第8話 姫から幸せなメイドへ(ヴィエルジュ視点)

 アルバート魔法王国第二王女。それが私、ルージュ・アルバートの肩書きだった。


 自分で言うのもなんだが、私は魔法の国の姫なだけあって魔法の才能に恵まれて産まれてきた。


 魔法を教えてくれる先生よりも魔法の扱いには長けており、神童だなんて呼ばれていたっけ。


 でも、神童じゃだめみたい。


 天才はすぐ近くにいた。


 私は常に双子の姉であるアルバート第一王女、フーラ・アルバートと比べられる対象。


 お姉ちゃんはいつも私の一歩先を行ってしまう。


 私が風魔法で空を飛べた時、お姉ちゃんは既に隣の国まで飛んで行った。


 私が水魔法で水の上に立てた時、お姉ちゃんは水の上を走っていた。


 私が下級魔法を詠唱なしで唱えることができた時に、お姉ちゃんは既に中級魔法を詠唱なしで唱えることができていた。


 結果、私は周りから姉の劣化版だと罵られてしまっていた。


 でも、そんなお姉ちゃんとはかなり仲が良かった。


 いつも側にいてくれて、励ましてくれて、手を差し出してくれて、暗い性格の私を引っ張り出してくれる。


 そんなお姉ちゃんが大好きだった。嫉妬がないと言えばうそになるが、それ以上に、いつも一歩先を行くお姉ちゃんへ憧れの方が強かった。


 いつかお姉ちゃんに引っ張られるのではなく、隣に立てる存在になりたい。


 そう願っていたのに──。


 ある日を境に私の体調は徐々におかしくなっていった。


 いつ出来たかもわからない手のアザが広がっていくと、私は一気に肉が腐っていき、肉体は化け物へと変わってしまった。


 噂に聞く、『魔人の呪い』というやつだ。


 ある日を境に体内の魔力が一気に増加。制御できなくなった魔力は体内で暴走し、一気に体が腐っていく。


 まるで人が魔人になるような様から、『魔人の呪い』なんて名付けられたみたいだ。


 こうなったら処刑は免れないとのこと。


 私は王族ということもあり、こっそり処刑されることになった。公には病死ということにしたらしい。


 だが、すぐに処刑はされなかった。


 まだ人の形を保っていた私は、どこかの地下牢で血を抜かれていたのを薄っすら覚えている。


『こいつはもう用済みだ。処分だな』


 今日も血を抜かれると思っていたが、どうやら処刑らしい。目の前の人が私を斬ろうとしている。こんな腐った体じゃ人と言えない。一思いに殺して欲しい。


 そう思うのと同時に私の脳裏にはお姉ちゃんとの思い出が蘇ってしまう。


 死にたくない……!


 そう思うと、体が熱くなり魔力の暴走が激しくなる。


 なんだか物凄い力が溢れてくる。


 目の前の処刑人が青ざめているのがわかった。


『あ、ぁぁ……。助け──げふっ!』


 もうそこからはなにも覚えていない。ただ、目の前の処刑人から逃げるので必死だった。


 沢山の人の断末魔の叫びと建物が崩れる音がした気がするけど、私の意識は既に途切れていた。




 ♢




 温かい。


 優しい。


 ふと、気が付くと私はなにかとてつもなく心地の良いものに抱きしめてもらっている感触だった。


 天国と言われれば納得してしまう。


「こりゃまた素敵なお姫様なこって」


 でもそこは、天国よりも優しい場所だった。


 黒い髪の毛の男の子が私を抱きしめてくれていた。


「──私のからだ……」


 ふと、腐っていた自分の体のことを思い出し、自分の体を見てみると。


「元に戻ってる……? どうして……!?」


 魔人の呪いは元に戻ることはできないはず。なのに、どうして……。


「俺の魔力を与えてみた。どうやら俺の魔力はきみにとっての解毒剤アンチドートだったみたいだな」


 彼が抱擁を解いてから事情を説明してくれた。


「あなたの魔力を……?」


 そんなことができる人がこの世に存在するなんて。


「びっくりしたよ。いつものサボり場に来たら、禍々しい姿のきみがいたんだから」


 そういえばここはどこなのだろう。彼の言葉で周りに目をやると、使われていない小屋のようだった。


 私がキョロキョロしているのを察したのか、彼が教えてくれる。


「ここはヘイヴン家の領土にある山奥の古屋だ。この場所は家族の誰にも見つからない俺の絶好のサボり場なんだよ」


 陽気にウィンクひとつ投げてくる。


「ヘイヴン家の領土……」


 私は意識が途切れながらも随分と遠くに来てしまったみたいだ。


「それで、きみの名前は? 記憶とかある?」


「あ、は、はい。私はルージュ・アルバートと申します」


「ルージュ・アルバート? もしかしてアルバート魔法王国の第二王女様?」


「はい」


「本当にお姫様だったんだな」


「ですが、もう……」


 私の意味深な歯切れの悪い言葉を彼は察してくれたみたいだ。


「病死したって聞いたんだけど。きみにも色々あったみたいだね」


 彼は優しく尋ねてくれる。


「お家に帰りたい?」


 彼の質問にふるふると首を横に振る。


「今戻っても処刑されるだけです。元に戻ったと言っても誰も信じてくれない」


「ふむ。なら、俺と共に暮らすか?」


「……へ?」


 思いもしなかった質問に随分と間抜けな声が漏れてしまう。


「どこも行く宛がないのなら俺の専属メイドになってくれよ。丁度、サボり仲間が欲しかったところなんだ」


 そう言いながら手を差し伸ばしてくれる彼の手は、お姉ちゃんのようで反射的に手を握ってしまう。


 手を握ってから、ふとメイドの仕事とはなんだろうかと不安になる。


「あ、あの。私、家事とか……やったこと、なくて……」


「そんなことはどうだっていい。言ったろ? サボり仲間が欲しかったってさ」


 微笑んでくれる彼は優しいお兄ちゃんのようであった。


「来るかい?」


 居場所を与えてくれる彼へ、コクコクと頷いた。


「決まりだ。おっと、主人の名前を名乗るのを忘れていたな。俺はリオン・ヘイヴンだ」


「リオン・ヘイヴン……」


 聞いたことがある。王都ステラシオン騎士団団長、レオン・ヘイヴンの三男だ。落ちこぼれと聞いたが、全然そんなことはない。


 噂なんてなんの意味もなさないとこの時に学んだ。


「きみは……。本名じゃなんだしなぁ」


 彼は考えると、思い付いたように私に新しい名前をくれる。


「ヴィエルジュってのはどうだ?」


「ヴィエルジュ……」


 どういう意味が込められているのだろうか。


 でも、なんだかその名前が妙に気に入ってしまう。いや、正確には彼からもらえる新しい名前ならなんだって良かったのだろう。


「はい……はい……!」


「気に入ってもらって良かった。じゃあ、俺を呼ぶ時だが……」


 彼は手をアゴに持っていき、ぶつぶつと考え込んだ。


「マスターも良い。めちゃくちゃそそる。あえてリオンくんとか? うーむ。普通過ぎる。王族がメイドだから表向きは偉そうに、裏ではあまあまな感じで……。うむ、それもそそる……」


 自分の呼び方でやたらと迷っているところに私は一撃を放つ。


「ご主人様」


「おっふ。やっぱりそれが一番だ。原点にして頂点ってな」


「あ、あの……」


 今から発する言葉が少し恥ずかしくってもじもじしていると、彼は優しく問い返してくれる。


「どうかした?」


「も、もう一度、抱きしめて、くれませんか?」


 さっきの感触が心地良く、欲が出てしまう。


 こちらの欲望を丸出しにしても、彼は余裕のある笑みを披露する。


「どうやら甘えん坊なメイドを雇ったようだ」


 こんな欲深い私へ、彼は両手を広げてくれた。


「おいで。ヴィエルジュ」


「ご主人様……」


 私はまた天国よりも優しい場所へ。


 本当に心地の良い場所。


 居心地が良くて、色々と感情が溢れてしまった。それはそのまま涙となって流れ出る。


「ぅ、ぁ……」


 泣いているのに気がついた彼が、私を強く抱きしめてくれる。


「怖かったな。辛かったな。もう大丈夫だ。俺のメイドにこれ以上、嫌な思いはさせないから。これからは楽しいことばっかりしような」


 優しい彼の言葉は私の安心材料にしては十分過ぎて涙は止まらなかった。


「うわああああああ! あああああああ!! ああああああ!!!」


 ずっと、天国よりも優しい場所で泣いてしまった。


 彼は胸元でわんわん泣き叫ぶ私の頭をずっと撫でてくれた。


 涙が止まった時、私は決意した。


 ヴィエルジュはご主人様へ一生を捧げると。




 ♢




 目が覚めると、宿屋のベッドの上だった。


 子供の頃の夢。


 アルバート魔法王国に捨てられて、ご主人様に出会った頃の夢。


「アルバートの宿なんかで眠るから昔の夢を見てしまいましたね。いや、それだけじゃないか……」


 ここに来て、成長したお姉ちゃんに出会ったのが大きいかも。


 私がすぐにお姉ちゃんってわかったみたく、お姉ちゃんもすぐに私だって気が付いてくれたね。私達は血を分け合った双子。成長した姿で出会ってもすぐにわかる。


 でも、私はもうルージュ・アルバートじゃない。


 リオン・ヘイヴン様に仕える専属メイドのヴィエルジュ。


「さてと。受験に合格して、すやすやと眠っているご主人様の布団に潜り込むとしますか」


 こうするとご主人様は照れてすぐにベッドから起き上がる。ヴィエルジュ流奥義、添い寝起こし。


 今日は寮の手続き等で忙しくなる。朝早くから準備しないといけない。


「ふふ。今日も楽しい一日になりますように」


 呟きながら、私はまた天国よりも優しい場所へと辿り着く。

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