阪九フェリー

 フェリーは十六時三十分発だからその一時間前にフェリー乗り場に行くことになる。今いるのはポートアイランドだけどフェリー乗り場は六甲アイランド。お隣の島だけど、


「近いで、二十分ぐらいで行けるから四時半ごろに部屋出るわ」


 そのビルの中の家だけど、まさに庭の中のお屋敷だ。朱塗りの木橋を渡ったところにエレベーターがあり、乗り込むとコトリさんが何やら操作して、どこにも停まらずに地下駐車場に。その一角にシャッターが下ろされてるところがあり、


「よっこらしょ」


 電動やないんかい。コトリさんが手で開けるとアリスのダックスもいる。もう荷物は勝手に積まれていて、


「こっちも行けるで」


 コトリさんたちが荷物を積み込むと出発。どうやって行くのかと思ってたら神戸大橋の方へ。そこから、


「ハーバーハイウェイを一走りや」


 やべぇ、小銭を用意していないと慌てたけど原付は無料みたいだ。


「自動二輪も無料よ」


 そんな道があるんだ。道は六甲大橋から六甲アイランドに入り、


「左やからな」


 そうだった、そうだった。フェリーターミナルは六甲アイランドの北側にあるんだよね。走って行くとフェリーが見えて来たぞ、まず見えたのが別府に行くさんふらわあでその隣が阪九フェリーだ。


 駐車場に入ると乗船券をチェックされて、どうもそのまま乗り込めるみたい。フェリーの後側に回り込んでランプウェイを渡って乗船だ。フェリーに入ると前に前にと誘導されて、あそこか、船首の方にバイク置き場があるみたい。ギアをローに入れて荷物を担いで船内に。五階までエレベーターで上がってフロントで部屋のカギをもらって六階に。


「ユッキー、洋式って不便やと思わへんか」

「シングルかツインがメインだものね」


 あ、それ思うときある。ビジホなんか典型だけどシングルとツインしかないもの。ビジホはビジネス用だからそんなものだと思わないでもないけど、シティホテルだって基本はそうだものね。


「欧米人はベッドで寝るからだろうね」


 だから一部屋に泊まれる人数はベッドの数で制限されるのかも。でもさあ、欧米人だって観光旅行はするし、三人組以上の時だってあるはずだよ。たとえば家族旅行とか。


「向こうのホテルはドライやものな」

「そういうものだと思ってるんだろうね」


 これは日本と欧米のホテルの基本的な違いだそうだけど、日本のホテルは泊まる時に一人当たりの料金が考え方の基本だそう。それに対して欧米は一部屋あたりが基本で、


「一概に言えんかもしれんけど、一部屋に何人泊まっても部屋代だけや」


 でもベッドは一つか二つでしょ、


「一つのベッドに何人寝てもかまへんし、ソファでも、床でもOKや」


 それはそれでと思うけど、そういう使い方が伝統と文化なんだろうな。でもさぁ、和式旅館だったら、


「そりゃ、融通利くで」

「布団が敷ける範囲だけ寝れるもの」


 そう一部屋当たりの利用人数の上限は布団がどれだけ敷けるかなんだよ。だから一部屋に三人とか四人なんて当たり前なんだものね。日本人なら布団があれば満足だもの。と言うわけじゃないけど今回は三人旅。洋式ホテルには不利な人数だけど、


「ここや」


 着いたのはデラックス洋室。ここもツインが基本だけどエキストラベッドで三人になる仕組み。


「後でクジ引きや」


 さすがに割高だけど、


「か弱い女の子の旅やからな」

「これは必要経費よ」


 一番安い部屋なら半額ぐらいだけど、阪九フェリーはカプセルホテル形式じゃなく改善型の雑魚寝の大部屋。


「カプセルホテル式でも千円高いだけやけどな」


 この二人なら雑魚寝部屋はともかくカプセルホテル形式なら平気で泊まりそうで怖い。


「出航でも見に行くか」


 フェリーに慣れた人なら今さらで行かないだろうけどアリスは見たい。


「コトリも嫌いやないで」

「わたしも」


 展望デッキに出て景色を楽しんでいたら出航みたいだ。汽笛が鳴らされ船が岸壁から離れる風景はやっぱり心を掻き立ててくれるものがある。


「フェリー旅は病みつきになることがあるもんな」

「この特別感が良いのよ」


 旅行に欲しいのは高揚感だよ。それも日常からの脱却と言えば良いのかな。これから未知の体験をして楽しむぞの心構えを作ってくれるものが欲しい感じ。飛行機旅行が好きな人なら空港に行き、乗り込んだ飛行機が空を飛ぶことでそうなれるって言うものね。


「鉄道好きなら新幹線に乗り込むだけでトリップするって言うとったわ」


 新幹線じゃなくても特急とか、線路が見知らぬ土地に入って行くのに興奮するとか。フェリーもそうだと思う。フェリーなんて飛行機以上に普段は乗らないものじゃない。港に行って、フェリーに乗り込んで、そこから海路だよ。


「船旅こそ究極のロマン旅かもしれんな」

「だからクルーズ船に人気があるんだろうけど、こっちは格安よ」


 そこも大きい。北九州に行くだけなら飛行機だって新幹線だってあるけど、


「同じ値段で船旅が楽しめるもんな」


 割安にだって出来る。そりゃ、時間はかかるけど、


「交通費で船旅しながら一泊しとるからな」


 不便なところだってあるけど、嵌まれば病みつきになるのはわかる気がする。さて出航シーンも見送れたから、


「とりあえず風呂や」

「その前に売店よ」


 風呂に入るにはタオルが必要なんだけどバスがない部屋には備え付けがないのよ。持参してきても良いのだけど荷物になるし、


「乾かすのが面倒や」


 夜だけなら朝までに乾かせるけど、朝風呂も入るから後の始末がツーリングでは困るのよね。さて大浴場だけどこのフェリーの特徴は露天風呂もあること。なんか贅沢な気分になる。さっぱりしたら、


「メシや」


 阪九フェリーはアラカルト方式で、トレイを持って回りながら食べたいものを取り、最後に会計してもらうスタイル。


「トラックの運ちゃんに合わせてるんやろ」


 フェリーの方がオシャレだけど基本は同じかも。食品棚に並んでいるもの以外にもオーダーも出来て、


「いただきます」


 フェリーで食べるご飯は格別だ。てか、こいつらどれだけ食べる気だ。


「ツーリングは体力勝負やで」

「そうよ、これでも美容と健康のために腹八分にしてるんだから」


 それで腹八分なら大食い大会に余裕で出れるぞ。だいぶ見慣れたけど二人の化け物食いに付き合ってから、


「夜はこれや」


 売店でビールをしこたま買い込んで部屋に戻った。なんでも飲みそうだけどビールはとくに好きそうだ。だってだよ、昨日泊めてもらった家のリビングの一角にビールサーバーが並んでたもの。それも五本ぐらいあったじゃない。


「昔はビールしかあらへんかったからな」

「ワインは輸入品で高かったし」


 お前らどんなとこに住んでたって言うんだよ。日本酒だって焼酎だって、ウイスキーだって日本のどこにいても買えるぞ。


「エエ時代になったと思うてるわ」

「今から思えばホントに何もなかったもの」


 あのな、コトリさんこそ月夜野社長は七十歳を超えてるって健一は言ってたけど、それでも七十歳だぞ。半世紀前だって今ぐらいのお酒の種類は買えたはずじゃない。


「月夜野うさぎやったらな」

「立花小鳥でも、小島知江でもそうじゃない」

「木村由紀恵でもそうやろが」


 誰だそいつら。


「細かいことはエエやん」

「そうよそうよ」


 どうも最後のところがよくわからない二人だ。

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