凶暴化 その2
――ガチャ。
外部とを繋ぐ扉が突然開かれる。
「貴族様が来たのか!?」
「おい、邪魔だって……」
「おら! どけ!」
いや、違う。この足音は……
ゼルは騒がしいこの中で、扉を開けた足音の主の正体を感じ取る。
「てめえら! ちっとは静かにしろ! 殴られてぇのか!?」
入ってきたのはこの部屋を取り仕切る、奴隷商の手下。
手下の男が部屋へと入ってきた瞬間にその場は静かになり、ゼルも目立たないように息をひそめる。
「ちっ。貴族様の相手だけでも大変なのに、てめえらの世話までしなくちゃなんねえとは……まったくやってられねえぜ」
その男は盛大な舌打ちをかまし、肩にかけていたカバンから奴隷たちの食事と思われる、小さなパンの欠片を手一杯にすくいあげ。
「ほら! 今日の飯だ!」
部屋全体に雑にぶちまける。
その光景に奴隷たちはただ手下の男が投げたパンの欠片を目で追うばかり。
そして、我先にとパンの欠片にがっつき始める。
「ふんっ。いいざまだ。これでも食って大人しくしておけよ……」
そうして男は仕事が終わったとばかりにその部屋を後にしようとした時。
「あーそうだ」
急にゼルへと振り向き、下卑た笑みを浮かべながら近づいていく。
うん? 俺に何か用があるのか?
ゼルは、蓮がいなくなった後にされたお仕置きを思い出し、一瞬、身震いするものの。
大丈夫だ。大丈夫……何を言われても。何をされてもあともう少しの辛抱。メルと一緒にこの地獄から出ていけ……
「お前、姉いたよな……」
え? メル?
突然のことだった。
ドクン……
「この館に来た時に離れ離れになったって言う……そうそう。真っ白な髪のあの……」
め、メルが……一体どうしたって言うんだ。
ドクン……ドクン……
まだ、何も言われていないのにも関わらず、変な汗と動悸が止まらない。
「お前の姉も災難だな……」
「ど、どういう事だ!」
ゼルは動揺のあまり、自身が鎖に繋がれているという事を忘れ、手下の男へと迫る。
ガシャンっ!
「くっ」
しかし、鎖に阻まれ、手下の男に這いつくばるかのように地面へと倒れる。
「はははっ! だって――貴族に買われるんだからな」
「は――」
男が吐いた言葉を理解するのに時間がかかるゼル。
う、嘘だ。メルと俺はレンに……
そして、現実を認めたくなく、思考が追いついてこないゼル。
おかしいだろ。何でメルが……
「ははっ。いい気味だ。しかも、その貴族……――趣味もあって……お前の姉も終わったな」
ゼルは首を垂れる。
嘘だ。嘘だ。メルは……一緒に。俺と……
思考の波に襲われるゼル。
どうすれば……
せめてメルだけは守らないと。メルを……
そして、ゼルが行き着いたのは。
『凶暴化』
極限状態でゼルに発現したスキル。凶暴化。
スキル[凶暴化]――DEFと思考の低下を引き換えに、STRとAGIを向上させる。
「――凶暴化」
ゼルは小さな希望の光をこのスキルに感じ、小さく呟く。
「はははっ。じゃあ、てめえら。痛い思いしたくなかったら静かにして……は?」
手下の男は扉に手をかけ、部屋を後にしようと後ろを振り向いた瞬間。
自身の横を一瞬で通り抜ける存在を辛うじて目で追う。
「嘘だろ……。一体誰が……」
その後ろ姿は薄汚れた白い毛が見え、獣人であることだけは確認できた。
「白髪の……あいつっ! この先には貴族様が!」
脱走した獣人は明らかに貴族がいる方向へと走り去っていった。
~ゼル視点~
メルはきっとこっちにいる。
「お、おい! 獣人が脱走してるぞ!」
「捕まえろ!」
商人の手下と思われる男たちの合間を縫って、自身の勘と鼻が捉えた微かな匂いを頼りにメルを探す。
俺……俺が……メルを。
もう、蓮の助けは待っていられないと判断し、スキル凶暴化で館内を凄まじいスピードで通り抜けていく。
匂い……メルの。
そうしてゼルは匂いを辿っていくと、とある部屋に行き着く。
「ここ……」
「うん? お前は……っ!」
その部屋の前に護衛らしき人物が二人立っていたが。
「どけ」
ゼルは気にする素振りも見せず、二人の隙間を抜け、豪快に扉を蹴破ってみせる。
ガシャーン!
扉が吹き飛ぶ音と同時にゼルが部屋へと侵入する。
「だ、誰だ!」
するとそこにいたのは小太りの如何にも貴族と思わしき人物1人と……
「……お下がりください」
護衛と思われる貴族の付き人。
「っ! き、貴族様。少々お待ちください。直ぐに片づけますので……」
そして、奴隷商人に……
「……ゼル」
「メル!」
再開を待ち望んでいた人物。メルの姿があった。
……いた!
「今助け……」
ゼルは本能的にメルを助けようと、メルに近づくが。
「奴隷」
「んぐっ!」
「ゼルっ!」
貴族の護衛が間へと入り、ゼルを殴り飛ばす。
こ、こいつ……
ゼルの身体能力は凶暴化により、グレード3の冒険者と同水準まで上がっているにも関わらず、そのゼルをいとも簡単に制圧する護衛。
「貴族様が目の前にいるのだ。今すぐ頭を地面につけ降伏しろ。さすれば貴様の腕一本で勘弁してやろう」
護衛は鞘に収まっている剣の柄に自身の手を伸ばしながら警告をする。
相手は圧倒的に格上。ゼルの勘もけたたましい警告音を響かせている。
うるさい! あいつを……
「ゼル! もうやめて!」
メルの悲痛な叫びが木霊する中。
メル……自由に……
しかし、凶暴化のせいでゼルにはそこまでの状況を判断する理性すらなく。
「ガァ!」
素手で護衛へと飛び掛かる。
「ふん。獣には理解できないか。それならば……」
護衛は目を細め、腰に備え付けてある鞘から剣を引き抜く。
「や、やめて……」
メルの目じりに涙が溢れ、言葉にならない思いを漏らす中。
「死ね」
護衛の剣がゼルの首筋を狙った次の瞬間。
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