第17話 宴の時間
リビングに入った東真は、玄関まで漂っていた香ばしい香りの理由に気が付いた。
「す、凄い。何これ」
「全部司さんが作ってくれたんすよ」
西雅が自慢げに言うと、東真は文哉の手を引く司の方を見る。司は優雅に微笑むと小さく一礼した。
「はじめまして、海善寺司です。お誕生日おめでとうございます」
「大日向東真です。見ず知らずの僕のためにありがとうございます」
「いえいえ。南央ちゃんのお兄さんですから。お友達がお祝いしたいと言うのであれば力添えをと思った次第です。それに私も東真さんにお会いしたかったですから、お招きに感謝いたします」
「これはこれは、ご丁寧に?」
東真は緊張した面持ちでぺこりと頭を下げる。慣れない言葉を使ったせいで、つい疑問形で返事をしてしまった東真に司は微笑ましげな笑みを浮かべた。
「ね、みんな座ろ! あったかいうちに食べよ!」
南央は東真の手をグイグイと引いて、1番奥に置いた青い座布団に東真を座らせた。南央は東真の隣に置かれたオレンジの座布団にぴょんと座った。その隣から右回りに文哉が黒、西雅が白、司が緑の座布団に座った。
「こんなにたくさん、文哉さんの座布団ですか?」
「そう、司はよく来るから座布団用意しててさ。西雅の分は俺が仕舞い込んでた客人用のやつ」
東真はほへ、と返事をすると今度は机の上に興味を移した。
「これ、なんて料理ですか?」
「シェパーズパイとカプレーゼ、それからポテトとちらし寿司です。ドリンクも何種類か用意していますから、好きなだけ飲んでくださいね。まあ、統一感はないですけど」
司はそう言って肩を竦めてみせたが、東真だけでなく南央と西雅も目を輝かせている。それを見て文哉は正面に座る司にニヤリと笑ってみせた。司は小さく頷くと、ゆるりと上がった口元に手を添えて隠した。
「さてさて。いただきましょうかね」
文哉が声を掛けると、みんなで揃って手を合わせた。
「いただきます!」
元気よく手を合わせた南央の挨拶に続いて、全員が手を合わせて挨拶をした。東真は箸を持つと、どれから食べようかと1品1品に視線を彷徨わせた。
「まずは、野菜かな」
トマトとチーズをワンセット取り上げた東真はパクリと口に入れた。それをゆっくりと、噛み締めるように食べるとパッと顔を上げて司に顔を向けた。大きく見開かれた目からは驚きと喜び、美味しさが溢れ出ている。
「その顔が見られただけで私は満足ですよ」
司はゆっくりと息を吐きながら口元に弧を描いて笑みを浮かべると、自分も料理に手を伸ばし始めた。それを見てから文哉と西雅も手を伸ばし始めた。
「南央ちゃん、何食べたい?」
「お寿司!」
「了解」
文哉が南央に取り分けようとしていることに気が付いた東真が慌てて箸を置くと、文哉はそれを首を振ってやんわりと制止した。
「今日は南央ちゃんのことは俺らに任せて」
「いや、でも」
「そうっすよ。東真さんの誕生日なのに申し訳ないっすけど、オレらにも癒しを分けて欲しいっす」
西雅もニヤリと笑うと、そのまましれっと南央の取り皿を手に取った。そしてちらし寿司を取り分ける。
「はい、どうぞ」
「ありがと、さいがくん」
「おい、西雅くん。横取りはダメだよ」
「早いもん勝ちっすよ」
頬を膨らませる文哉に西雅はふふん、と得意げに鼻で笑って返した。ぐぬぬ、と西雅を見つめる文哉に西雅が今度はひょっとこのような顔で返すと、そこから変顔合戦が始まった。
「あははっ、2人とも変な顔!」
南央が笑うと変顔合戦はヒートアップして、手を使うのもありになった。司は呆れ顔で止め時を見計らっていたが、東真も楽し気に観賞していることに気が付いて止めるのを先延ばしにした。
3人は箸を進めながら変顔のレパートリーが多い2人を見ていた。すると司は南央の取り皿が空になったことに気が付いた。
「南央ちゃん、次はどれを取りますか?」
「えっとね、トマトのやつ食べたい」
「分かりました」
南央が司に取り皿を差し出すと、司はカプレーゼを取り皿に美しく盛り付けた。南央はその手際をジッと見つめる。それから首を傾げると、司を上目遣いに見上げた。
「つかさくんは魔法使いみたいだね」
「えっ、あ、ありがとうございます」
司は南央の突然の言葉に戸惑いを見せると、唇を尖らせてニヤケを誤魔化そうとした。けれどそれで誤魔化しきれるはずもなく。ふと司に視線を移した文哉は目を見開いて動きを止めた。西雅もつられて視線を移すと、こちらも同じく目を見開いた。
「司ってそんな顔もできるんだな」
文哉の呟きに、司は慌てて握り拳を口元に運んで口元を隠した。その目には明らかな焦りが滲んでいたけれど、西雅はその手を握って口元から引き離した。
「その表情も、すげぇ良いと思うっす」
司は西雅の真っ直ぐな視線を受け止めきれずに視線を彷徨わせた。
「俺も良いと思うぞ」
「僕も好きですよ」
「つかさくん可愛いね」
3人も追い打ちをかけるように司を褒める。その言葉に、司は俯いてしまった。そしてそのうちに、膝の上に握り締められた拳に涙が零れ落ちた。
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