第3話 のぞみん明くんの家に行く~前編~

「のぞみん、めでたいぞ。修二、今度帰ってくるって」

 7月の始め、居室で勉強していると明くんがやってきて教えてくれた。

「ほんと、じゃ、聖女様ごきげんだね」

「見に行くか?」

「うん、面白そう」

 そう言って立ち上がると、居室にいた何人かがみな腰を上げた。

「悪趣味だなぁ」

と非難すると、

「のぞみんだって同じじゃん」

と同じM1の鈴木くんが言った。

「私はいいの、長い付き合いだから」

「じゃあ明は?」

「俺、のぞみんの付き添いだから」

「じゃ、俺達も付き添いだ」

 ぞろぞろと階段を池田研のある3階に上がる。踊り場で振り返ると、最後尾に網浜先生までいた。

 

 3階の池田研の近くまで来たら、すーっと網浜先生が前に出て、池田先生の部屋に入っていった。仕事の話をするのかと思っているたのだが、

「池田先生、聖女様見に来た」

「ああ、見れば。超ご機嫌だよ」

という会話が聞こえてきた。


 聖女様の居室を覗いてみると、事務机に座り、スマホを握りしめてクルクル回っている。私は親友として、とても嬉しかった。

 気づくと明くんがスマホで聖女様の様子を動画で撮っている。

「ちょっと悪趣味じゃない?」

 小声で注意すると、

「これ修二に送ってやればさ、どんだけ聖女様をさびしがらせているかわかるかなと思ってね」

とのことなので、

「なら、いいか」

と許可する。

「あ、私にもその動画送っといてよ」

「なんで?」

「なんかの交渉材料に使えるかもしれないから」

「のぞみん、ひどくない?」

 笑ってごまかす。

 

 みんなで聖女様の様子を鑑賞していると、目があってしまった。手を振ってごまかし、退散する。

 

 2階までもどってきたところで、明くんが言う。

「あーあぶなかった。のぞみんがうまくごまかしてくれてよかったよ」

「まあね、聖女様、多分今まともな思考力無いから」

「さすがだね」

「それよりさ、修二くん聖女様のとこ泊まるんだよね」

「そうじゃないの、俺の部屋、超散らかってるし」

「そうなの? 片付けてあげようか」

「おお、ラッキー。じゃ、今度の休みによろしく」


 まわりのみんなの目が変だ。明くんは「それじゃ」とか言って去っていってしまった。網浜研のメンバーは、みな私ににっこり笑いかけ、居室なり実験室なりに戻っていく。

 

 しまった。みんなに変な誤解をあたえてしまった。

 

 まず、私はまだ明くんとつきあってない。私から好きとも言ってないし、明くんからも言われてない。手が震えてきた。そして、23歳の女が男の部屋に一人で行くのである。これはもう、すべてを許しているようなものではないか。

 

 平静を装い、居室の席に座る。眼の前には論文があるが、もちろん頭の中は学問以外のことがぐるぐる回っている。

 どうしよう、どうしようと思うが、どうにもならない。友人に相談するのが筋だろうが、聖女様は役に立つはずがない。朴念仁から一足飛びに結婚まで行った上に、今は修二くんのことで頭がいっぱいのはずだ。まともな判断が聖女様にできると思えないし、幸せな気分のじゃまをするのも気が引ける。次に優花だが、あいつは川崎だし彼氏持ちだからけしかけられて終わりな気がする。そうなると付き合いは短いが真美ちゃんだ。恋になやむ真美ちゃんなら、いい相談相手になりそうだが、酔うとエロオヤジと化すからお酒には気をつけよう。

 そんな事を考えていたら、スマホが鳴った。明くんかと思って手に取ると、真美ちゃんから「おめ」とだけ来た。間違いなく誤解しているので「ちょっと相談したい」と送ったら「すぐ行く」と返ってきた。

 

「やっほー」

 真美ちゃんはわりとすぐやってきた。

「あ、ああ、真美ちゃん」

「のぞみ、今日は早退しよ。私網浜先生に言ってくるよ」

「う、うん」

 私はのろのろと片付けをする。真美ちゃんは動揺する私の様子を見て、すべてを察してくれたようだ。

 

 真美ちゃんと二人、階段を降りる。自転車置き場に行こうとすると、

「今日は自転車大学に置いとこ」

「うん」

「今日さ、私、のぞみんのうち泊まらせて」

「せまいよ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。てか、落ち着いて話ししたほうがいいでしょ」

「うん、ありがと」

「途中で食料買ってこう」

「うん」


 家の近く、いつものスーパーで夕食を買う。お惣菜とかお弁当を買うのかと思いきや、豚肉とか野菜とか買っている。真美ちゃんは私の料理が食べたいのかもしれない。

 

 家について、買ってきた食材とビールを冷蔵庫にいれる。真美ちゃんの日本酒をどうするか聞いたら、常温でいいとのこと。

「お茶くらいあるでしょ」

「うん、ここ」

「じゃ、のぞみんは座っててよ」

 これではどっちがこの家の主だかわからないが、とりあえず従っておく。

 

「はーい、おまたせ」

 真美ちゃんは緑茶と、買ってきたおせんべいを聖女様の真似をして買ったダイニングテーブルの上に並べた。部屋は狭いので、テーブルはベッドのすぐ横で、私はイスだが真美ちゃんには悪いけどベッドに座ってもらう。

 真美ちゃんはベッドの上にあぐらをかき、ボイーンボイーンボイーンと3回跳ねたあとで、聞いてきた。

「で、どうなってんの?」

 私は正直なところをすべて相談した。


「つまり、なんとなく話の流れで片付けてあげると言ってみたら、来てくれてと言われたと」

「そうなの」

「そしてのぞみんと明くんは、別に付き合っているわけではないと」

「うん」

「そっかー、明くんは誘ってくれてるのかな~?」

「わかんない」

「明くんだもんね~」

「うん」

「ちょっと~、元気だしてよ~、明くん、きっとのぞみんのこと好きだよ」

「そう思いたいけど」

「私は大丈夫だと思うけどね」

「うーん」

「ていうかさ、これはチャンスだよ。のぞみんの女子力を明くんに見せつけるチャンスだよ」

「そうだよね」

「のぞみん、エプロン持ってる?」

「持ってない」

「片付け終わったあとさ、エプロンつけてさ、のぞみんの手料理食べさせてみ、一発だよ一発」

「一発? ちょっと心の準備が」

「いや、そっちの話じゃない。のぞみん意外とエロいな」

「エロくない、聖女様の影響だよ」

「ま、わたしら、いい加減いい歳だしね」

「うん」

「のぞみんも女子校だし、純情だね」

「悪い?」

「いや、最高。下着だけは新品にしときなよ」

「うん」

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