邂逅

 ベッドにすがって泣く以外になにが出来るって言うんだよ。生きててよかった、どんなに会いたかったか。これに気づいて目覚めた健太郎は、


「アリスじゃないか、来てくれたのか」


 来るに決まってるじゃない。今来ないでいつ来るって言うのよ。大三島から苦心惨憺してやっと来れたんだよ。


「大三島って・・・瀬戸内海だろ」


 そうだよ、あんなところからコトリさんとユッキーさんに助けてもらってなんとか会いに来れたんだ。でも疲れて眠っていた健一を起こしちゃった。これは良くないよな。これで健一の体調が崩れたら責任問題だ。


「大げさだな。入院だって念のためだし、眠っていたのは消灯時間だからだよ」


 でも話を聞くとそんなレベルじゃないじゃない。相手はやはり本職だ。それも刃物を持っていたのか。


「警察の人が言うにはドスの兆次とか言って、その世界の有名人らしいよ」


 聞くからに強そうじゃない。


「ああ本職ってあれほどだったのは誤算だったかな」


 健一が言うにはドスの兆次って野郎も健一のことは知っていたみたいだって。とにかく組んだら熊みたいに強いのもね。だから組み合わずにドスで襲い掛かって来たで良さそう。兆次のドスさばきは鋭くで、


「けっこう切られたかな」


 それは見ただけでわかる。包帯でグルグル巻き状態だもの。健一はたしかに強いけど系統だった武道とか格闘術を身に着けてるわけじゃない。それであれだけ強いのは置いておく。そんな健一でも兆次のドスを防ぎ切れなかったって・・・当たり前じゃない。相手はドスを振り回すその道のプロじゃない。


「そうだった。だから腹を括った」


 このまま削られるように切られ続けるのは不利だって。この辺はドスの兆次の計算ミスもあったんじゃないかって言うけど、どれだけ切られたんだよ。


「殆どが浅いよ。たぶんもうちょっと踏み込まないと行けなかったんだろうけど、踏み込んで捕まえれるのを警戒したのだろう」


 浅いと言ってもドスに切られてるから血塗れ状態だったで良さそう。


「だから誘ってみた」


 はぁ、誘うってどういうこと?


「出血が応えてふらつくフリをしてみた」


 そんな様子を見せたら相手だってトドメを刺しに来るでしょうが、


「ああ来た」


 それを躱してカウンターを、


「それほど甘い相手じゃないのはわかってたから腹を刺された」


 なんだって! 本職のドスなんかに刺されたら死ぬだけじゃない。とりあえず生きてるのは間違いないけど、


「兆次は腹を刺してそこから捻り上げるように切り裂くつもりだったはず」


 死ぬ、死ぬ以外にない。


「だからそうさせないようにした」


 ドスを手で掴んだのか、


「いや腹筋に力を入れた」


 はぁ? はぁ? はぁ? それって冗談でしょうが。兆次は健一の腹を刺したけど刺さったドスがビクとも動かなくなったって・・・そんなもの信じろと言うの。それで。それで、


「兆次を殴って終わり」


 兆次のドスは刺さったのは刺さったけど、腹筋でガッチリ受け止められて腹の中には届かなかったって言うのかよ。それどころか抜くことも出来なくなり、焦ったところを健一の丸太棒のような腕が一旋して死んだのか。


「人聞きが悪いな。殺してなんかないよ。刑事さんの話ならICUで治療中だよ」


 よく兆次って野郎は生き残れたものだ。健一が言うには腹に刺された傷が少し深めだけど外来の処置だけで帰れるって思ったそうなんだ。あのね、ドスに切られまくられて、刺されまでしてるんだよ。入院するのが当たり前でしょうが。つうか、生きてるのが不思議なぐらいだ。


「やっぱり本職は一味違うよ」


 そういうレベルの問題でないでしょうが。健一は素人なのよ。その素人が素手でドスを持った本職と渡り合う事自体があり得ないのよ。もう聞くだけで震え上がった。


 ドスの兆次が裏社会で有名なのはその冷酷さもあるらしい。仕留める相手の情報を十分に集めて、その弱点を狙って来るとか。兆次はドスも強いのだけど、殴ったり蹴ったりの喧嘩もムチャクチャ強いらしいけど、


「ピストルは得意じゃなくて助かったかも」


 あのね・・・でも殺しなんかやったら前科どころか死刑になったり、二度と刑務所から出て来れないはずじゃない。それぐらい本職への対応は厳しかったはずだけど、


「ああそれか。そりゃ殺人犯として逮捕されたらそうなるよ。でもね、本職の殺しはそうじゃないんだって」


 本職の殺しは殺人と死体処理までセットで行われるのか。つまりって程じゃないけど、殺しが存在しないようにされてしまうってことみたい。あれだな、山に埋めたり、海に沈めたり、


「ボクもそんな感じだと思ってたのだけど、山なら掘り返されたり、海なら浮いてくることもあるから今のトレンドは違うそうなんだ」


 この話のポイントは殺しを行っても死体が見つからないようにすることだそうだ。人殺しが起きれば警察が動くのだけど、警察が殺人事件として動くには死体の確認が必要なのか。死体が無ければ殺人事件でなく行方不明者扱いになり実質的にそれで終わってしまうとか。


 だから死体処理は裏の人間にとっても万全を期したい点みたいで、オーソドックスな山とか海では不安が残るぐらいらしい。じゃあ。じゃあ、今のトレンドってやつは、


「溶鉱炉に投げ込むとか、薬品で溶かしてしまうとかみたい」


 それってターミネータ―の世界じゃないの。健一も一歩間違えば溶鉱炉で灰になり、行方不明者にされていたって事よね。まさに生きるかこの世から消滅するかの瀬戸際にいたことになるじゃない。


 アリスは決めたぞ。健一にはこんな危険な仕事を辞めてもらう。健一はアリスが食わせる。そして大使館の一角のあの奇妙なマンションで暮らしてもらう。無職はかわいそうだから、ユリア侯爵に頼んで大使館の警備員に雇ってもらおう。そうすれば安い家賃がタダになる。


 だってだって、ドスの兆次が負けたら次にもっと強いのが出て来るのがこの手のシナリオの王道中の王道だ。ドスの兆次でさえクラスで言えばナッパぐらいの下っ端で、そのうちドドリアとかザーボンが出てきて、そいつらを倒したってギニュー特戦隊が出て来るんだ。


 ギニュー特戦隊にたとえ勝ったとしてもラスボスフリーザがいる。こいつなんて二回も変身しやがるんだぞ。そんな連中との戦いに生き残れるものか。


「アリス、それってドラゴンボールの世界だ」


 だから喩えだって、ドラゴンボールの世界ならドラゴンボールを集めて復活出来るけど、ここは現実社会だ。一度死んだら蘇らないんだぞ、もし健一が死んじゃったらアリスはどうやって生きていけば良いのだよ。そのためなら、


「落ち着いて。ドラゴンボールの世界と現実は違うだろ」


 ラオウとかカイオウが出て来るとか。ハンってのも無茶苦茶強そうだった。


「それは北斗の拳だ。刑事さんの話によると・・・」


 まずドスの兆次は裏社会でも別格ぐらい強くて伝説扱いされてるそうなんだ。良くそんなもの相手に生き残れたものだ。イメージとしてはラスボスみたいな存在なのか。


「だから代わりと言ってもいないんじゃないかとしてた。それでもってアリスは不安かもしれないけど、あっちの方でも何か手違いがあったはずだって」


 手違いって?


「うちはエレギオングループの仕事を良く請け負うし、メインバンクだってエレギオンHDの肝いりみたいなものじゃないか。さらに言えばアリスなんかエレギオンの女神の旅の仲間だし、ボクだって月夜野社長や如月副社長とそれなりかも知れないけど仲良くさせてもらってる」


 まあそうだけど、そんな事まで知ってるのかな。


「あいつらだって裏の情報網を持ってるからな」


 あれだな。裏のプロの情報屋が暗躍する世界だな。情報屋って警察よりそういう情報に精通してるって言うものな。


「つまりボクに手を出せばエレギオンの女神が黙っているかどうかレベルの話になるのだよ。これは裏社会であっても危急存亡に関わる大問題になるはずだって」


 コトリさんやユッキーさんってどんだけ怖い人なんだよ。裏社会の人間でさえそこまで恐れられるって言うの。


「今ごろは事態の収拾に走り回っているんじゃないかとしてたよ」


 手打ちってやつだな。


「そんなにエレギオンの女神は甘くないのだよ。そりゃ、そういう社会の人間が大嫌いなのも有名すぎる話だ」


 好きじゃなさそうだけど、


「あの手の連中の手打ちで厄介なものだったら双方が頭の上がらない仲介人を立てるのがあるけど、エレギオンの女神相手になるとアメリカ大統領でも役不足じゃないかな」


 言われてみれば。そうなると手打ちに持っていくために並大抵じゃない苦労が待っているのか。


「だから危急存亡の大問題だって。これは伝説レベルの噂話だけど、女神たちの不興を買ってどれだけの組が潰されたことか。だからボクのことなんて構ってる余裕なんて無くなってるはずだって」


 コトリさん、ユッキーさん・・・

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