第4話:亡霊の鎧だって脱がせられます

「さすが、賑わってきたな」


 ギルド本部のロビーは酒場も兼ねており、夜は冒険者や依頼人で賑わう。思っていたよりも肌や髪の色は様々で、東洋人のような者も珍しくない。俺の見た目について突っ込まれなかったのにも納得である。


「明日の分の依頼、貼っておくぜ」


 マスターがコルクボードに依頼書を貼り付けた。色でランクがわかるようになっており、大半はEかDランクのものだ。その中で一枚、Cランクのものがあったので読んでみる。


「生ける鎧の討伐、かぁ」


 鎧そのものが意志を持って動き出したモンスターである。悪霊が乗り移ったのか、あるいは鎧自体が生物であるのか、その来歴はゲームによって様々だ。この世界ではどうなのだろうか。


「鎧さえどうにかできれば、私でも解呪ディスペルできそうなんですが……」


 なるほど、アンデッド型か。解呪ディスペル、すなわち霊魂の呪いを解いて昇天させる技能だ。僧侶や神官といった聖職者が得意とする技能だが、鑑定士のイリスにも使えるのだろうか。


「鑑定士として、魔法などの基礎的な知識は身につけていますからね。悪霊退散くらいならできます!」


 そう言って、自信満々に小さな胸を張った。


「よし、鎧なら俺の力でなんとかなりそうだ。ちょっと危険かも知れないが、受けてみるか?」

「そうですね。私の装備も新調したばっかりですし。それに、鎧なら売ればお金になります!」


 すっかり味をしめたようだ。確かに、この能力は敵の戦力を奪うと同時に、装備品を無傷で手に入れることができるはずだ。


「ダメそうだったら違約金は私が払ってキャンセルしますので、やってみましょうよ」

「そうだな。初めての依頼にしては難しいかも知れないけど」


 改めて、ここに来た役割を思い出す。俺は「魔王」とやらを倒さなければならない。今はまだ手がかりすらないのであるが。


「出現場所はそう遠くないみたいですね。さっそく、今夜やっちゃいますか?」

「そうだな。俺もやる気がみなぎっている」


 転生(転移?)直後だというのに、まだまだ疲れを知らない。これもまた、女神様の加護なのかも知れなかった。


 *


「このあたりだな」


 町外れの街道の交差点に、夜な夜な出現するらしい。近づく者を襲うが、深追いはしないとのことなので、それまでの遭遇者はなんとか逃げ切っているという話だ。


「あ、あれ!」


 イリスが指差すほうを無言で振り向く。確かに、青白いオーラのようなものをまとった鎧が空中に浮かんでいる。金の装飾がほどこされた、いかにも高価そうな鎧だ。


脱衣アンドレス!」


 スキルを発動させるが、さすがに距離が遠すぎるのか効果はない。あるいは、効果そのものが無いのかも知れない。どちらにしても、有効射程については早いうちに調べておいたほうが良さそうだ。


「まだ気づいていないみたいです。近づきますか?」

「そうだな。念のため、バリアみたいな魔法は使えるか?」

「はい、最下級の保護魔法なら……《祝福》!」


 イリスが呪文を唱えると、空気の膜のようなものが体全体を包むのを感じた。動きを阻害することはなさそうだ。


「そろそろ仕掛けるぞ、解呪ディスペルを頼んだ」

「はい」

脱衣アンドレス!」


 距離はだいたい30メートルほどだろうか。効果はないようだ。そして、俺の声に気づいて奴が少しずつ近づいてくる。


脱衣アンドレス! 脱衣アンドレス!……くそっ、駄目か?!」

「まだ遠いんだと思います、続けてください!」


 脱衣アンドレスを発動すると、多少なりとも精神的に負担があることがわかった。ただし、不発した場合は消耗が無いようなので、このような場合は気にせず連発できるようだ。


脱衣アンドレス!……やった!」


 距離にして約10メートルほど引きつけたところで、ようやく効果が発動! 鎧の中から光があふれ出した後、バラバラになって地面に落ちていく。


解呪ディスペル!」


 すかさず、イリスが「中身」の呪いを解く。青白い影は女性の形になると、両手で頭を抱えて苦しげな表情を浮かべる。そう、顔も体型もはっきりと浮かび上がったのだ。


「高貴なる魂よ、よこしまな力より解き放たれ、天に召されよ!」


 イリスの杖から光が放たれる。すると、亡霊は穏やかな表情を取り戻した。それはとても美しかった。その上、霊体とはいえ美しい裸体も見せてくれる。さすが騎士なのだろう、しっかり鍛えているようだが、女性らしく出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。


「手に、口づけしたいみたいですよ」


 亡霊は俺の前にひざまずいて手を取ろうとしていた。しかし実態はないのですり抜けてしまう。俺は自ら、その手を彼女の口元に持っていくと口づけをし、天に昇って消えていった。


「最後に騎士道精神を取り戻したみたいですね。無事に天に召されました」

「お疲れさん。さっさと鎧を回収して帰ろうぜ」


 鎧はかなり重いようだ。念のために荷車を借りてきて正解だった。


「ごめんなさい、ちょっと寝てていいですか」

「ああ、荷台で休んでな」


 今日は疲れたのだろう。ゆっくり寝かせてやろう。彼女の寝息を背中で聞きながら、俺は意気揚々と街まで引き上げるのであった。


 それにしても騎士さん、幽霊だけど美人だったな。

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