ライブ・アフター・デス! 異世界で絶叫ノイズ女とバンド組んじゃった

ラッキー平山

 俺は平山和人(ひらやま かずと)。大学一年生だ。悲惨な人生を送っている。俺の母親はアル中で俺を幼児虐待したあげく、俺をエリートにして利用するべく借金をつくりまくって俺を大学に入れたあと、勝手にガンになって入院した。フヌケに育って自立できない俺は逃げることもできず、母親のオトコであるヤクザに脅されていっさい逆らえず、日々バイトして入院費を稼ぐしかない。


 こんなドンくさいのを雇うのは、つぶれかけた小さな警備会社くらいで、ドんくさいので交通誘導など勤まるはずもなく、それでも大金がいるからやめることもできず、あきらめて地獄のバイトを続けている。家族のためだといっても、自分を虐待して謝りもしない親の世話じゃやる気が出るはずもなく、毎日現場で怒鳴られて泣きつづけ、最近は自殺を考えてばかりいる。授業にもろくに出ないで働いているので、なんのための学生だか分からない。

 だが、母親を邪険にするとオトコに殴られるので、恨みつらみしかない奴のために毎日働くしかない。

 だが、もう限界だ。

 もう嫌だ。死にたい。






 目覚めると、そこは全面まっしろな世界だった。

 俺は今日はたしか朝から仕事に出ていたはずなのに、現場に着てきた青シャツに黒ズボンの私服姿に戻っている。

 おかしい。

 ここはどこだ。


 棒を振って必死に車を誘導していたのは覚えている。だが、いきなり記憶が飛んだ。気づけば、こんな見知らぬ、わけの分からない場所に立っている。

 周りはまっしろで何もない。だが、怖いとか冷たい感じはない。なんだか心地いい。全身にうっすらと、マユで包むような安心感、あたたかみすらある。

 いや、なにもないわけじゃなかった。

 いた。

 目が点になるような、この世のものじゃないようなのが、ひとり。



 そいつは俺から数メートルほどの距離に立っていて、俺に笑いかけてきた。女――いや、少女だ。そのいでたちは、天使という形容がいちばんあっている。歳は五、六歳くらいにしか見えず、小さい体に白いシーツのような布を巻いたギリシャふうの服に、子供っぽい丸顔。頭は癖の多い豊富な金髪が、ところどころカールしてソフトクリームみたいにうねっている。目は吊りあがり、口元もニッと吊り上げ、俺に向かって勝気なドヤ笑いを浮かべている。足元は、これもギリシャっぽい革のサンダル。

 だが、いちばん人間ばなれしているのは、その背から生えている一対の小さな白い羽根だった。頭に輪っかはないものの、その姿はまさに天使であり、神話をベースにしたゲームにでも出てきそうなキャラそのものだった。



「驚くことはない」

 声を発した。見た目の幼さに似あわず低く、ちょっとかすれてやわらかい、大人の女って感じだが、顔がドヤすぎるせいで、かえってはまって見える。声が柔いといっても、話し方はさばさばと事務的で、りんとした響きがあった。


「私はラフレス。君の担当になった天使だ」

「は、はあ」

 なにも飲み込めず生返事したが、この自称天使とやらに、とりあえず浮かんだ疑問をぶつけた。

「あのう、ここはいったい――」

「ここはヤパナジカル。治安は今のところいいし、食うにも困らんし、転生後の世界としては、かなり良好なところだ」

「えっ、転生……?」

 ラフレスは、とつじょ嫌な予感でいっぱいになった俺を指さした。

「平山和人」

 低く呼びかけ、ガーンと斧を振り下ろすように言った。

「君は――死んだのだ!」

「えええええ――っ?!」

 あまりのことに固まる俺。


「ショックなのはわかる。が、これは事実だ」

 そう言って指をおろす天使。

「平山和人、君は今から十五分前、車の誘導中に、後ろから突っ込んできた車両にはね飛ばされ、陸橋から落ちて即死した。その直後、このヤパナジカルに生まれ変わった」

「ま、まさか、そんな……!」

 俺は目を見開き、しゃがみこんで頭を抱えた。いきなり「死んだ」などと言われて、落ち着いていられる奴などいないだろう。

 そんな俺に淡々と続ける天使。

「運転していた婆さんが、もうろくしていたうえに酒気帯びだったため、君が目に入らず暴走してしまったのだ」

「と、いうことは」

 やっと顔をあげて言った。

「俺は、以前の俺とはちがうんですか?」

「変わらん。能力も体力も知能も、すべて元の世界にいたときのままだ」

「そ、それじゃ、生まれ変わった意味がないじゃないっすか……」と、ふたたびうなだれた。


 生まれ変わり。

 それを夢見たことは何度もある。まるでちがう人間に変わって、世の中に復讐でもするように、華々しく大活躍する。そして多くの人に認められて――。

 その夢が、導入の部分だけは、いちおうかなった。だが、前のダメな俺のまんまじゃ、ここでもどうせ何をやってもダメに決まってるじゃないか。


「人が簡単に死ねないのは」とラフレス。「死ぬとどうなるか分からないからと、もうひとつ、死後の世界に移ろうが、どこへ行こうが、どうせ自分の不幸は変わらない、だから死んでも意味がない、と思うからだ。

 しかし、環境が人を変えることもある」

 急に俺の手を握り、白い光の中を引っ張っていく。小さいが、あたたかく力のある手で、一気に胸に安堵が降りた。それは波のように全身へ広がっていく。

「このヤパナジカルは、君のいた世界とはまるでちがう。君はここでやりたいことができる。ここには、君のいた場所のように町があり人もいて、国家を作っているが、君を補佐し助ける天使が当てられるのが、最大のちがいだ。転生者には、神から担当の天使がつかわされる。それが私だ。

 平山和人。

 私が君を導き、助ける。思い出せ。

 君にも夢くらいあっただろう?」

 夢。


 たしかにあった。そして、あきらめていたわけではなかった。いつか奇跡でも起きて周りの環境が一変し、なんでも自由にできる身分になる日が来るのでは、というかすかな望みの上澄みみたいのは心に残っていた。だが、すべてにおいて無能でダメな自分という存在そのものが、俺自身を縛って動けなくしていた。



「ほんとうに、かなうんでしょうか……こんな僕でも……」

「もちろんだ」

 手を引きながら微笑を向けて言う。

「君は、あの世界では死んでしまったのだ。もう無理に苦手な仕事などしなくていいし、心の底から憎んでいる母親を救わなければならんような屈辱に傷ついたり、その夫の暴力におびえて、日々をこそこそ暮らす必要はない。

 そして自分を愛し、大切に思えるようになる。ここでも誰かに脅かされるかもしれないが、君は、向こうの世界にいた多くの普通の者たちと同じように、やり返したり、逃げて、ちゃんと自分を守れるだろう。それができる自信が必ずつく。なにも心配はいらん。このラフレスにまかせろ」


 その自身に満ちた顔は、宝石のようにきらきら輝いて、とても美しかった。

 俺は彼女の手を両手で包み、祈るように頭を垂れた。二人の足は止まり、彼女のあたたかい視線を全身に感じた。


「ど、どうか、よろしくお願いします……!」

 感涙にむせびひざまずく俺の頭を、子供のように小さな手が撫でた。俺に今まで誰もしてくれなかったことだ。

「君はいい子だ」

 ラフレスさんがやさしく言った。

「きっと、しあわせになれるぞ」

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