死魂送り~とある双子の葬還譚~

椿野れみ

第1話 納得出来ない判決だから

「出せ、コラー!」


 私こと神原聖かんばらせいは、目の前に広がる赤い鉄柵を掴み、乱暴に揺らす。ガシャガシャッと金属が填められた穴の内側でぶつかり、何度も悲鳴をあげていた。けれど、そんな事お構いなしに私は揺らし続ける。


「こんな所に問答無用で入れるなんて最低だし、非道よ! 鬼畜よ! 外道よ! だから出しなさいよー!」


 大声を張って罵り、そうだそうだ! と、囃す様にガチャガチャと鉄柵を鳴らした。


 すると後ろから「聖」と、私を呼ぶ声がする。

 私はその弱々しい声に手を止め、「何よぅ」とうんざり気味に振り返った。


 私とそっくりの顔、そっくりの背丈。


 見た目で違う所は、ストレートの黒髪を耳の辺りで切っている所と、胸の膨らみがまったくなくて筋肉質な体つきをしている所だ。

 髪を長くして、胸にパッドを多く入れたブラを付ければ、完璧に私に見えると思う。

 当然、逆も然りだ。私達はね。まぁ、ただ見た目を寄せても中身ですぐにバレる。


 兄の結生ゆきは衝突や争いを厭う優しい性格だし、ニコニコと人当たりが良いから。あ、勿論、声でもバレるけれどね?


「いい加減、大人しくしておかないとマズいかもしれない……ただでさえ、この先どうなるか分からないんだから」

「だから大人しくしろって? 馬鹿言わないでよ、結生! このまま大人しくしたら、判決を飲み込んだって事になって、連れて行かされちゃうかもしれないのよ!」

 私は言葉を区切る様にツカツカと歩き出し、憤然としたまま結生の前に立った。


「不当な判決だって言うのに! このままだったら、私達、!」

 ガシッと結生の肩を荒々しく掴み、先程の鉄柵と同じ様にぶんぶんと揺する。


 結生は私にされるがままで「不当……って訳ではないのかもしれない」と、力なく言った。

「本で読んだ事あるけど、僕達が行けって言われた阿鼻地獄って言うのは」

「殺生をした者、その中でも一番業が深い者が行く」

 結生の言葉を遮る、耳の奥まで震えさせるいやに艶めかしい声に、私はハッとして後ろを向いた。


 カツンカツンと黒のピンヒールを履いていながら、ぶれる事なくまっすぐ一歩一歩歩んでくる女。


 腰辺りまで伸びた髪は、メラメラと燃える炎の様に赤く、蛇の様にうねっている。

髪だけじゃなくて、大きな猫目の瞳だって、唇だって、明るい赤色。でも、どこか毒々しくて恐ろしい赤色だ。

 艶めかしい身体にピタリと沿った、胸と肩が大きく開いた大胆なタイプのドレスにも、黒を基調とした生地に赤色のデザインが所々織り込まれている。


 全ての視線を独り占めする程の美しさを持った容貌だけれど。厳めしい黒色のマントと金色の錫杖。「閻」とおどろどろしい字体で書かれた帽子を被っているせいで、溢れる美しさは近寄りがたい美しさに昇華されていた。


 女は私達の檻の手前で止まると、ふふふと蠱惑的に微笑む。


「そう、其方等の様にじゃ」


 その一言に、結生は力なく顔を伏せ、私はバッと飛びかかる様に柵を掴んだ。


「私達が悪いんじゃない! あのままだったら、私達が死んでた! って何回も言っているでしょ、いい加減分かりなさいよ! このクソババァ!」

 空気がピシッと強張り、女の後ろに控える二匹の鬼達が息を呑む。一匹は「貴様!」と醜い声で怒り、もう一匹は恐ろしげに身を竦ませていた。


 後ろに居る結生も「せ、聖」と、私を慌てて諫める。


 けれど、私は結生の制止も無視して、女を忌々しく睨めつけながら「分かったらさっさと出しなさいよ!」と叫んだ。


 すると目の前の女が、突然ハハハッと高らかに笑い出す。


「まこと面白き小娘じゃのぉ! 判決が気に食わぬからと移送の鬼をド突き、刀を奪って兄と共に逃走し、捕縛され牢に入れられた後も騒ぎっぱなし。あろうことか、このわらわに……に面と向かってクソババァと呼び捨て、啖呵を切った」

 こんな奴は、幾年ぶりじゃ。と、面白そうに腕を組んだ。しゃらんと錫杖と、耳に付けられた金色のピアスの飾りが鳴る。


 私は「そんな事言ってないで、早く出して!」と、荒々しく鉄柵を打ち鳴らした。


 すると閻魔は「無理じゃ」と、私が鳴らす音よりも力強く告げる。

 艶めかしい声がガラリと変わった。物々しい威圧を纏う底冷えした声に、流石の私もビクリと強張ってしまう。


「わらわ達、十王が決めた判決は絶対じゃ。故に、覆す事も変える事も出来ぬ。もう一つ言わせてもらえば、小娘よ。其方等の判決は、適当そのものじゃ」

「だからぁ! あれには事情が」

「あったにしろ、何にしろ、其方等の罪は親殺しだけではないからのぉ。其方等は、ではないか」

 フッと口角を上げて告げられるが、私はその言葉に「はぁ?」と呆気に取られた。


「私達、そんな重罪背負ってないわ」

 そうよね? と後ろを窺うと、やはり結生も思い当たりがないらしい。「親殺しと同等の重罪?」と独りごちて、考え込んでいた。


 私はそんな結生を一瞥してから「やっぱりね」と、閻魔に向き直る。


「オバサンの勘違いよ」

「舐めた口をきくな、小娘! 閻魔大王様の御前であるのだぞ!」「閻魔大王様、こんな小娘はもう阿鼻の界に突き落としてしまいましょうぞ!」

 オバサンと言い放った刹那、轟々と飛んで来るヤジ。


 私は「後ろのうっさい!」と噛みついてから、閻魔を見据えた。


「兎に角、私達が負った罪は私達のせいじゃない。よってこの判決は不当、異議申し立てをするわ」

 仮にも裁きの王様なんだから、この申し立ては聞き入れるべきよ。と、ふんと荒い鼻息を付けて言う。


 閻魔は錫杖を持たぬ手を顎に軽く添えて、「ほぅ」と面白げに零した。


「そう言われてしまえば、その申し立てを無下に棄却する事は出来ぬものじゃな」

 さもなければ、わらわの権威と尊厳に傷が付いてしまうからのぅ? と、私の狙いを見透かした様にニヤリと目を細める。


 私はギリッと軽く歯がみするが。これ以上ペースを乱されるものか、主導権を渡す物かと「その通りよ」と高圧的に腕を組んで言葉を返した。


 すると閻魔は「良かろう」と、声を張り上げる。


「其方等の判決を変えてやろう」

 真っ赤な唇から紡がれた言葉が、それぞれに衝撃をもたらした。


 後ろは「大王様? !」とどよめき、私はパッと顔を輝かせて、結生に喜びをぶつけに行く。

「ほらねっ、ほらねっ! 結生! 私の言った通り、暴れた方が良かったでしょ!」

 ニカッと破顔して言うが、目の前の顔は不思議と晴れていない。


 驚きと困惑をくるんくるんと混じらせた表情で、結生は「う、うぅん」と曖昧な言葉を吐き出した。


「そう、かもしれないけど。でも、そんな上手い話があるものかどうか」

 純粋に喜ばない結生に、私は「もう、何言ってんのよ!」と若干の苛立ちを込めながら突っ込もうと口を開く。


 だが、その突っ込みが発せられる事はなかった。


「ほぅ、兄の方は賢しいの」と、安穏な声が覆い被さったから。


 私はその声に反発する様に、「はぁっ? !」と乱暴に振り返る。

 だが、振り返った先の閻魔は「小僧の推測する通りじゃ」と、泰然と構えていた。


「其方等には、これからある事をしてもらう。それを達成すれば、其方等の判決を変えようではないか」

 フッと意地の悪い笑みを零し、威厳の象徴である錫杖をカツンと挑戦的に床に打ちつける。


 その瞬間、私の口からは「はぁぁぁっ? !」と大絶叫が、いや、大批判が飛んだ。


「何それ! 何で私達がそんな事をしなくちゃなんないのよ!」

「怜悧な兄と比べると其方は随分愚鈍じゃのぅ、小娘」

 閻魔はフッと冷笑を零し、肩を大仰に竦ませてから「当たり前じゃろうて」と尊大に告げる。


「何もせずに何かを変えようと言う甘えと傲慢が、ここで許される訳なかろうよ。殊に、其方等は適当であると言う判決を受けた重罪人共。そんな者達が、何もせずに決定を覆せると思うか?」

 淡々と鋭く問い詰められ、私は「それは……」と言葉を詰まらせた。


 閻魔はそんな私に対して「そうだろう」と冷たく重ねてから、「判決を覆したいならば」と物々しい声音で言い放つ。


「それ相応の事をして、わらわ達王に示すのじゃ」

 さて、どうする?と、私達二人を品定めするかの様な眼差しで射抜いた。


「判決を覆す為にやるか? それとも、やはりやらぬとして大人しく阿鼻に入るか? まぁ、どちらにするかは好きにせぃ」


 私はチラと結生を窺う。結生も同じタイミングで、私を窺った。


『どうする? やる?』

『僕はどうすべきか分からないよ……聖は、どう思う?』

『私はやった方が良いと思うって言うか、やる一択よ。決定を変えられる、二度と無いチャンスだもの』

『そっか。じゃあ、僕もやるよ』


 双子だからこそ紡げる無音の会話を交してから、私は再び閻魔と対峙した。


「やるわ。勿論、二人ともよ」

「……よう言うた」

 閻魔はニヤリと微笑む。


 私達はその笑みに対し、ゴクリと固唾を飲み込んだ。


 何をしろと言われるか分からない漠然とした不安があるけれど。もう後には退けない、やるしかないのよ。


 ……いいえ、そうじゃないわ。やってやるわって感じよ!

 どんな事も、二人で乗り越えてきたんだもの。今回もいつも通り、二人で乗り越えるだけ。


 安らかな天国に行く為に! 必ず、二人でやり遂げてみせるわ!

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