第46話 負けられない理由
「勝者、キョウハ・カテルヨ!」
わあああああ! と歓声を巨大な歓声が包み込む。学園二年生の選手に相対していたのは、今しがた救護室へと担架で運ばれたシュウヤだった。
「ちっくしょお! 負けてんじゃねえか! あたしの弟だってのに、情けない!」
「いいじゃないですか、無事に一回戦は突破したんですから。入学して間もない一年生が武闘会で一勝しただけでも素晴らしい戦績です」
「だが、それは全然加点にならねえからな……。まあ、来年の期待選手になれるかどうかってところか」
現在、ユイナとイオナの二人は闘技場の最前列でシュウヤの試合を眺めていた。自分の試合のとき以外の時間は、三人揃って誰かの試合を観戦することに決めていたのだ。
弟が相手の剣撃で激しく痛めつけられ、地面に屈服させられたのがよほど悔しかったのだろう。闘技場の外で開かれていたトトカルチョで購入した券を握り締めぐちゃぐちゃにした後、今度はビリビリと豪快に引き裂いて風に攫わせた。
そんな彼女の姿を見て軽く溜息を吐くと、ユイナもユイナで自分の買った券を大事に胸に抱いていた。
「というか、駄目ですよ。せっかく購入した賭け券をそんな風に扱っては。ゴミが出てしまいます」
「うるせえ。シュウヤが負けちまったんだから、もうこの券に価値なんてねえの。そういうお前は、誰に賭けたんだよ?」
「無論、兄様です。あの方がこんなところで負けるわけがありませんからね」
「ああ、あいつか……」
ユイナが見せる謎の自信に対して、複雑な表情をして考え込む。自分の予想と試合の結果があまりに剥離しているせいで、頭の中が混乱しているというのが正しいのかもしれない。
「……何か不満でもあるんですか? 無事、兄様は二回戦も勝ったと言うのに」
ユイナはぷっくりと頬を膨らませて、自分こそ不満を露わにしていた。「こいつ、どんだけブラコンだよ……」などと心の中でごちりながら、イオナは割と正直に自分の思っていることを打ち明けた。
「何かも何もないだろ、おかしいだろっつってんの。一回戦のときも、二回戦のときもそうだ。あいつは……剣を振ってない」
イオナは先ほどまで見ていたネオの二回の戦いを思い返す。いや、思い返すと言っても瞬きをする暇もないほど呆気なく終わっているので思い返すまでもなく強烈に記憶に残っていた。
「あいつは確か、王国流剣術の構えを取っていたな。構え方も申し分なく、完璧な風には見えていた。だが、あたしの目は誤魔化せねえぞ。あいつは元々、剣を振るう気がなかった」
「根拠は?」
「勘だ。だが、そいつが次にやろうとしてる意思っていうのはそれとなく伝わるものだ。あいつは、魔力をひっそりと練り上げていたな? 目的は、直線で突っ込んでくる相手にそれをぶつけるためだろ?」
「やはり、イオナさんほどの剣士だと分かりますか。相手が突然気絶した原因、それは魔力昏倒ですね」
「魔力昏倒……って、何だ?」
意味ありげに呟いたイオナだったが、その実何も知らなかったことにユイナはずっこけたフリをする。イオナはどちらかというと野生の勘のようなもので物事を測る節があるので、そういった難しい言葉や用語の解説は基本的にユイナ担当である。
「魔力というのは、個々人で特定の周波数を持っています。なので、魔力痕跡などを辿れば犯罪を起こした下手人などを特定する手段などにも用いられるのですが……。この周波数と同じか、あるいは近い周波数の魔力を当てられると人体で魔力波同士が共鳴し合って振幅が急激に増大します。そうなると、脳波に対しても異常をきたすようになり一時的に気絶するんです。それは、人体が脳からの命令を強制的にシャットダウンすることで魔力波による脳破壊を防ぐ目的があります」
「その特性を逆に利用してるってことか?」
「ええ。前に、私がある人物と戦ったときにも同じような現象が起きました。例え意図していなくても、強大な魔力同士がぶつかり合うことで不特定多数の周波数を持つ波を周囲に撒き散らし、それによって人体を流れる魔力が急激に増大して気絶することもあります。むしろ、意図して引き起こそうとすれば、かなり精密な魔力操作が必要になるはずです」
「その周波数ってのを変えればいいんだろ?」
「変えると言っても、相手のものと同等かそれに近しい物にしなくてはなりません。それにはまず、相手の魔力を正確無比に計測することが必要不可欠ですし、体内の魔力を相手の物に合わせるのは体にとって負担にもなります。何せ、普段使い慣れている魔力とは全く別の物を扱うことになるわけですからね。それに、近距離とはいえそれを相手に伝えるとなると猶更……。正直、私自身も驚いています」
「ユイナはブラコンだろ? あんな隠し玉があるって知らなかったのか?」
「知りませんでしたよ。そもそも、あれを使っている所を見たこともありません。元々、兄様の実力は隠されているものだと思ってはいましたが……。あるいは、剣技では相手を勝ることができないからこそ、魔力操作の技術を極限まで高めたとも考えられます」
「だとしても、大したものだ。それに、あれを回避することはかなり困難だろうな。あたしでも、事前に分かってなかったら訳も分からずやられてただろうよ」
「いえ、そうとも限りませんよ。結局、相手はこちらの魔力を利用しているに過ぎませんからね。ならばこちらも、利用できないようにしてやればいいだけの話です」
ユイナはとても楽しそうに笑っていた。心の中で沸々と湧き上がる高揚感を抑えられず、解説にはかなりの熱が込められていたのをイオナも察したのだろう。
「すげえ、楽しそうだな」
「……そうですか?」
「ああ。まるで、あいつと戦うのを楽しみにしているみたいじゃねえか」
「そうかもしれません。兄様ともう一度剣を交えたら、今度もちゃんと勝てるのか不安にもなりますが……。私が、兄様に倒されることを期待してしまっているんです」
ユイナの中で、ネオという兄は掴みどころのない人物だ。どうして自分の実力をひた隠しているのか、どうしてこんなまどろっこしい戦い方をするのか、何故自分に対してもっと興味を抱いてくれないのか……。
ユイナは彼の考えていることを一度たりとも理解してあげられたことなどないが、それでも大好きな兄であることに変わりはないのだ。
「珍しく弱気じゃねえか。もしかして、ユイナが大怪我して治療を受けていた件と関係があんのか?」
「まあ、無関係ではないでしょうね。私は、あの時の戦いで……自分がどれだけ弱くて、惨めで、矮小な存在かを思い知らされました。私などでは、兄様一人すらも助けられない……。そう、言外に言われていた気がします」
目を閉じれば、今でも瞼の裏に焼き付いた彼女が自分を見下ろす姿をすぐに思い出すことができた。血の味が滲み、全身が鞭で痛めつけられたかのような感覚が纏わりついているのにも関わらず、相手は無傷でその場に立ち尽くして無力な自分を無表情に見下ろす。
嘲るまでもなく、自分は弱者だったのだ。笑われるほど、馬鹿にされるほどにも興味を抱かれず、まるで道端に落ちている石ころを蹴り飛ばすように一方的な攻撃が続いた。
「私は、もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんです。強く、ならなければ……。そのために、私はこの大会で優勝を目指すんです。だから、そうですね……。さっきの言葉は取り消します。例え、愛しの兄様が相手だったとしても、全力で戦って勝つ。それだけです」
言葉の端々に、この世を憎む修羅の炎が宿っているかのような気迫を感じ取れた。どれもありがちで、安っぽい言葉のチョイスではあったものの、そこらの連中が発するよりもずっと重みがあり、隣に座っているだけで彼女から放たれるプレッシャーに押し潰されそうだった。
(一体、どんな戦いを経験したらこんな風になれるんだ……。既に十分強いはずのユイナが、更に強さを求めるほどの何かを、知っているとでも……?)
同じく強さを追い求めているイオナにとって、ユイナは同学年においては最大のライバルだと思っている。勇者候補と比べれば実力は劣るかもしれないが、それでも必死に追いかけているつもりでいるし、いつかは追い抜くことを目指している。
なのに、自分が一歩進むほどに彼女はその倍以上の距離を走って突き進んでいく。
(このままだと、置いてかれる……。私も、もっと強くなりたい……)
チラリと見たのは、貴賓席の方だ。こちらからは様子を窺うことはできないが、あそこには確実に自分の父であるルードリヒが座っているはずだ。
大切な物のために負けられない。例え実力が経験が劣っていようとも、イオナにとってはこの思いの丈だけは誰にも劣っているとは考えていない。
「……ですが、私が兄様と戦うことはないかもしれませんね」
「……どうしてだ?」
考え事をしていたため、咄嗟に拾った会話に対してありきたりな質問を返した。すると、ユイナは混じりけのない無邪気な笑顔で答えた。
「だって、次の相手はイオナさんでしょう? あなたなら、きっと勝ってくれると信じています。そして、決勝戦で私と戦うんです。違いますか?」
ユイナの激励に対して、嬉しいのか、それとも悔しいのかも分からない複雑な表情を作ってしまう。しかし、どれだけ心境や表情が迷ったとしても、これだけは間違わない。
「ああ。絶対に、勝つさ。そして、ユイナ……お前を倒す」
「楽しみです。待っていますよ、イオナさん」
ちょうど二人の会話も区切りのついたところで、次の対戦カードが発表された。
「さあ、次の試合も注目の一戦! ここまで一度として剣を振ることなく勝ち上がってきたルーキー! アリスティア王女推薦の、ダークホース! ネオ・ヨワイネ! 対するは、エンペルト家からの刺客! 最愛の弟が敗れた無念を一身に背負い、彼の分まで勝ち上がってくれ! イオナ・エンペルト!」
「よし、試合がお呼びだから行ってくるぜ」
「ええ、ご武運を」
「本当に良いのかよ、勝っちまっても?」
「構いませんよ。他の人なら許しませんが、イオナさんなら許します」
「何だそりゃ。じゃあな、また後で」
「ええ、今度会う時は……本番で」
二人は軽くハイタッチを済ませると、イオナは試合に向けて控室へと移動を開始した。ユイナは大切な二人が剣を交える重要な一戦を脳裏に焼き付けるべく、これまで以上に眼をこらして闘技場のリングへと気を集中させた。
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