第15話 A級昇級試験② (十階層ボス)

 ビーーーー


 奴が俺達の侵入に気付いたのだろう、警戒音らしき音波を発して威嚇してくる。

 すると前を歩いていた風間試験官が、振り返って俺の目を見据える。


「よし、そこの黒髪の武器無し。ファーストアタックを仕掛けろ」

「え、俺の事を言ってますか?」

「ああ、ほら魔物は待ってくれないぞ」


 そう言って風間試験官は前を見ると、眼前に奴の蔓が迫っていた。


 おかしい。何故風間試験官は回避できるのに回避をしない? 武器も手に持っているのに蔓を斬る素振りもないじゃないか。

 このままじゃ当たる。助けなければ。


 俺は高速で移動し、剣を召喚して試験官達に迫っていた蔓を切り落とす。


「——やはりな」


 試験官がニヤリと笑った気配がした。だが、それに反応している場合ではない。


 迫りくる蔓を切り落としながら俺は駆けて、奴に迫る。

 奴はそれに反応して羽を出して飛び上がった。俺もそれに合わせて、跳躍する。


 残念ながら間合い内だ、植物蟲が。


 俺は何の技も使わず、ただ剣を奴に向かって振り下ろした。


 瞬間、下で破壊音がした。今叩き落した奴が地面に減り込んだのだ。

 俺も地面に着地し、叩き落された奴を確認する。


「おおー流石装甲蟲。ヒビが入っただけで生きてる」


 これは……気絶じゃなくて死んだふりかな? 背後を見せると――「ほらやっぱり」


 俺は飛び掛かって噛み付こうとしている奴の攻撃を剣で防ぎ、弾き飛ばす。

 するとまたしても空中に飛び立った奴。


 空中戦がお望みの様だな。


 俺は【空中浮遊】のスキルを使って、奴と同じ高さにまで上りもう一本剣を召喚した。

 これからは双剣で戦おう。











《side:風間裕介》


 俺は今何を見ているんだ? 

 羽も生えていない人間が、縦横無尽に空中を飛び回っている。そしてS級に限りなく近いA級の中ボスに拮抗している。いや違うな。圧倒している。

 なぜなら植躁装甲蟲が彼に一撃すらも与えられていないのだから。


 俺の威圧を涼しい顔で耐えていた時点でただ者ではないと思っていたが、まさかここまでとは。とても有望な人材だ。素晴らしいな。


 横の仲間を見ると、俺と同じ様にその戦いを見入っていた。後ろの受験者達も同様だ。

 お前らもあの中に入っていけ! と言いたいところだが、それは無理だろうな。あの彼の戦いは間違いなくS級レベルだ。その中に入っていくだなんて、精々A級の彼らには無理があるだろう。

 そもそも今は空中戦だ。彼以外に浮遊スキルを持っている者はこの中にはいないだろう。


 俺は今も戦っている彼に視線を戻す。


 ん? 薄っすらと彼と植躁装甲蟲の周りに漂っているものはなんだ?

 まさかあれは……幻惑作用のある花粉か!? まずい!! 吸い込んでしまえば、下手をすると俺達にあの攻撃が向くことになる!!

 彼が――待てよ、何故あの中に居ても何の問題もなく戦えている? 彼、精神耐性系スキルか異常状態系スキルも持っているのか! 余計凄いな。


 そんなことを思っていると、ふと頭の中に念話の経路が開く。

 訝しげに誰が声を掛けてくるのか待っていると。


『あの、すみません。もう止めを刺していいですか? 受験者の皆さん参加するのかと思い、手加減していましたが……』


 間違いなく、今空中で戦っている彼の声だった。

 戦いながら念話を使うなんてどんな超人だよ。それに手加減だって……? と俺は硬直する。


『あの……?』


 と呼びかけられて正気に戻った。


『あ、ああ。いいぞ、止めを刺して』


 できるならとは付け加えなかった。不思議と彼には単独討伐ができる気がしたのだ。

 それに戦いながら念話を使うほどだ。手加減していてもおかしくはない。


 念話を返した瞬間だった。


 目で追えていた彼の姿が消えたかと思うと、植躁装甲蟲の眼前に現れた。

 そして一閃。


 植躁装甲蟲は真っ二つに斬られていたのだった。











《side:芳我竜真》


 俺は【空中浮遊】のスキルを解いて自由落下で地面に降りる。

 すると、ボス部屋入り口付近で戦いを見ていた試験官や受験者がまばらに集まってきた。


「よ、よくやった!! 武器無し……ではもうないのだったな。お前の名は?」

「竜真です」

「そうか……竜真か。取り敢えず竜真は暫定A級だ!! おめでとう!!」


 突拍子もない風間試験官の言葉に俺は一瞬呆ける。だが、風間試験官の横に並ぶ他の試験官や受験者に拍手されると、満場一致なのだと分かり現実味を帯びた。


「ありがとうございます」

「だが、まだ暫定だ! 二十五層に行って帰るまで気を抜くなよ!!」

「分かりました!」


 俺は軽く頭を下げて振り向く。そこには18cm大の魔石とドロップ品が落ちていた。

 それを指さして俺はいう。


「これどうしましょう」

「竜真が倒したんだ、俺達がどうこうする権利はないぞ。適当にすればいい」

「分かりました」


 俺は魔石とドロップ品の近くに近寄り、異空間収納を開けてその中に放り込む。

 すると背後がざわついた。


「召喚術の他にも空間魔法まで使えるのか……」


 試験官の一人がそう呟いた。


 そう言うってことはやっぱり、異空間収納は扱える人が少ないのか? 召喚術もそうみたいだな。今度からは人に見られない様に使おう。

 俺はそう心に決めた。 

 

 すると突然背後から威圧が放たれた。振り返ると発信源は風間試験官。

 だがこの威圧は、待合室で放たれたものより遥かに弱かった。これは意識を風間試験官に向かせる為に放ったものと見ていいだろう。


「よぉし!! お前ら!! 今の戦いを見て気疲れしている者もいるとは思うが、取り敢えず15層まで走るぞ!! 着いたらそこで一泊だ!!」


 それを聞いて皆不安そうな顔をし抗議しようとするが、もう走り出してしまいそうな勢いの試験官を見て諦める。


 そして俺達受験者はまた走り出したのだった。


 走っている最中、風間試験官が例の如く魔物の攻撃を避け、魔物をこちらに寄こしてくる。だが、俺がその対応をすることはなかった。

 なぜなら洋治やあの少女などの受験者が「竜真さんはさっきの戦いで疲れていますよね? だったら、俺達に道中の魔物は任せてください」と言ってくれたからだった。


 俺は特に疲れているわけではなかったが、ご厚意に甘えて魔物の処理はお願いした。


 そこから直走る事約三時間。やっと十五層に着いた。


 試験官が立ち止まったのは森の比較的ひらけた場所だった。ここを今夜の野営地にするのだろう。


「よし!! ここを野営地とする!! 各組、今から支給する野営セットを使ってテントを組み立てるなり、夜を越えられるように準備をしろ!! 準備が終わったら各自好きなようにしろ!! 朝はラッパで起こすからな!!」


 自衛隊かよ。

 ……やっぱりここが野営地か。各組というと、洋治とか?

 あれ、俺野営の知識ないぞ? まずくないか? こんなことだったらネットで調べてこればよかった。


 そう思い、少し焦っていると野営セットを受け取った洋治が近づいてきた。


「おっしゃー、テント立てるぞ竜真!」

「あの……申し訳ない話、俺野営の知識が皆無で……」

「あー分かった。じゃあ俺が諸々やるから指示したところを抑えるなり支えるなりしてくれ」

「わかった、すまない」


 斯くしてテントが出来上がった。薄茶色のテントであり、それなりに目立たなくていい。中に明かりを灯すと少し目立ちやすくなるが、寝る時は消すので問題ないだろう。


「すごいな洋治。立派な出来だ」

「ははっ、普通ならこれぐらいできるものさ。……この試験を終えて今度暇な時があればテントの立て方を教えてやる。楽しみにしとけよ」


 実は洋治がテントを建てているのを見て、既に建て方は分かっているのだが……洋治がそう言うのだ、頷いておこう。


 その後は中に寝袋を敷いたり、野営セットの中にあった携帯食料を食べ、洋治が持ってきていたトランプで遊びながら、談笑した。


 その際、何故この試験を受けたかの話になった。

 話によると洋治も、準S級ダンジョンの攻略隊の選抜に出る為にこの試験を受けたらしい。

 なんで準S級ダンジョンなんかに挑むのかと聞くと、参加報酬が目的だと洋治は答えた。


 俺はその参加報酬の話なんて聞いていなかったので、首を傾げる。聞くと、参加報酬は《上級回復ポーション》一本なのだそうだ。

 洋治は「それが欲しいんだ」と意志の籠った言葉で言った。何やら並々ならぬ事情がありそうな様子。俺は踏み込まない様にそれ以上は問わないことにした。


 上級回復ポーションと言えば、失った腕や足を一瞬で復元させる効力を持つとされている。そしてそれは一部の大病にも効くとされているはずだ。

 それが欲しいともなれば身内……いや、洋治の大切な人に何かあると考えるのは必然ではないだろうか。


 若干しんみりとした空気を治そうと、洋治はトランプを続けた。


 思えば、こんなに楽しい記憶もぼんやりと残っている前世の記憶の中には無かったな……。いや、確か面白い友人が居た気がする。はてそれは誰だったのか……。


「竜真、次お前さんの番だぞ」

「あ、悪い」


 そうして夜は更けていった。




「竜真、お前は先に休んでくれ。俺は先に見張りをする」

「いや、大丈夫だよ。俺はそこまで疲れてない」

「いやいや強がるなって。三時間経ったら交代の時間な。起こすからそれまで寝てろ」


 洋治はそう言ってテントのチャックを閉めた。強引だな。だがその気遣いが割と嬉しかったりする。


 俺はしょうがないので自分用の寝袋に入り、寝たふりをする。そして俯瞰視を使い俺も辺りの警戒をする。


 幸い周辺に魔物はいないみたいだ。


 洋治は他の見張りと雑談をしている。ただし警戒しながらだ。流石はB級探索者なのだろう。


 俺はさらに警戒の範囲を広げ、探索もする。


 あれは……柿か? あっちにはブドウがあるぞ? なんか季節感が滅茶苦茶だな。流石ダンジョン。全くもって不思議だ。


 もちろんそれらは全て残さず回収して異空間収納にポイ。取りつくしてもダンジョンだ、直ぐに生えてくるだろう。

 それにダンジョン産の食べ物や薬草は高級品。何かしらの効果があったり、美味だったりして有用なのだ。


 俺は準S級ダンジョンの攻略が終わったら、澄鳴家と水無月家から何か依頼が来ない限り、細々とダンジョンに潜り目立たず生産職をやって陰ながら主を守りたいと思う。

 そのためにダンジョン産のアイテムは全て回収するのだ。

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