第6話 部下のためなら、上司は身を挺して恥をかく。
帰る頃には朝日も昇り始めたので、少し前に起きて早朝訓練に行っていたら魔族の奴隷を拾ったということにして使用人に説明。僕の奴隷にするから風呂を沸かして服を用意するように伝えると、すぐに実行してくれた。
正直、魔族を見る目は冷ややかであまり良い顔はされなかったが、僕の奴隷ということであまり下手な口出しができなかったのも事実だ。それから、彼女の身支度を整えて朝食の席に出席、父、母とまだ三歳のユイナに事情を説明しておく。
「彼女、ルナは今日から僕の奴隷にしたから。よろしく」
「魔族の奴隷……。しかも、エルフ!? 王都だと金貨二百枚でも買えないような上物、どこで手に入れたんだ!? 私なんて、金貨五十枚稼ぐのに一年はかかるというのに……」
「あなたがそんな甲斐性なしだから、うちはずっと貧乏なんですよ。ネオ、あなたその奴隷を王都に行って売り払ってきなさい。最低でも、金貨百枚は下らないでしょう」
「嫌だよ、彼女は僕の傍仕えにするって決めてるの」
「母に逆らうというの? 魔力も最底辺で、まだ一人じゃ生きてもいけないあなたが?」
母のお得意、怖い顔からの鋭い殺気攻撃を食らわしてくる。いつもなら、これで怯んだフリをしているから今回も通用すると思っているのかもだけど、残念ながら引き下がるわけにはいかない。
「逆らうよ。僕にだって、譲れないものがあるんだ」
魔王ロールプレイングを楽しむためには、彼女の存在が必要不可欠だからね。それに、魔力は余裕で黒を超えてるし、財産なら既にこの家の貯蓄を遥か上回るお金があるから問題ない。
だからと言って、ここでそれらを吐き出すつもりはないけど。僕がそんな大金を稼いでるなんて知ったら出所を探られるだろうからね、僕の正体を知られないためにもここは……。
「どうか、お願いしまあああああああす!」
食らえ! 秘儀、『スーパーローリング泣き寝入り土下座』!
僕は席を立つと、母の傍まで転がるように身を低くして移動してからの泣き寝入り土下座を決め込んだ。なるべく必死さを怯えと交えてアピールしつつ、声を上ずらせて何とか抵抗している感を演出する!
「ユイナ、あんな風になっちゃだめだからね」
「あれが、人でなしなの?」
「ユイナ! どこでそんな言葉覚えたの!」
「パパがいつもママに言われてるときみたい」
「ああ、これパパのせいだったの!?」
父とユイナからそれぞれ何か汚いものを見るかのような視線を送られている気がする。けれど、別に僕にプライド何て存在しないし、こんな醜態を晒して問題が解決するならそれでいい。
「あの子は、僕が拾ったんだ! だから、僕のものだ! 絶対に渡さない!」
「いや、でも……」
「彼女のお世話が僕がするよ! だから、よろしくお願いしまああああああす!」
真夏にやるロードショーご定番の台詞に敬意を込めながら頼み込む。もし、これで承諾を得られないようだったら王都に行って売り払ったフリをすればいいだけの話だし、何も問題はない。
「……分かったわ。あなたの好きにしなさい」
「ありがとう、母様!」
僕の変わり身の早さに溜息を洩らしつつ、今度はルナの方に視線を向けた。
「あなた、ルナと言ったわね。運が良かった、と思いなさい。その代わり、うちのネオに何かあったら生まれてきたことを後悔させてやるわ」
「はい」
「よろしい。ネオ、口の利き方やマナーも教えておいて」
「はーい」
よし、じゃあ席に着いてご飯の続きを楽しもうかな……。
「ちょっと待ちなさい、ネオ」
「何、母様?」
「ユイナが三歳になったから、今日中に魔力測定の儀式をするわ。あなたも参加しなさい」
「……はーい」
そうか、もう魔力測定の儀式をする時期なんだ。正直に言って、僕はあまり興味がないから参加しないで魔王軍再興のための作戦を立てようと思ってたんだけどなー……。
……仕方ない、母に逆らうと後々面倒なことになるからね。妹の力を把握しておくって意味でも、必要なことなのかもしれない。
そんなこんなで朝食を済ませて部屋に戻ると、ベッドに腰かけて目の前のルナと向かい合う。
「お疲れ様、ルナ。取り合えず、第一関門は突破だね」
「そうね、あなたのおかげで何とか家の内部に入り込むことはできたわ。でも、良かったの? 幾ら何でも、ちょっと情けな過ぎて見ていられなかったというか……。私のためにしてくれたのは嬉しいけれど……」
「ああ、土下座のこと? 別にいいよ、頭くらい幾らでも下げるから。下げたところで失うものもないし、部下が安心して働ける環境づくりをするためなら喜んで」
「……そう、なら私もその精神を大切にするわね。ありがとう」
「いいってこと」
部下の教育っていうのはしっかりとやっておかないとね。大事なのは「ほうれんそう」と「地位に胡坐をかかないこと」なのだから。
調子に乗って天狗になったりとか、部下を単なる駒だと勘違いするといつか痛い目を見る。いつだって、信頼と誠実以上に強い武器っていうのはないものだ。
「それで、話は変わるけれど……。ここが、魔王軍の仮拠点ってことでいいのかしら?」
「一先ずはね。でも、これから仲間を増やすつもりなら別の拠点を見つける必要があるけれど」
「そうね。そうなると、当面の目標は仲間集めと新しい拠点探しかしら」
「あとは、ルナを戦えるようにすることも追加しておいて。魔王軍最初の加入者が弱いと示しがつかないだろうし」
「ええ、分かったわ。それじゃあ、それ以外の時間はあなたの従者として活動を……」
「いや、それには及ばないよ。今でも十分生活できてるし、傍に居てくれるだけでいい」
「駄目よ!」
「……え?」
ルナはサムズアップしながら、力強く僕の言葉を否定する。昨夜までとは違って、ちゃんと手入れの行き届いた髪や肌から甘い石鹸の香りが漂ってきた。
「外側だけ取り繕っても潜入していることがバレかねないわ。だから、ちゃんと従者の仕事も覚えないと。掃除に洗濯、あなたの身の回りの世話も任せて」
「うーん……」
「……嫌なの?」
ルナが不安そうな顔をして、上目遣いで尋ねてきた。こんな幼子で既に社畜根性が身についてしまっているのは嘆かわしいけれど、彼女は人に必要とされたがっているようにも見える。
もちろん、彼女の言う通り使用人として潜入するなら使用人の仕事をマスターするのは有益なことだと思う。でも、体裁さえちゃんとして後は魔王軍復興に時間を割いた方が効率的なのは明らかなのだから。
……だとすると、あまり無下にしてしまうと信頼関係の問題に繋がってきそうだな。同じ組織で動くのなら、互いに信頼できるということを主従関係という形で示した方が良いのかも。
「分かったよ、ルナの提案を受け入れよう」
「本当!?」
「うん。でも、あまり無理はし過ぎないこと。いいね?」
「ええ! ありがとう、任せてくれて!」
気品溢れる笑顔の裏で、見えない耳や尻尾がはしゃいでいるのが分かる。喜んでくれるのは嬉しいけれど、あまり無理しちゃだめだからね。
働き過ぎは体の毒、ただでさえやることが多いのだから倒れられても困るし。その辺は、主人役の僕がちゃんと管理していこうと思う。
大まかな話がまとまったところで、部屋の扉がノックされた。
「坊ちゃま、ユイナお嬢様の魔力測定の儀式のお時間となりました」
「うん、今行く。ルナ、それじゃあ一緒に行こうか。魔王軍云々の話は、ユイナの儀式が終わってからってことで」
「分かったわ。それにしても、あなたに妹さんがいたのね。どんな子なの?」
「どんな子? うーん……分からない。顔を合わせるのは食事のときくらいで、ほとんど関わってないからね。そもそも、話しているところも見たことないし」
「へえ、人族の家族関係って割とドライなのね」
「どうだろう。僕が特別、興味がないだけだと思うよ」
「あなたは魔王だものね、人の子にさして興味が湧かないのも頷けるわ」
薄情とか、人でなしって罵られるかと思ったけど、勝手に勘違いしてくれたみたい。でも実際、ユイナってどんな子なんだろうっていうのはちょっと気になってた。
これから行われる儀式で分かるだろうし、取り敢えずは支度を整えて儀式に参加しよう。
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