第27話 緊張、社長、如何でしょう?


 司は東真たちの元に戻ると、おままごとに参加した。けれど視線はちらちらと島川原に向けられている。文哉は司の脇腹を軽く肘で突いた。



「どうした?」


「すみません。失礼だとは分かっているんですけど、気になってしまって」



 文哉は司の言葉を聞くと島川原の方を横目で確認した。そして島川原と目が遭いそうになった瞬間に視線を南央に戻した。おままごとをしながらそれを何度か繰り返した文哉は、客役が東真の番に回った隙に司と距離を詰めた。



「明らかに東真くんたちを見てるな」


「はい、そうなんです」



 司の瞳が不安げに揺れる。文哉はフッと笑うと、そのまま頷いた。



「俺に任せろ。何かあってもどうにかしてやる」


「はい」



 司は少しだけ肩の力が抜けた。司が客役に戻ると、文哉は唇をすぼめた。鼻の下にボールペンが入りそうな顔のまま頬を膨らませる。不意にポンッと空気を抜いて元の顔に戻ると、東真の肩を叩いた。



「東真くん、ちょっと仕事の電話してくるわ」


「分かりました」



 文哉は立ち上がるときに司の肩に手を置いた。司と目が合うと、小さくニッと笑ってからその場を離れた。それから東真たちからそう遠くない物陰に身を潜ませた。


 島川原の様子を見ながら、スマホで島川原について調べる。ネット上の情報は信じる派ではない文哉も、このときばかりは情報が欲しかった。



「特に何もなし、か。でも東真くんたちばかり見てるっていうのは気になるよな」



 しばらく見ていても、島川原が東真たち以外の子どもを執拗に気にしている素振りはない。



「俺たちが一緒にいるから気にしているわけでもなさそうだしな」



 文哉はジッと島川原を観察しながら考えに耽る。そのとき島川原がエアー遊具のコーナーから動いた。文哉はスマホをポケットに仕舞って東真たちの元に飄々とした態度で戻った。



「お待たせ。あ、店員さん、チョコケーキとチーズケーキください」


「良いですよ! でも抹茶のプリンもおすすめですよ?」



 スルッとおままごとに戻った文哉に、南央は満面の笑みを浮かべた。それからニヤニヤとたくらみ顔で笑うと、自分の好きなものをおすすめした。



「ふふっ、それじゃあ、抹茶のプリンもください」


「ありがとうございます! さいがくん、包んであげてください」


「了解っす! 店長!」



 元気よく返事をしてケーキを箱に入れた西雅が文哉に箱を手渡す。おもちゃのケーキでなければぐちゃぐちゃになってしまいそうな勢いだ。



「せーの、また来てね?」



 南央と西雅が口を揃えて首を傾げながら笑顔で言うと、文哉は胸を抑えて蹲った。その反応に満足気に笑った西雅が南央にハイタッチを求めると、南央も楽しそうに手を合わせた。



「南央、それ僕にもやってくれない?」


「私にもお願いします」


「ケーキ買ってくれたら良いよ」



 南央がそう言うと、東真と司はケーキを大量買いして同じセリフをもらった。そして文哉と同じように悶えると、昇天してしまいそうなほど蕩けた表情を浮かべた。



「少し良いでしょうか」



 ケーキ屋の屋根に落ちて揺らめく影。5人がそちらを見ると、島川原が人の良さそうな顔をして立っていた。文哉と司は慌てて立ち上がる。文哉はさりげなく東真と南央と西雅を背に庇うように動いた。



「島川原社長、如何なさいましたか?」


「いえ、今日の感想を伺いたいだけです。楽しんでいますか?」



 島川原が東真に視線を合わせると、東真はバイトのときと同じ笑みを浮かべた。島川原の只者ではないオーラに全員に緊張が走った。



「はい、とても楽しいです」


「そうですか。君は新張さんと海善寺さんのご家族ですか?」


「いえ、友人です」


「そうですか。今日は親御さんは?」



 島川原の目がキラリと光る。南央は不安に顔を歪めて西雅に抱きついた。西雅は南央を抱き留めて注意深く島川原を観察した。



「今日の保護者は新張さんです。妹と後輩と一緒に招いていただきました」



 親がいないことを曖昧にした答えに、島川原は一瞬眉を顰めたもののまた笑顔を浮かべた。



「妹さんと、後輩さんですか?」



 島川原の視線が南央と西雅に向けられる。西雅が困惑しながらも頷くと、すかさず文哉が島川原と西雅を隔てるケーキ屋のセットの前に身体を入れた。



「すみません、人見知りの子がいるので控えていただけると有難いです。のちほどレポートは提出しますので、今日は緊張感なく楽しんでいる姿を視察するだけに留めていただけませんか?」



 文哉の少々あざとい笑みに島川原は1歩引いた。西雅のジャージを握り締めていた南央の手から少しだけ力が抜けた。



「それもそうですね。怖がらせてしまったようで申しわけありません。私はこれで失礼しますね」



 島川原は最後に強い圧を残して立ち去った。島川原がミニカーのレースコーナーまで離れると、5人からホッと緊張が抜けた。



「ごめんな、緊張したよな。大丈夫だったか?」


「オレは大丈夫っすよ。南央ちゃんは?」


「大丈夫!」



 西雅と南央が笑顔を浮かべる中、東真だけはどこか浮かない顔をしていた。



「東真? どうした?」


「あ、い、いえ。大丈夫です。すみません、ホッとしたらボーッとしちゃいました」



 わざとらしく笑う東真に文哉は一瞬眉を顰めた。けれどすぐにパッと笑うと、その頭をくしゃりと撫でた。



「よっしゃ、遊ぶぞ」


「おー!」


「わーい!」



 文哉が空気を換えるように明るい声で声を掛けても、東真はぼんやりとしている。文哉はその姿を気にしながらも、気が付いていないふりをしておままごとを再開した。同じく東真のことを気に掛けていた司は、こっそり取り出したスマホでメッセージを送った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る