第三章 魔法剣術を習う学園に入学するらしい

第14話 優秀すぎる妹は、僕より一学年上の先輩だった件 本文編集

 研究会の存在が明らかになってから早七年、僕は十五歳になった。一般的に、魔法剣術を収める家系は決まって十五歳になると王都にあるシグルス王国魔法剣術学園に入学することになっている。


 僕は今年からその学園の生徒となり、今は列車で入学のために移動中。


 この七年間を振り返ってみると、色々なことがあったりなかったりしたような気がする。


 まず、魔王城と魔王軍についてだ。新しい魔王城は、かの研究会が使っていた基地を再利用する形で作られることになった。


 入り口は外から分かりにくく、中を掘り進めて地下空間を総力を挙げて改造して作った地下空間型魔王城だ。構成員の数も際限なく増え続けており、その度に拡張と改造を繰り返したので当初想定していたものより巨大な蟻の巣みたいになってしまった。


 組織の拡張に伴い役職も置かれることになり、魔王を総帥とした直属の配下には八魔将なる幹部の称号を与え、ルナ、アテナ、ディアを始めとした魔王軍の中でも極めて優秀な者を配備させている。他にも財務省や防衛省みたいな役職も設置、まるで元居た世界の政府内構図をパクったような役職だがちゃんと組織として機能しているらしかった。


 相変わらずルナは僕のメイドとして一緒の時を過ごし続け、魔王としての仕事をこなしながら領内から出ることができるまで力を蓄え続けることに専念。屋敷の人たちからルナに向けられる目はずっと変わらないままだったが、僕が常にそばにいるお陰で彼女を隙あらば襲おうと考えていた変態親父の魔の手から守ることも成功している。


 どちらかというと守っていたのはルナではなく父の方だったのだけれど、無事に実家を離れられた今もはや気にする必要もない。ルナは魔王軍の先兵として一足先に王都へ向かったらしいので、ルナの存在を期待していた方々には申し訳ないが今は一人旅中である。


 さて、今まで全く触れてこなかったけれど、妹のユイナはこの度、魔法剣術学園にて二年生に進級しているとのこと。


 妹のはずのユイナが僕より先に学園に通っているのには、少しばかり長い説明を要する。


 結論から言えば、彼女が飛び級で進学しているのは勇者候補だからだ。あの魔力測定の儀式を終えてから、ユイナはすぐに教会へと連れて行かれ魔王の可能性を高位の神官に診断してもらったらしい。


 結果は陰性、彼女が魔王である可能性は限りなく低いとされた。ただし、常人とは比べ物にならない程の魔力を持っているのも事実というわけで彼女には勇者になる為の特別な教育を施すことになった。


 三歳から五歳までの二年間は教会で勉学と剣術の修練を積み、そこから三年間は実家に帰省して王国切手の剣術使いたちが代わる代わる稽古をつける。


 そして、そこから再び王都に行くと王国剣術を生業とする道場で四年間、剣聖と呼ばれる生きる伝説の剣士に稽古をつけてもらう。修行から帰ってくると、入学に必要な年齢を満たしていないにも関わらず国王様、王妃様、そして剣聖の推薦により十二歳で魔法剣術学園に入学し、今に至る。


 そんな才覚溢れる妹とは殆ど口を利いていない。せいぜい、実家で三年間修行をしている時に母が気まぐれで「偶にはユイナに剣術を習いなさい」とか無茶苦茶言われて相手をした時くらいだ。


 剣術と勉学にしか付き合ってこなかったせいか人付き合いが不器用すぎて、コミュ障に片足を突っ込んでる感じだったきがする。教会から帰ってきてからも、剣聖のところに行って帰ってくる時も、学園に入学する前のときですらも行ってきますやお帰りの挨拶なし。


 あっても稀に互いに会釈を返しあったり、「ああ」、「うん」で会話が完結する程度のものだ。まあ、出会い頭に「語る必要はない、剣で語り合え!」とか言って突然勝負を挑まれるよりは百億倍マシだけど。


 対する僕、ネオ・ヨワイネとしての人生は平々凡々なものだ。ユイナが勇者候補となった今、ヨワイネの立場は安泰も安泰。


 順調にユイナが勇者となる道を選べば、うちの家系は辺境の男爵家でありながら国に多大な貢献をしたとして王都の有名貴族の末席へと名を刻まれることだろう。


 なので、当然ながら僕なんかが努力したところで変な期待をされるようなこともない。むしろ、母はこれ以上やっても無駄と判断したらしく……。


「ネオ、あなたは魔法剣術学園に入学するまでの間、自主練習に励みなさい。せいぜい、家の名前を傷つけない程度には頑張って頂戴」


 とのお達しだった。まあ、僕の実力なら上手くやれることだろうし、特に気にしたことは一度もないけれど。むしろ、そのお陰で親の関心と監視が緩くなったから魔王軍拡張に時間を割くことができたしね。


 今回、家を出る時も特にお見送りみたいなのはなく、代わりに道中で人族に変装していた僕の仲間たちが見送りをしてくれた。やっぱり持つべきは家族よりも、忠実なる配下たちってことなんだろうね。


 そして最後、魔族の権利を取り戻させるための魔王軍の王都での作戦も、既に動きを見せ始めている。僕の指示で、彼女らにはまず王都の市場と流通を支配できるだろう異世界から持ち込んだ知識の数々を吹き込んだ。


 それらをどこまで再現できるのかは彼女らの力量次第ではあるけれど、いずれはシグルス王国の内部から順調に食い荒らしてくれることを期待する。


 そんなこんなで時はあっという間に過ぎ去り、現在に至るというわけだ。列車が着くまでの間、新聞でも読もうと思って車内販売のお姉さんに声をかける。


「お姉さん、一部頂戴」


「銅貨二枚になります」


「銀貨しかないんだ。これで頼むよ」


「では、こちらがお釣りの銅貨八枚と大銅貨九枚になります。どうぞ、今朝の朝刊です」


「ありがとう」


 僕はざっと新聞の文字に目を通していく。その新聞記事の一面の内容は、『ユイナ・ヨワイネ勇者候補の功績の数々に密着』だった。


「……」


 僕はその内容に対して特に感動を覚えたり、逆に酷く悲しんだりすることもせず。ただ、額面に表示された文字を単なる情報として処理した。


 ユイナやルナたちと再会するのが楽しみなこの頃、適当に読んでいた新聞を誰もいない隣の席に読んでいた部分を裏返しにして放ると席を立つ。


『間も無く、王都へ到着いたします。お降りの際は、足元に十分注意して……』


 アナウンスの声がよく聞こえなかったけれど、それはきっと眠かっただけなのだろう。車内は少しばかり、暖房が効き過ぎた気がするからね。


 やってきた念願の王都、その光景は半分くらいは想像していた通りだったけれど異世界人の僕からすれば異様な光景でもあった。


 中世の建物が立ち並ぶ中、何故か現代にあったみたいな住宅が所々に混じっていたり、着ている服も現代人のそれやスーツ姿の御仁も見かける有様。


 人の流れが集まりそうなところを適当に歩いていると、世界最大規模の流通業者のパクリとも取れる『アマゾネス』なるデパートがあったり、それっぽい配達員の格好をした人たちがチラホラいたり。


 どうしてこんな中世の時代設定に近代設定が紛れ込んでいるのかと言えば、考えるまでもなく彼女らの仕業だ。どうやら順調に、魔王軍の魔の手を王都の内部へと深く忍び込ませることに成功しているらしい。


 そしてもう一つ、現代人たる僕が違和感を覚えた光景がある。むしろ、彼女らがいなければ真っ先にこちらへと意識を向けなければならなかったのだろう。


「おら、奴隷ども! さっさと動け!」


「は、はいぃぃ!」


「すみません! すみません!」


「サボってんじゃねえ!」


 魔族の奴隷たちが、鞭を手にした主人に体を叩かれ泣きながらも荷運びの仕事をこなしている。それだけではなく、魔族の奴隷を裸で犬みたいに散歩させたりとか、あとは風俗街で体を売らされたりとか、使い物にならなくなった者たちが路地裏に捨てられていたりとかもした。


 これが日常茶飯事、王都では何の疑問も持たれない普通の光景なのだ。魔族は基本的に道具か、それ以下の存在で人権なんてミリもない。


 ルナがしていたような主人に大切にされる奴隷生活なんて絶対に起こり得ないし、家族からしても侍らせた魔族を大切にしていた光景は異様だっただろう。まあ、彼女の場合は僕が目を離してる間も身につけた格闘術や生来持っていた強かさを駆使して上手くやってたみたいだけどね。


 貴族ともなれば、魔族の奴隷を一人くらいは持っているものだ。それがステータスみたいになってる節もあり、界隈では「これこれの奴隷を買った」だの、「珍しい奴が手に入った」だの、「夜の相手が上手くて毎回壊す寸前まで遊ぶ」だの、奴隷を持っていない父が自慢されたの何だのと愚痴のように聞き及んでいる。


 そうやって下種い視線を向けながら、ルナを掠め取ろうと企んでいたのは許せないけど。一回くらい死んで転生すれば、腐った性根も治ったりしないのかな?


 そのとき、奴隷に使われていた魔族の少年らしき子がこちらをじっと見つめてきた。すると、労働していたところから走ってこっちにやってきて僕の目の前で止まった。


「おい、待て! 何処に行く!?」


「お貴族様、お願いします! 僕たち兄妹を買ってください! お願いです! 何でもしますから!」


「てめえ! 仕事をほっぽり出したかと思えば、他人に靡きやがって!」


 彼の主人と思わしか人物がこっちへやってきて、物凄い剣幕で少年を怒鳴りつけながら首根っこを掴んだ。


「後で仕置き部屋だ。お前の妹もな」


「やだ! やめてよ! お願いだよ!」


「うるせえ! 黙っておけ! すみません、お貴族様。こいつにはよく言い聞かせますんで」


 僕の格好は王都の中でも割と裕福な層が着るものだから、貴族と思われたのだろう。彼は平民っぽいし、下手に出ているのは貴族社会特有の無礼に対する処罰を恐れてのことだ。


「いいよ、別に。僕は気にしてないから。でも、自分の飼ってるものならちゃんと手綱を握っときなよ」


「へい、すみませんでした。おら、行くぞ!」


 少年は藁にもすがる思いだったのだろう。一筋の希望の光を絶たれて絶望する虚な瞳からは、大量の涙が静かに溢れ出ていた。


 一応言っておくと、僕は善人なんかじゃない。だから、囚われている奴隷たちを意味もなく助けないし、逆に悪人でもないから正当な理由もなく略奪しようとはしない。


 僕が人族としての立場を取っている以上、今はこの国の法に従うべきなのだ。彼のことは可哀想だと思わなくもないけれど、世の中、そう都合よく誰かが手を差し伸べてくれるわけじゃない。


 僕は興味のない視線を彼に送りながら、最後は特に声をかけることもせず学園までの道のりを歩き出した。


「ここの空気は少しだけ、息苦しいな」


 それからも、その様子を見ていたらしい奴隷から縋られたり、声をかけられたりしたけれど適当にあしらいながら歩き続ける。まるで、地獄の亡者で作られた道の上をわざと歩き、そこから漏れ出る鳴き声や呻き声を栄養として啜っているかのようで気分も良くない。


 学園までもうすぐだ、だからもう少しだけ我慢しよう。


 そう思っていたら、僕の目の前をフードを深く被った女性が歩いてきた。チラリと見えるフードの中身は黒髪で、特に魔族的な特徴を持っていない人族の女性だ。


 しかし、彼女の歩き方や呼吸の仕方、気配を忘れるわけもない。僕は彼女に近づくようにして横を通り過ぎる。その折、彼女から一枚の紙を手の平に握らされた。


 四つ折りにされたそれを、僕は開いて中身を確認する。


『久しぶりね。近いうちに、また会いましょう』


 僕は証拠が残らないように魔力で紙を燃やすと、既にいなくなった彼女へと囁き声で返答する。


「待ってるよ、ルナ」


 そうして僕はようやく、シグルス王国魔法剣術学園へと到着したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る