進め!グランドすごいよ学園!

かにふくろう

第1話「始動!早乙女あや!」

第一話「始動!早乙女あや!」


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 朝、彼女が長い夢のトンネルを抜けると、超遅刻寸前であった。


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「はぁ、はぁ……!なんで目覚まし鳴ってくれないのーっ!」


 パンを口に咥えた黒髪ショートの女子高生、東風さゆはまさかの入学初日に寝坊してしまうという大きなミスを取り返すべく、新品のスニーカーで地面を蹴り上げ、全速力で住宅街を駆けていた。


 洗濯物を干していた主婦が、塀越しにこちらを見やってあらあらという含み笑いをしている横を颯爽と通り抜ける。そして今度はのんびりと歩いている小学生をぐいぐいと追い越し、前日に暗記していた通学路を正確なコーナーカーブを駆使して疾走していく。あくびをしている三毛猫が、彼女の剣幕に驚いて塀の後ろへ逃げた。


(((次、次の角を曲がれば後は直線……始業時間まで12分!行ける!!))


 さゆは迂闊だった。最後の角が目の前に来た時、向こうから誰かと鉢合わせるという危険性を彼女は考慮していなかったのである。

 左に曲がる角の向こうの道から、ぬっと影が伸びていることにさゆが気付いた時にはもう、何もかもが遅かった。


「「わっ」」


 強い衝撃!さゆの視界が反転し、雲一つ無い青空が目の前に広がる。少し遅れて、鋭い痛みが前頭部を苛み始めた。


「いてて、やっちゃった……」


 さゆはまず己の不注意を呪い、次にぶつかってしまった被害者への罪悪感を胸に湧き上がらせる。

 幸い当たりどころがよかったのか、背中に力を入れると案外すっと上半身を起こすことができた。衝撃は大きく、頭はまだ痛むものの、大した怪我ではなさそうだ。


「ごめんなさい!急いでて……えっ」


 謝りながらぶつかった相手の姿を視界に入れたさゆは、思わず息を呑んだ。


「あら、わたくしは大丈夫でしてよ」


 ウェーブのかかった美しく長い金髪。シンプルな白いカチューシャ。凛とした瞳。尻餅をついた格好の自分を仁王立ちで見下ろすその姿は、実際の背丈よりも何倍も大きく見える。

 同じ制服を着ているという事以外、住む世界も見ている世界も何もかもが違うであろう本物の令嬢。その姿が今、目の前にあった。 


(((……綺麗……)))


 その美しさに暫しの間、さゆは呆気にとられていた。


(((ど、どどど、どうしよう!?きっと今に黒い服を着た人たちに囲まれて……謝罪?賠償?早く謝らないと!!)))


 しかし理性が徐々に頭に戻ってくると、今度は危機感を大きく感じた。明らかにイイところのお嬢様である。怪我なんてさせたら大変だ!


「す、すすすすみません!!本当に!!お怪我はありませんか!?」


 さゆは跳ね起き、令嬢に向かって過剰に見えるほど丁寧に頭を下げた。

 対する令嬢は未だ堂々としており、痛みや外傷も何も無いようだった。それどころか、ぶつかれたという怪訝さえ見受けられない。


「ないわ。石頭だから」


 手で髪を跳ね上げながら令嬢は答える。口調はどこか自慢げだった。


「石……?そ、そうですか。とにかく怪我が無くてよかったっ!」


「ん、あなたのその制服。私と同じ学舎なのね。初めまして」


 慌てているさゆの心配をよそに、令嬢は落ち着き払った態度でそう切り出した。もう既に先ほどの事故のことなど眼中に無く、目の前の興味を追求しているようだ。


「は、はじめまして」


 さゆにはそのマイペースな態度が大きな器の持ち主だけが持つ絶対性の片鱗に見え、内心気圧される。あやは自己紹介を始めた。


「私の名前は早乙女あや、一年。早乙女財閥のスーパーお嬢様よ」


「すーぱー……?わわ、私の名前は東風さゆって言います!私も一年です!」


「ところで、そんなに急いで何処へ向かっているのかしら?」


「えっ……あぁそうだった!!遅刻しそうなんです!あと10分で始業時間!あなた様も急がないと!」


 さゆは止まっていた体内のエンジンを再び温め直し、駆け足の体勢をとって急いた。自分はこの足で向かうしかないが、このお嬢様は恐らく自家用車か何かが迎えに来るのだろう。

 ここでじっとはしていられない!さゆは腕時計と妙にゆっくりしているあやを交互に見ながら早々にその場から立ち去ろうとする。庶民と貴族では、時間に対する向き合い方から違うのだ。


「どこか痛むような事があったらまた学園で!それじゃあ!」


「ねえ」


 足踏みをして別れの挨拶を交わすさゆに突然、あやは手を差し伸べる。

 

「へ……?」


 差し出された手の意図が分からず、さゆは困惑した。


_



(((私はそれまで……きっとお嬢様って呼ばれるような人たちはみんな普通の人間なんかには興味が無くて、とっても冷たい人たちばっかりなんだろうって思ってた)))


_



「一緒に行きませんこと?」


 令嬢はにこりと笑って言った。なんと眩いのだろう。元々の容姿が大変麗しく、そこに混じりっけひとつ無い純粋な笑顔を上乗せされては、この光景を切り取って世界的名画の隣に置いても遜色無い。

 彼女の瞳に庶民への軽蔑、軽視の感情は一切読み取れず、あるのはただ目の前の人間に対する友好のみだ。


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(((だから、あの学園に入れてとっても嬉しかったけど独りになることも覚悟してた。だって……私とみんなは別の世界で生きてるから。でも、でも、この人は!)))


_

 

 さゆは抱いていた上流階級への偏見を粉々に打ち砕かれた感動で目を潤ませながら、手を伸ばす令嬢の手をゆっくりと握る。指はすらりと長く、温暖な気温に反して少し冷たい。その手触りの良さに、精巧なガラス細工を触っているような錯覚を抱きそうになった。


「……」


「……」


 目を見合わせる二人。

 言葉に詰まっているさゆに先んじて、あやは余裕を感じさせる微笑みのあと、口を開いた。


「私たち、良い友達になれそうね」


「……はい!」


 さゆは自分が遅刻寸前の身であることをまた忘れ――いや、恐らく気付いていても彼女は目の前の友情を優先しただろう――こんな偶然、もう二度とないかもしれない。

 さゆはなんと入学前に一番の懸念点であった友人と幸運にも巡り会えたのだ。唯一無二の、最初のお知り合いに!


 これから学園ではどのように接していこうか?ペアを組む行事が楽しみになってきた、根拠はないが、この学校もなんだか友人に恵まれそうな気がする。中学の時の同級生はほとんど別の学校へ進学してしまったが、彼らと次会った時には華やかな人脈を作れたと胸を張れるかもしれない。そんな根拠のない期待がさゆの胸中を巡っていると、とんでもない事件が目の前で起こった。


「あやさん!これからよろし」


 握手を終え、さゆがこの儀式の締めを口にしようとしたその時。鈍いエンジン音と共に道路の合間を縫うように通り抜けて来たハイエース車が、あやの背後へすっと止まった。


「えっ」


 後部ドアが素早く開き、マスクにサングラスの男が這い出てきて、令嬢の身体を背後から強引に抱き寄せる。悲鳴も無く、あやは怪しい男に車内へ引きずり込まれてドアが閉まり、車は何事も無かったかのように走り出した。この間、僅か15秒ほどの出来事である。


「……お、お迎え??でも……」


 さゆはそう早合点しかけたが、考えれば考えるほどただのお迎えではないらしい。

 車の背には県外のナンバープレートが付けられているのが一瞬確認できたし、車から出てきた男も明らかに怪しい身なりで、仮に使用人だったとしても、あんな風に主人を乱暴に車中へ押し込むような事はありえないだろう。



        つまり


「そんな、登校初日で」


        彼女は


「私の初めての友達が、友達が……!!」


      



    誘拐されてしまったのだ!



「あやさーーーーーーーーんっっっ!!!!」





続く!








_____



「びっくりするぐらい楽にやれちまいましたねアニキ」


「あぁ。だが美味しくないな、目撃者がいる」


「どうするんです?そいつもやっちまいますか?」


「素顔は見られてない筈だ、この車もすぐに破棄すればいい。捨て置け」


「むぐ、むぐぐーー!」


「こら暴れるなっ!」


 だが、三人は気付いていなかった。


 今誘拐したこの令嬢は、全ての人間の予想を遥かに超える……


「むぐぐぐぐーーーっ!!」


 ぶっ飛んだお嬢様であることを!




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