んで冷凍しているんです。あとは前日のうちに作って冷凍しておいたチーズボールをハンバーグに入れれば完成です」
「なるほど。チーズが冷凍されているからハンバーグの肉汁も同時に閉じ込められるんですね。中に氷を入れるのと同じ原理ですか」
「はい! 最初は生焼けが心配だったんですけど、やってみたら結構できたんですよね」
料理談義に花を咲かせる2人の話に耳を傾けながら、南央と文哉はのんびりと堪能しながら食べ進める。一方西雅はお弁当の中身を次々に、あっという間に胃袋に詰め込んでいく。さながらバキュームカーだ。
「西雅くん、良い食べっぷりだね」
「筋肉付けたいんでなるべく食べたくて」
「そうだと思ってたくさん作ってますから、気にせずにどんどん食べてくださいね」
「ふぁいがとうございまふっふ!」
西雅は口に入ったポテトサラダにしゃべることを邪魔されつつも、更に食べ進める。その様子に東真と司は満足げに笑った。西雅はゴクッと口の中身を飲み込んでお茶を飲むと、ホッと一息吐いた。
「オレ、昔は全然ご飯食べられなかったんすよ。赤ちゃんの時は気にしなかったんすけど、幼稚園に入って家の事情が分かってからは、1日に1食分もお腹が受け付けなくなっちゃって。小学校に入るまでは身体も小っちゃくて、母さんには心配かけたんすよ」
家計が芳しくない、けれど自分にはお金が掛かる。幼いながらに真剣に悩んだ西雅は欲しいおもちゃを我慢するようになった。そしてそのうちにストレスで胃が小さくなってしまった。
西雅は曖昧に笑う。東真は身に覚えがある感情に俯く。南央はポテトサラダに手を伸ばして、司は瞳を潤ませた。
「それでも今はたくさん食べられるようになったんだな」
「はい。小学校に入って最初のクリスマスにサンタさんがサッカーボールをくれたんすよ。それで遊んでいっぱい身体を動かしたら、少しずつ食べられる量も増えたっす。1日3食ちゃんと食べられるようになったら母さんも泣いて喜んでくれたのを覚えてるっす」
遠い昔を思い出しながら、西雅は次の唐揚げに手を伸ばす。司はその姿に、瞳をそっと拭った。
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