最終章 学連
2日目、心
弓道場の駐車場。拓真はバンの荷台を開けて、今大会の運営で使用された資機材を積み込んでいた。弓道場の玄関から、透明なコンテナを運ぶ小町と伊田。拓真は2人から箱を受け取ると、車両に積み込んでいく。
「藤本ッピさ。事務所に荷物を降ろしに行く人って決まってる?」
「あー。俺と今高、あとは成安と安井かな? 事務所の近くにある駅から遠い組は、すぐそこの駅から帰ればいいっしょ」
「はぁーい。いつも、ありがとうございまぁーす」
「あ、伊田。そこに置いといて、積んどく」
ガラス張りの玄関の前には、まだいくつもの段ボール箱と、運営で使用した小道具などが積まれていた。拓真も荷物を持ってこようと、小町と伊田に任せ、バンを離れた。荷物を抱えて歩く、國丸と寺尾とすれ違う。
「なんかめっちゃ重い! なにが入っとんこれ? もっと軽いのにしとけばよかった!」
「うん。湯呑みセットだよきっと。僕のはインカムが入ってた。交換する?」
「いい! だってそっちのが重たそうじゃね?」
「うん。重いよ」
國丸は眉毛を移動させ、猫になりながら歩いていく。寺尾はブーブーと文句を言いながら、バンへと向かった。
拓真は玄関前まで来ると、荷物をそっちのけでスマホをイジってる今高に言った。
「おい今高、何サボってんだ?」
「今神ゲーやってんだ、気が散る。藤本、お前が運べ!」
「何が神ゲーだよ、どうせ特撮ものだろ?」
「うるさいぞ襟足、気が散ると言っただろう」
今高のスマホの画面をチラっと見ると、敗北という二文字が浮かび上がる。今高は吠えた。
「クソが! なんだこのクソゲーは! おい襟足、サボってないで運ぶぞ!」
「お前ホント特撮好きだな」
今高は軽そうな荷物を持つと、スタスタと歩いていった。拓真も荷物を持とうとしたとき、ガラス張りの自動ドアが開いた。成安と安井だ。
「成安、最終チェックは済んだか?」
「ああ、私と安井でひと通り見回った。特に目立った破損もないし、大丈夫じゃないか。それより私は管理人室に鍵を返しにいってくる。あとは頼んだ」
「置いて帰ればいいのか?」
「何を言ってるんだ君は……私の家は事務所から近い事を知っているだろう。こんなところで無駄に電車賃を浪費したくないんだ。車に乗っていくと決まっているだろう」
「へい」
成安は弓道場の鍵を持ち、歩いて施設内にある管理人室を目指した。徒歩15分程度の場所にある。
拓真は荷物を抱えると、安井も最後の荷物を抱えた。銀色のバンを目指しながら、2人は歩いていく。
「ねぇ、藤本くんさ。どうしてSNSやらないの?」
「興味がないし、通信料もかかる。ただでさえ食費と光熱費でヒイヒイ言ってるのに、やろうと思わん」
「そっか。じゃあ仕方ないか!」
「なんだ? なんか意味ありげだな?」
「ううん。なんでもない。お楽しみはとっとかないとね」
「よくわからん。それより早く積んで、早く帰ろう。この後オンボロ事務所で備品の整理しなきゃならん。そしたら車の返却だ、家着くの夜だわなーこりゃ」
「あはは。よろしくお願いします!」
他愛もない話をしながらも、荷物を積み込み、帰り支度をする。
やがて靴へと履き替えた拓真が、バンの運転席へと乗り込むと、残りのメンバーは後部座席へと座る。ガヤガヤと騒がし声が飛び交う中、拓真は成安が帰ってくるのを待った。
拓真はサイドミラーに映る弓道場を眺める。
今回は異例の練習試合という事もあり、下の代は来ていない。次にこの場所へと来た時、それは拓真達の代と、下の代によって運営される事となる。
拓真にとって、自分達の代だけで運営出来たこの練習試合は、一生の思い出になるだろうと確信していた。
「ん、成安が来たな」
キノコ頭の男が歩いてきた、助手席のドアが開く。パソコンを大事そうに抱えながら、成安は椅子へと座り、シートベルトを着用した。カチッと音が鳴る。
キーを回し、ブオンと鳴るエンジン音。ゆっくりとバンは進みはじめた。成安は眼鏡をクイクイっとすると。片手でハンドルを持つ拓真に言った。
「片手で大丈夫なのか? 安全運転で頼む」
「はぁ!? お前が言うんじゃねぇ!!」
***
静かな住宅街の一画、道幅は狭く、緩やかな坂道を登ったその場所に、学連役員の事務所があった。
きな臭いボロアパートの101号室。室内は4人家族が難なく生活出来る程度の広さ。剥がれた壁紙、踏み込むと抜けそうな木の床。染みた畳。壁から飛び出たコンセント。そんな室内には、積んで来た荷物を降ろし、備品を整理する紺色の弓道衣姿が4人いた。
成安は押入れの襖にもたれ掛かり、パソコンのキーボードを叩いていた。インカムの点検していた拓真が、成安に言った。
「成安、また変なサイト見てんの?」
「違う。君は私がパソコンを触っていると、いつもそう言うよな」
「いやいや、一昨日の昼休憩中の時だって触ってたろ」
「あれはたまたまだ。今回はちゃんと書類を作成している」
「じゃあ見せてよ」
「駄目だ」
今高が積まれた段ボールに背中を預け、スマホをいじっている。せわしく音が鳴り、誰かしらの喋り声が聞こえていた、何か動画を見ているようだ。
サボる今高に、拓真は今高に言った。
「それ何の動画?」
「藤本の推理パフォーマンス」
「は!? なんで!?」
「お前さ、動画とられまくってたの知らないの? 今日一バズってて凄い事になってるぞ。再生数もぱねぇ。良かったな、自慢の襟足が多くの人に見てもらえて」
「個人情報の漏洩だ!! やめろ!!」
「はいはい、これさ、どうにも出来ねぇからよ。マジで乙」
拓真がまったく考えていなかった事態である。SNSをやらないため、こういった情報に関しては人一倍、鈍感なのである。安井は笑いながら、部屋にぶら下がる糸に、透明な箱に入ったトランプを引っ掛けた。糸の先は、丸い照明器具に繋がっている。
安井もスマホを取り出し、拓真に言った。
「あのさ! ちょっと見てもらいたい写真があるの!」
「え、なに?」
安井が差し出したスマホの画面には、紺色の弓道衣、袴姿の男。モップを手に持っている。拓真の顔には「◯」のスタンプが押してあるが、その襟足の長さと服装からして、どっからどう見ても拓真だった。
拓真は絶望した。心はこの世の最果てにたどり着きそうになるも、気合いで戻ってくる。そして顔をしかめた。
「鈴木……あいつ!! ゆるさん!!」
「あはは、コメントしたら?」
「やり方がわからん!! それに個人情報が漏洩するだろ? だからやらない」
「今どきさ、そんな事言ってるの藤本くらいだよ? ホントおかしいんだけどさ」
安井は腹を抱えて笑う。
「あーでもどうにもならないなら……まぁ諦めるわ」
「諦めるのはや! もっと頑張れよ!」
「いや、面倒くさい。トクバイのチラシ見てたほうが楽しい」
「いやいやいや、主婦かよ!」
こうして、夕方ほどで備品の整理を終えた拓真達は、きな臭いアパートから帰路へとつく。成安は事務所の鍵を持ったまま、ドアの外へと立ち。安井から順に外へと出ていく。
スマホを触りながら玄関をまたいだ今高が、靴を履く拓真に言った。
「藤本さ、車返した後、飯でも食いにいかね?」
「ああ、いいよ。どうせ家には何もないし。明日はどうせ祝日だし、安井も行くか?」
「あ、じゃあ帰ったみんなにも声かけようぜい!」
成安はドアを締める直前、部屋の中央にある、ヒモにぶら下がるトランプに目を向けた。
そして眼鏡をクイクイっとしたあと、ドアを閉め、鍵をかけた。
「ご飯食べにいくなら、私もいく。ステーキが食べたい」
「お、成安、じゃあ経費で落とそうぜ」
「駄目だ。なんで君はそういつもいつも無茶苦茶な発想が出来るんだ!! 不思議でたまらない」
「よっしゃ! あそこのステーキ屋に確か神ヒーローガチャがあったはず。行くぞ!」
「あ、もしもし〜。あのさ、これからさ―――」
紺色の弓道衣、墨色の袴姿。異例とも言われる練習試合の運営を終えた学連役員8人は、この後、ステーキ屋で盛大なる打ち上げをする事となる。もちろん、袴姿のままで訪れようというのだ。
そして―――バンは走り出す。
これから合流する4人のメンバーと、時間を共に過ごすために。その時を過ごす価値は、貧乏学生である拓真の心、その気持ちを大いに潤すのだ。
お金で買えない価値がある。―――関係がある。
それは人と人との繋がりと、互いに支え合い、純粋に心から思いやる事が出来るもの、それこそが〝想い〟である。
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