第33話 大事件の後は、いつだって後味が良い
魔王イグニスの姿で研究会の施設を壊滅させた一週間後のこと、学園から寮に帰ろうとしていた僕は首根っこをがっしりと掴まれた。
「ちょっと来なさいよ」
「え、嫌だ」
「良いから、来なさい。抵抗したって無駄よ。あんたの魔力程度じゃ、私には勝てないんだから」
「えぇ……」
短く揺れる黄金色の金髪と、日差しの照りつける今日みたいな日でも肌寒さを感じられるクールな青い瞳を持っているのは、僕の知っている限り一人しかいない。
アリスティアは強引にズルズルと僕の体を引っ張っていき、とうとう出口とは全く反対方向の体育館裏にまで連行されてしまった。
その場に無造作に放り出されると、アリスティアは腰に両手を当てて仁王立ちをした。見方によっては悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えるけれど、間違いなく楽しい話が始まる雰囲気ではなかった。
「それで? 僕はどうして呼ばれたのかな?」
「……あんた、姉様のお葬式に来なかったでしょ」
「ああ、そのこと」
確か、ユリティアが失踪してから三日後、つまり魔王としての暗躍が終わった翌日に彼女の葬式が執り行われた。誘拐犯のケビン先生と一緒に崩落した地下水路の下敷きになったとかで。
地下水路崩落の原因は表向き、急な老朽化が原因とされている。事件の顛末を知る張本人としては、恐らく強い権力が働いて半魔の存在を体よく隠蔽したってところだろうけどね。
「僕は別れを惜しまないタイプなんだ。それに、ユリティアの死体は見つかってないって話じゃないか」
そう、この事件の肝は彼女の死体がないことにあった。なのに、お葬式をするなんて幾ら何でもおかしい。
しかし、ここは中世の貴族社会だ。上流階級にとって気に入らないことがあれば、権力で幾らでも捏造できてしまうから恐ろしい。
「僕は死んだかも分からない人間の葬式には出ないよ。ユリティアは生きてるって、そう信じてるから」
「そうなの? 意外ね、あなたは姉様がいなくなったら興味を失くすのかと思ってた」
「僕のことをどれだけ冷徹な人間だと思ってるんだ。僕は彼女以外を恋人にする気はないよ。今のところはね」
「一言余計よ」
「どれだけ待っていられるかは分からないからね」
「探すつもりはないの?」
「逆に何処を探すって言うのさ? 心当たりでもあるの?」
僕は自分が知っている情報を完全に棚上げして、知らぬ存ぜぬで彼女に問いかけてみる。短い金髪の端が揺れ、何やら重大な秘密を話しそうな重い口調で話し始めた。
「あのね、実は……。姉様は、生きているわ」
知ってる、なんて言うこともできない。けど、そこまで驚くべき場面でもないので普通に受け答えしておく。
「やっぱり。それで? 何処にいるかは知ってるの?」
「知らないわ。でも、行き先は知ってる。魔王、イグニスのところに姉様は行ったわ」
「魔王、イグニス……」
特に意味もない鸚鵡返しをして時間を稼ぎ、少し考える素振りをわざと見せてから問いかける。
「それってもしかして、ここ百年以内に復活するって噂の魔王のこと?」
「ええ、そうよ。学が無さそうなあなたでも、一応は知っているみたいね」
「いちいち一言多い……」
「何か言った?」
「いいえ、何でも」
ギロッと睨まれてしまっては、流石に言い返す気も起きない。彼女は僕が口答えしないと分かると、わざとらしく溜息を吐いて続きを話し始めた。
「ケビンに連れ去られた後、私と姉様は彼に会ったの。彼はケビンを倒してから、姉様を連れ去った」
「目的は?」
「魔族の復興。そのために、姉様の力が必要なんだとか。姉様も、それを承諾してついて行った」
「それで、どうすれば良いの?」
「魔族再興に協力する」
表層では平然を装いつつも、正直、内心ではかなり驚いていた。アリスティアは演習で魔族を躊躇いもなく殺していたのに、今度は魔族を助けようなどと言うのだから。
「それって、国家反逆って奴じゃないの?」
「確かに、そうかもしれないわね。でも、私が大切なのは姉様だもの。そのためなら、自分の意見なんて簡単にひっくり返すわ。あなたには、その共犯になってもらう」
「え、嫌……」
「共犯になってもらう」
「だから、い……」
「共犯に、なってもらう」
僕の首筋には、彼女の剣が押し当てられていた。さっさと「はい」と言えと気持ち悪いくらい愉快そうな笑みが訴えかけている。
「……はい、分かりました。なりますから、この剣をしまってください」
「最初からそう言えば良いのよ」
ようやく、彼女は物騒な長物を鞘に収めてくれた。全く、近頃の人間はこんなもので人を脅すのか……。
「それで? 具体的な方策でもあるの?」
「……特にないわ」
「じゃあ、意味ないじゃん」
「意味なくはないわ。少なくとも、一つ作戦があるもの」
「作戦? 何それ」
「あんたは何も考えず、私の指示に従ってればいいの。どうせ、ろくな頭も使えやしないんだから」
口を開いたら開いた分だけ暴言が出てくるな。こんな人間の下につくのは本意じゃないけれど、魔族再興の目的には計らずして一歩近づいたから良いか。
僕はようやく立ち上がってお尻についた汚れを払う。もうここにいる必要はないだろうし、去っても大丈夫だろうと判断したからだ。
「じゃあ、僕は行くから。何か決まったら教えてよ」
「待ちなさい」
「……まだ何か?」
彼女は何故か頰を赤く染めて、こちらに視線を合わせようとしない。こんな暴力的な女でも乙女な顔をするんだと感心しつつ、次の言葉を律儀に待ってあげた。
「……アンタのお陰で、姉様と仲直りできたわ。姉様を止めてくれなかったのは許してないけど、それはそれとして……。ありがとう」
「……え、らしくない」
「ばっ!? せっかく恥ずかしいのを我慢してお礼を言ったんだから、素直に受け取りなさいよ! 八つ裂きにされたいの!?」
「あのね、戦姫様。そう言って剣を構えるのはやめてください?」
「その戦姫って呼び方、もう辞めて。今回のことで分かったの、私には過ぎた称号だって。他の人たちにも言って回ってるから、そのつもりでいて。いい?」
「分かった、分かったから……。じゃあ、もう行っていい?」
「誰が、私の前からいなくなることを許したの? 私に二回も恥をかかせたツケの一割くらいは、ここで精算させてもらうわ!」
「本当に剣を構えるの? ねえ、それあぶな……」
「問答無用!」
「あーれー」
僕は彼女の剣で文字通り八つ裂きにされかけたが、何とか生き残ることができた。あんな野蛮な王女様と今度は一連托生って考えただけで溜息が止まらなくなりそうだったけど、これも魔王の計画の一部だったってことで。
アリスティア王女とユリティア王女を事実上、魔王軍へと引き入れた。国の中核を担う人物二人を手中に収められたのは大きな進歩だ、これなら魔族復興という大望も案外すぐに叶えられるかもしれない。
……そうそう、話は変わるけど。妹のユイナは、今は病院で安静にしているようだ。
出血が酷くて眠ったままらしいけど、まだお見舞いにすら顔を出してない。世間的には兄妹っていうことだし、一回くらいはお見舞いに行った方が良いよね。
僕はアリスティアと別れた後、彼女のお見舞いに行くことにした。ユイナの好きなものは特に分からないから、取り敢えずはアマゾネスの新商品のケーキでも持って行こうかな。
何のケーキを持って行こうか、そんなことを考えながら歩く学園の帰り道。相変わらず、魔族と人族の扱いの差を見せつけられる光景を目にしながら当てもなく歩く。
そんな時、何処かで見覚えのある女性がすれ違う。彼女は僕の右手に何か紙を握らせ、そのまま去って行った。
僕はそれを開くと、童心をくすぐられるワクワクとドキドキから口端を上げてしまう。
『次の作戦に移りましょう。今回も、期待してるわよ』
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